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第34話

 作戦は極めて単純で、且つ、前衛と後衛に振り分けられる綾斗と夏目だからできるものだった。


 綾斗は夏目の作戦を聞き、最初は自分の耳を疑ったが、校内にいる魔獣の数や二体のタロットの魔獣の存在を鑑みると当然なのかもしれない。


「それでは谷坂さん、お願いします」

「ああ、後ろは任せたぞ」


 綾斗は意を決したように教室の扉を勢いよく開ける。それに比例した扉を開ける音が廊下を伝って校内に響き渡り、すぐに近くを徘徊していた黒犬と黒猿が綾斗に襲い掛かる。


「――『贋作鋳造・可変カウンターフェイト・サードオープン』――」


 綾斗は静かに呟き、両掌から迸る赤黒い稲妻を収束させて二振りの片手剣を生成する。


「――『贋・魔龍殺しの怒りの双魔剣バルムンク・グラム』――」


 綾斗が双魔剣の真名を唱えたことで双魔剣は真の力を発揮する。


 少年の目には飛び掛かる黒猿と廊下を這うように迫りくる黒犬の姿がはっきりと見えていた。そして、どのように双魔剣を振れば魔獣たちを討伐できるかなどの軌跡もすぐに脳裏に浮かんでいた。


「行くぞ!」


 綾斗は力強く踏み込み、魔獣の群れの中心に入り込み、縦横無尽に双魔剣を振るう。その一振り一振りで一体以上を必ず両断し、魔獣の本能へ死の恐怖を叩き込む。さらにまた一体、また一体と次々に討伐していき、廊下のあちこちに魔獣の四肢や臓物が散らばる。


 夏目は目を背けたくなるような光景に、それでも双魔剣を振るい続ける少年の背中を見て身の丈ほどある杖を握る手に力を込める。


「谷坂さん、今です!」


 夏目の指示の下、怯んだ魔獣の群れに一気に少年が駆け込み、両手に握った『贋・魔龍殺しの怒りの双魔剣』の柄をさらに握りしめ、自身の魔力を流し込み、魔力の噴射に加えて切れ味を倍増させる。瞬間、魔力の噴射が推力となって綾斗の駆ける速度が一段階も二段階も高まり、目にも止まらぬ超加速となる。


 少年は『贋・魔龍殺しの怒りの双魔剣』を交差させて一匹目が目前に迫ると同時に勢いよく振り抜く。綾斗の身体は全ての勢いを伝えたことで魔獣を目前にして完全に止まった。


 次の瞬間、込められた魔力が交差した三日月状の斬撃波となって放出され、怯んだ魔獣の群れを切り裂いていき、最後に残った五体は斬撃そのものが爆散することで四肢が千切れるほどの破壊力を生み出し吹き飛ばした。


「上手く決まったな。強いて名付けるなら――『顕現せし魔龍の怒りバルムンク・クロス』――ってところだな」

「少しかっこよすぎではありませんか?」

「そ、そうか?」


 綾斗が技名に悩みながらも振り返ると、今の攻防で八つ裂きにした魔獣たちの死骸が黒い霧に変わり、一か所に集まろうとしているところだった。少年は反射的に構えてしまったが、黒い霧を吹き飛ばす必要もなければ防ぐ必要もない。


 黒い霧は瞬く間に集まり膨張し、綾斗と夏目の間の距離を埋め尽くす。これが爆発すれば今度こそ常盤桜花学園の普通棟三階の廊下は跡形もなくなるだろう。


 それでも少女は不敵な笑みを浮かべながら身の丈ほどある杖を振るい、最後に勢いよく杖の後端を足元に叩きつける。


 次に起こったのは夏目の十八番でもある転移魔法だ。しかし、転送したのは綾斗と夏目ではない。魔法陣が展開されたのは黒い霧の真下だった。廊下の端から端までを埋め尽くした黒い霧を一度の転移魔法だけで瞬間移動させたのだ。


 突然目の前から超巨大な爆発物がなくなったことで綾斗は目を点にしながらも安堵の息を漏らす。


 数秒後、脊髄を震わせるほどの衝撃を纏った巨大な爆発音が体育館から聴こえた。次いで、打ち上げられた破片群が校舎にぶつかる音が聞こえてきたが、最初の爆発音が余りにも大きかったため、綾斗は驚きその場に座り込んでしまっていた。


