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第36話

 放課後、春菜、秋蘭、新葉の三人は部活そっちのけで町の最端にある灯篭山とうろうざんに向かった。


 灯篭山にそびえ立つソレにどうして気づかなかったのか。


 灯篭山はその特異性から建物は愚か鉄塔すら建てられていない。今では珍しい人間が全く手を付けていない自然がそのまま山だ。しかし、今日に限ってそれらは否定された。人工物ない自然物そのものの場所にソレは建っていた。


 塔。


 よくおとぎ話に出てくるお姫様が投獄されているような煉瓦造りの塔がそびえているのだ。しかもその建物全体から異様な魔力がモヤとなって周囲を覆っている。


 すでに現場に到着していた綾斗と冬香、そして夏目は塔の頂上を見上げていた。


「随分と立派な塔だな。大阪の通天閣くらいあるんじゃないか?」

「首痛い」


 綾斗は塔を見た感想を言うと首筋を抑えて首を休める。すると冬香もまた同じタイミングで首を休める。何気ない仕草だが、同じことを一緒にできたからか、冬香は顔を真っ赤にして綾斗を見つめる。


 そんな二人を他所に真面目な次女――夏目なつめは塔を観察している。


「二人とも呑気なこと言ってる場合ではありませんよ。あと、この塔の全長は通天閣とほとんど同じです」

「そんな塔がどうして山奥に」


 綾斗は塔をもう一度見上げてからある視線に気付き振り向く。そこには先ほどから顔を真っ赤にしている冬香が綾斗のことを凝視していた。


 目と目が合う。


 しばし見つめ合う二人に夏目は心なしか寂しさを覚えた。


 そんなことをしている内に三人の姉妹が到着した。


「ごめん、遅れた。ってなんで二人は見つめ合ってるの?」


 春菜が額の汗を拭いながら言う。


「にしても立派な塔だねー」

「だよね、春菜。大阪の通天閣くらいありそう!」

「ちょっと二人とも何呑気なこと言ってるのよ!」


 春菜と秋蘭の歓喜の声に新葉の怒号が飛ぶ。


 まるで先ほどまでの自分たちを見ているようで綾斗と夏目と冬香は初めてデジャブというのを体感した。


 しかし、冬香だけは表情を曇らせていた。


 そのことに気づかない面々は目の前の塔の入り口を見やる。それは木製で作られていてまさしく煉瓦造りの塔に相応しい形をしている。塔そのものが魔獣だとするなら、おそらく口に当たるのだろうが、その扉は二つ隣り合わせで並べられている。さらに扉の周囲が妙に山なりになっていて独特な形をしている。


 強いて言うなら、


「鼻の穴だな」


 と綾斗は真顔で言った。


「ちょっ! なんで言うかな。我慢してたのに!」


 たまらず春菜は笑い始める。


 綾斗も釣られて笑いそうになるが我慢して口を開ける。


「いや、だってあの山なりが鼻頭だろ。それであの位置に二つも扉があったらそれはもう鼻の穴だろ」


 綾斗は言い終えてから堪えていた笑いが漏れ出てしまい春菜と一緒に大笑いし始める。


 しかし、空かさず夏目がたしなめ、二手に別れるように提案する。


 チーム分けは簡単だった。


「私と春菜と新葉で一組。秋蘭と冬香と谷坂さんで一組と言うのはどうでしょうか?」


 普段なら異論なぞ出るはずもないのだが今回ばかりは違った。


「ごめん。私と秋蘭交代で良い?」


 言ったのは春菜だった。


 夏目は思いもよらぬ言葉に耳を疑った。しかし、戦力的なバランスを考えると交代できない面子ではない。


「分かりました。けど、どうして?」

「えっと……それは、前の借りを返したいからかな」


 春菜は照れ臭そうに言う。


 夏目は何かを察したように了承すると二組とも自分たちが開ける扉の前に立つ。


 扉の向こう側は不思議と明るく、蝋燭の火で照らされているというよりも内装全体がなんらかの方法で光を放っているようにも見える。そこまで分かってしまうほど扉の隙間から漏れている光は明るかった。


 兎に角にも中は暗黒ではないことは確かだ。


 五つ子は同時に深呼吸し魔力の出力を戦闘用に高める。


「「「「「――『魔力解放』――ッ!」」」」」


 五人が同時に『魔力解放』したことでいつにも増して突風が吹き荒れる。桃色、青色、オレンジ色、紫色、緑色と五つ子が持つ魔力の色が混じり合い、まるで虹色の巨大な渦を巻き起こす。その渦は五つに分離し、魔力の持ち主である五人の身体を包み込み、瞬く間に保護膜のように覆っていく。


 春菜の短髪は桃色に染まり、夏目のポニーテールは青色に染まる。秋蘭の肩まで伸びた髪はオレンジ色に成り、冬香の短髪で両サイドだけ伸ばした髪は紫色に成る。新葉の腰まで伸びた長髪が緑色に変色する。


