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第35話

 私立常盤桜花学園高等部にはいくつかの伝説がある。


 その一つは、体育館裏にあるベンチで思いを寄せる人物と昼食をともにすると末永く一緒にいられる、というもの。なんともありきたりな伝説だが、お嬢様或いは王子様たちにとっては真剣そのものであり、そして、以外にも本当に付き合い始め、最後には結婚をして幸せな家庭を築いていたりする。


 そんな場所に現在、一人の少年と一人の少女が隣り合ってベンチに腰掛けていた。


 もちろん伝説のことを全く知らない谷坂たにさか綾斗あやとは焼肉弁当を頬張りながら隣に座る少女を見やる。


 一つ下の学年であり小柄な白髪の少女。その華奢な身体とは打って変わって短い白髪に黄色のカチューシャがよく目立つ。もとい、よく似合う。内気な性格なのか、この場に来てから一言も発することなく時間が過ぎている。


 綾斗は気を利かせて何度か話し掛けるが、少女は頷くか首を横に振るかをするだけで口を開けようとしない。


 そもそも綾斗をこの場に誘ったのは目の前の少女ではなく、その付添人の女子生徒だった。故に綾斗は少女と一言も会話を成立させていない。


 流石の綾斗も耐えられなくなり少女に問い掛ける。


「名前だけでも教えてくれないか? 俺は二年四組の谷坂綾斗。知ってると思うけど自己紹介くらいはしとかないと、もしかしたら用があって尋ねるかもしれないし」

「私は……す、駿河するが、こ、琥珀こはく……です……一年生です。あ、三組です!」


 やっと口を開けたと思いきや緊張しているのか肩が震えている気がする。


 綾斗は琥珀の緊張が解けるように他愛もない話をしようとするが、如何せん、この場に来てからその他愛のない話をし続けたためもうネタが切れている。


「駿河琥珀。駿河って呼んでいいか? 俺のことは谷坂でも綾斗でもどっちでも良いから」

「あ、はい! あ、あの! でしたら谷坂先輩で」

「よろしく」


 綾斗が微笑みながら言うと琥珀は顔を隠すように弁当を頬張り始める。


 それからいくらか言葉を交わし、普通に会話ができるようになる頃には弁当は空になっていた。


「駿河は部活入ってるのか?」

「はい。陸上部です。短距離走で学年では一番です」

「そりゃあ凄い。ってことはかなり有名だったりするのか?」

「いえ。二年生と三年生の方が有名なので私はあんまり目立たないようにしてます。あ、二年と言えば秋蘭先輩! この前、大会の助っ人に来てくれたんですけど表彰式の途中で帰ってしまって。体調が優れなかったんですかね」

「この前っていつだ?」

「一週間くらい前だった気がします。まあ、それでも秋蘭先輩のお陰でリレーを優勝できたのは嬉しいですけど」


 一週間前と聞いて最初に頭に浮かび上がったのはハングドマンを封印してすぐの頃だ。


 その週は秋蘭に魔法と体術を融合させた『阿修空拳』での組み手をしてもらっていた。今思い出してみると一日だけ疲労感に苛まれていた日があった気がする。


「なんか悪いことしちまったな」

「え?」

「こっちの話だから気にしないで。それよりどうして俺とお昼を一緒に食べたくなったんだ? 秋蘭なら喜んで誘いを受けるだろうに。なんか接点あったっけ?」


 綾斗が問うと琥珀はもじもじしながら俯いてしまう。顔を覗き込もうとする綾斗だが、人の気配を察知し、そちらを見やる。


 するとそこには桃色の猫耳ニット帽を被った春菜はるなとライトグレーの髪を肩の辺りまで伸ばした秋蘭あきら、そしてライトグレーの短髪を両サイドだけ肩の辺りまで伸ばした冬香とうかがトーテムポールのように頭を縦に並べて壁の端から顔を覗かせていた。