「こちらも上手く決まったようですね」


 夏目は廊下から教室の窓を通して屋根が吹き飛んでしまった体育館を確認する。


 そう。夏目は起爆寸前まで膨張した巨大な黒い霧を転移魔法でチャリオットのいる体育館へ転送したのだ。それもチャリオットの目の前に爆発するようピンポイントで。


 だが、チャリオットの気配はまだ消えていない。手傷くらいは負わせられたのか少しだけ反応が弱まっているが、封印できるほどではなかったようだ。


「谷坂さん、行きましょう」

「おう!」


 夏目はもう一度転移魔法を発動し自身と綾斗を転送した。


☆☆☆☆☆☆


 突然の大爆発に校舎の屋上で高みの見物を決め込んでいた教皇のタロットカード『ハイエロファント』は驚き後退っていた。容姿は黒いローブで全身を包んだ初老の男性。その耳の端は尖っており、頭には金色の王冠のようなものを被っている。そして、右手には掌ほどの懐中時計が握られている。傍から見ればただの小汚い初老にしか見えないが、紛れもなくタロットの魔獣である。


 ハイエロファントの目は物体を透視することができるため、普通棟三階の廊下で行われた少年と魔獣による攻防と少女が発動した転移魔法までの流れを全て見ていた。本来ならチャリオットを援護するために自身の最高峰である時間を操作する魔法を使うのだろうが、ハイエロファントは特に気にすることなく、せいぜい「ちょっとびっくりした」程度の範囲で少年たちの動きを観察していた。


 いったいどちらが自身を封印してくれるのか。


 はたまたどちらも自身の魔法を扱うに値しない者なのか。


 十分に選定させてもらおうと思った。


 そんな矢先、ハイエロファントの目の前に青色のポニーテールをした少女が突然現れた。


 ハイエロファントは思わず体育館と少女を交互に見てしまうが、やはり体育館には少年の姿が見られる。


「二手に別れないなんて選択肢は最初からありませんよ」


 夏目は身の丈ほどある杖の先端をハイエロファントに向け威嚇するように魔力の出力をさらに上げる。


 初めてタロットの魔獣と一対一で戦う。


 これほど怖いことはない。


 それでも夏目は少年を信じたのだ。戦闘力で見れば悔しいが綾斗の方が夏目より上である。なればこそ転移魔法で奇襲を掛け速攻で片をつける電撃作戦を決行したのだ。成功する確率は無いに等しいかもしれない。それでも夏目は綾斗を信じた。


 そして、やはり綾斗は教え子としては超がつくほどの優秀な逸材だが、仲間、いや、タロット戦争を共に戦う弟としては秀才で人間味を帯びた出来の良すぎる優しい少年だった。


『悪い、夏目。やっぱり一人では戦わせられない』


 突然、事前に繋げておいた伝心魔法によって綾斗の声が直接頭に響く。


 同時に体育館の突き破られた屋根から爆発的な魔力の上昇を感じた。


『今日はやけに技名が浮かび上がるな。行くぜ――「魔龍殺しの怒りの魔矢バルムンク・ショット」――ッ!』


 気合の入った声が夏目の脳に響き渡る。そう。直接頭に響いているため、耳元で全力で叫ぶように放った言葉を夏目は防ぐ術を持ち合わせていない。


 そんなことはさておき、放たれた一矢は空気の断層を突き破り、弾け、突風を巻き起こし、文字通り目にも止まらぬ速さでハイエロファントの胸部を見事に穿った。そして、そのあとを追うように魔矢によって生まれた余波がハイエロファントの身体を上空に吹き飛ばす。


 胸を穿たれたことで全身の力が抜けたのかハイエロファントはなんの抵抗もなく空へと打ち上げられた。


『とどめだ! 夏目!』

「言われずとも!」


 夏目は杖を振り上げハイエロファントの頭上に巨大な魔法陣を展開した。


 そこから放たれるは上級雷魔法『雷龍の息吹ドラゴンサンダー・ブレス』と言う。魔法陣から巨大の龍の頭部を象った雷が大口を開けて一条の閃光を頭上から放射、いや、放電し、一撃で仕留める殺傷能力に長けた魔法だ。夏目の使用可能な魔法の中でも大技の域に達するものである。