 五人はそれぞれ髪色が染まったところで意を決したように身構える。


 綾斗はある意味では『変身』している五つ子を見て羨ましそうに見つめる。


 そんなことは露知らず、青色のポニーテールになった夏目が杖を横薙ぎして塔の二つの扉を同時に開ける。特に開いたからと言って反撃が来るでもなく、やはり扉の向こう側は隙間から漏れていた光のように明るい。そのおかげで内装などがはっきり分かるほどだった。


「それじゃあ後ほどー」

「無茶をなさらないように」

「お互いに健闘を祈りますってね!」

「頑張る」

「谷坂、姉妹の足引っ張らないでよ!」


 五つ子たちが順番に扉を抜ける。最後尾である綾斗が扉を抜けた瞬間、扉は勢いよく閉ざされた。


 綾斗は念のため開くかどうか何度か試ためしてみるが当然の如く開くことは無かった。ついでに隣にある扉も試したが結果は同じだった。


「ん?」


 異変と言えば大袈裟に聞こえるが確かに感じた違和感なるものに少年は振り返る。そこにいたのはきょとんとした表情を浮かべた髪色と髪型が違うだけの美少女五人組が立っていた。


 次の瞬間、どこからともなく下品な笑い声がきこえてきた。


『実は二つの扉はただ隣に並んでいるだけでしたー!』


 この場にいる全員の脳裏に稲妻が落雷した。憤りを越えて悔しさすら覚える面々。その頭上から翼が生えた鍵がゆっくりと降下してくる。


 数は一本。


『お察しの通り、この鍵はその扉の鍵だ。僕は戦うことを好まないから鍵を取ったやつに封印されるとしようか。それじゃあ、頑張ってねー』


 性別は分からないが、子どもの声で真面目そうな話し方をすると思いきや、最後は全部ぶん投げたようにしか聞こえなかった。


 精神年齢はまだ子どもと言うことなのだろうか。


 疑問を胸に抱きつつ五つ子と綾斗は何度か呼び掛けたが返ってくることはなかった。


「完全に舐められてるね」


 春菜は頭上を不規則に舞う鍵を見ながら言う。


「それに鍵が一つというのも気になります。もしかすると罠かもしれません。皆、警戒を怠らず、情報を密にお願いします」


 夏目が指示を出すと綾斗は弓矢を生成し構える。


 まずは様子見の一矢。


「ちょっとなんでアンタも同じことしてるのよ!」


 綾斗の隣にいた新葉は怒号を吐きつつも同じ様に弓矢を構える。その手に握られた弓はいつもの和弓ではなく、前回使っていた弓の両端に滑車が装着された洋弓――コンパウンドボウでもない。いや、コンパウンドボウではあるが形が違う。


 新葉が今回使っているのはOneida社のKESTRELケストレルというコンパウンドボウだ。高威力且つ少ない力で弦を絞れるという利点がある。滑車の部分は見当たらないが代わりに弦を絞ると弓の両端が折れ曲がるように変形する。リカーブボウとコンパウンドボウを合体させたような見た目らしい。らしいというのはそもそも綾斗は弓道をやっていても弓の種類や作っている会社のことは知らない。


 新葉は弓術において天賦の才を誇っているがその才能は照準を合わせるということだけであって弓その物の知識は皆無に等しい。ゆえにKESTRELケストレルを選んだのは単に格好いいからである。仮に弓その物の知識を持っていたとしても魔獣を相手にするなら対魔獣用の弓矢を使用しなければならない。


 そのため新葉が構えているOneida社のKESTRELケストレルコンパウンドボウは、形状は瓜二つだが中身は全くの別物の言うなれば対魔獣用コンパウンドボウ――ケストレル改である。そして放つ矢もまた競技用に使われているような物ではない。魔力が矢の形に変貌した対魔獣用の矢だ。


 綾斗の構えている弓は言うまでもなく贋作品だが、綾斗自身が魔改造をしているため最早オリジナルに近い。モデルはリカーブボウだが中身は対魔獣用の素材を使った複合素材を用いた洋弓だ。


「撃ち落とす気はないけどアンタが殺る気なら私もそうするけど」

「まさか。あくまでも様子見だっての!」


 綾斗が言い終えると同時に二人とも矢を射る。


 空を切る二本の矢。


 それらは適格に鍵から生えた一対の翼を穿つ。


 はずだった。


 だが、直撃寸前のところで何かに弾かれたように甲高い音を立ててあらぬ方向へと飛ばされてしまった。


「なるほど。お父様がタワーの魔法は鉄壁の守護と言っていましたが、まさにその通りですね。外敵からのあらゆる攻撃を防ぐことが出来る盾ですか。タワー本人が言っていたように争いは好まないみたいですが、封印するのに骨が折れそうですね」


 夏目は言ってから視線を感じて振り返ると、他の姉妹と綾斗が「先に言えよ」と言いたげな表情を浮かべて睨んでいた。あまりの威圧感に夏目は申し訳ない気持ちでいっぱいになり半泣きになるのだった。


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