 綾斗は全員全く同じ顔をしているせいかホラー映画を見ている気がしてならなかった。


 そんな彼女たちは少年に感づかれたことに気付き、急いで隠れるが時すでに遅し。


 綾斗は溜息混じりにその場に歩み寄る。


「覗き見とはいかがなものかと。お姉さんたち?」


 綾斗が問う。


「あ、えっとこれは……」


 春菜は目を泳がせながら上手い言い訳を考える。


「アヤトが女の子に連れられてどこかに行ったからついてきた」

「冬香、そこは隠すところだよ! ねえ、春菜!」


 冬香が至極当然のように言い放った言葉に秋蘭が元気いっぱいにツッコミを入れる。


「秋蘭、お願いだからそれ以上何も言わないで」


 春菜は頭を抱えながら申し訳なさそうに綾斗を見やる。


 冬香はいつも通りの眠そうな顔をして綾斗と琥珀を交互に見てから、なぜだか少ししょんぼりした表情を浮かべていた。


 秋蘭に至っては琥珀のことを知っているため駆けていってしまった。


「もしかしてデート中だった?」


 春菜が綾斗をおちょくるように問い掛けたが、反応したのは冬香の方だった。


 綾斗も「なんで冬香が反応するんだ?」と言いたげな表情を浮かべてから口を開ける。


「違う。お昼を一緒に食べたいって言われたから一緒に食べてただけだ。龍鬼たつきには申し訳ないことしたな」

「そっか。良かったね、冬香」

「だからなんで冬香なんだよ。それとどうして良かったんだ。一応、俺だってデートの一回や二回……」

「梨乃ちゃんとしたんでしょ? 春菜お姉さんにそんな嘘は通じないよ」


 春菜は悪戯っ子のような笑みを浮かべてさらに綾斗をおちょくる。


 綾斗は「なぜ分かった」と言いたいが、それを言ってしまうともっとおちょくられると思ったため、訝し気な視線を春菜と冬香に向けるのだった。


 冬香はそんな視線を送られたせいで慌てて春菜の肩をポカポカと軽く何度か叩く。しかし、春菜はまるで小動物を見ているかのように顔を赤くして満面の笑みを浮かべていた。


 理解できない状況に綾斗は困惑し、冬香に詰め寄り再度問う。だが、冬香は顔を真っ赤にして口をパクパクしながら春菜に助け舟を要求していた。


 春菜は仕方なしに二人の間に割って入る。


「はい、そこまで。ちょっと冬香には刺激が強過ぎたかな。駄目だよ、谷坂くん。あんまり女の子を虐めてると嫌われるよ」

「だからどういうことだよ」


 春菜は微笑みながら秋蘭と琥珀の方に視線を移す。


 親しげに話す二人。


 しかし、どことなく距離がある気がする。と言うより琥珀の方が一歩引いている気がする。


「あのコって陸上部の駿河琥珀ちゃんだよね? 一年生の。んー、秋蘭のファンって聞いてたけど、どう思う?」

「どう思うって聞かれても分かる訳ないだろ。今日初めて駿河と話したんだから」

「へー。ちなみにここで男女二人がお昼を一緒に過ごすってどういう意味か分かってる?」


 綾斗は問われて目が点になる。


 その反応でなんとなく察した春菜はやれやれと言った面持ちで綾斗の肩に手を置く。


「春菜、そろそろ時間。アヤトも」


 冬香に言われて二人は、はっとした表情を浮かべる。


 綾斗は琥珀と秋蘭に教室に戻ることを伝え、琥珀は秋蘭に一礼してから綾斗の下まで駆けてきた。


「また時間があったらお昼一緒に食べましょうね、先輩」


 琥珀は満面の笑みで言ってその場を後にした。その様子にもう緊張と言うものは無かった。


☆☆☆☆☆☆


「やっぱり覚えてないよね、先輩。まあ、あの時は小学生だったから仕方ないけど」


 今も四人は体育館裏の近くでゆっくりと教室に向かっている。


 白髪の少女はそれを遠くから羨ましそうに見つめることしか出来なかった。


 でも今はそれでいい。


 そう。今は。


 いずれ然るべき時が来ればそこは自分の場所になる。


「まあ、待つ気はないけどね」


 少女が暗い笑みを浮かべながら言うと周囲が黒い霧に包まれる。


 瞬間、少女の背後から大鎌を構え黒いローブを羽織った骸骨が姿を現した。それは例えるなら死神と言えば良いのだろうか。眼球すらないはずの空洞から赤い眼光を閃かせその存在感を際立たせている。


 しかし、少女は動じない。さも当然のように死神の顎骨を舐めるように手でさすり、まるで男の心を惑わすような妖艶な笑みを浮かべる。


「ま、た、こ、ん、ど」


 琥珀はぱっちりとした目でウインクをする。


 死神は大鎌を背中に背負うように納めるとジッと町の最端にある山の方を見つめる。そこは以前、マジシャンとハングドマンを封印した場所でもある。マジシャンには逃げられたが、町の悪い物が吸い寄せられるように集まる場所でもあるためタロットの魔獣も行き着くのだろう。


「今度は塔のカードね。デスはどう思う? 先輩たち勝てそう?」


 デスと呼ばれた死神は少し考えてから呟く。


『……無理。少なくともフール以外のタロットが協力しないと封印なんて出来ないね』


 死神は、見た目は骸骨そのものだが、なぜか声だけは太った人間と大差ないほどくぐもっているのだ。加えて鼻息も聞いている限りはとても荒く常に息苦しそうだ。


 骸骨の鼻腔に肉なんてないのに。


 そのギャップに琥珀は爆笑を堪えるのに必死だった。


「手伝ってみる?」

『手伝わないんじゃないの? 琥珀たん』

「そうだった。ところで……ごめん、やっぱ面白過ぎ! あははははは! あ、あ、あははははは!」


 琥珀は一人腹を抱えて笑いながら教室へ向かった。いつしか死神もその姿を消していた。


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