 そんなものを無防備で受ければ、胸部を穿たれたハイエロファントなら心臓部であるコアを破壊することができるだろう。


 いざ夏目が魔法を発動しようとした瞬間、カチンッと何かのスイッチが入ったような音が耳に入った。


 次の瞬間、全てのものの動きが止まった。


 夏目は驚愕を露にしながらも辺りを見回そうとするが、身体が言うことを聞いてくれない。雷撃を受けた覚えもないため、痺れている訳でもない。ただただ動かないのだ。一ミリも一ミクロンも。動くのは思考回路のみで発動間際の魔法陣も溢れ出た稲妻はその進行を止めて微動だにしていない。


 まるで時が止まったような現象に夏目は混乱を極める。


「おやおや、まさかこの状態で意識がある。いや、この空間に干渉できる者がいるとは……」


 初老は物珍しいものを見るかのような表情を浮かべながら言い、浮遊魔法によって空中で体勢を整えゆっくりと夏目に近寄る。


 夏目は動かない身体で気持ちだけは身構えつつ、ハイエロファントを凝視する。まさかタロットの魔獣が人語を話すなんて思ってもみなかった。加えて、身体が全く動かなくなったことで呼吸も止まっていて、目も閉じられないせいで乾燥していくはずだった。しかし、どうしてだかいつまで経っても息苦しさを感じず、目も乾燥からくる痛みも一切感じられない。


「どうだね、時間か止まった空間は? この空間なら息もしなくていい。ただワシしか動けぬのがちと寂しい気もするがな……」


 初老は笑みを浮かべながら屋上に足をつけ一歩ずつわざとらしく足音を鳴らしながら夏目に歩み寄る。


「さてさて、お嬢さんはワシらを封印するために色々頑張ったようじゃが、一つ、ここでワシから提案があるのじゃがいいかな?」


 問いに答えられない夏目を見てハイエロファントは続ける。


「一旦、今日の出来事はなかったことにしよう。チャリオットにはワシが話をつける。お嬢さんはあのフールの男の子の説得を頼む」


 夏目は何を言っているだ、と心の中で呟く。すると初老はまるで夏目の心を見透かしたように話し続ける。


「このまま戦うとチャリオットはおそらくフールの男の子を殺してしまう。そして、ワシもお嬢さんの息の根を止めかねんのじゃ。正直、ワシはまだこの世界を桜花したいのじゃ。あれじゃ、テレビという超高性能投影機。あれの『魔法少女マジカルファイブ』の続きがどうしても見たいのじゃ。このままワシらが壮絶を極めればおそらく次の放送が無くなってしまうかもしれん。そこでじゃ、記憶を無くして時間を加速させた瞬間まで時間を逆行させるか、記憶があるまま時間を加速させた瞬間まで時間を逆行させるか、どちらがいい?」


 どちらを答えても時間を逆行させてこの戦いを無かったことにするつもりなのだ。


 夏目は思い切って口を開ける。そう。夏目は口を動かすことができたのだ。驚愕する少女を他所にハイエロファントはどこか嬉しそうな笑みを浮かべて少女が話し出すのを待っていた。


 その表情はまるで孫を迎えるおじいちゃんのようで夏目も戦意というものを失っていた。


「分かりました。それでは記憶はある状態での時間の逆行をお願いします」

「そうかそうか。分かっておると思うが、フールの男の子の記憶は消えてしまう。しっかりと言ってしまった言葉の弁解をするようにな」

「そ、それはアナタに言われるまでもありません!」


 孫と祖父による一時の談笑のような空気が流れた。


 夏目はどこか懐かしさすら感じるハイエロファントの気配に暖かさまで覚え始めていた。もう少しだけ話していたい気持ちを押し込み、夏目は「早くしてください」と言わんばかり目を固く閉じる。


 ハイエロファントは少女の潔さに思わず笑ってしまったが、同時に時間の逆行を始めた。


 次に夏目が目を開けた時には六月一日土曜日の十時。丁度夏目が綾斗に何か言いかけたところだった。


 綾斗はいつまでも経っても夏目の言葉が出ないため訝し気な視線を向ける。


 夏目はそんな少年の視線を無視して感知能力を使い、ハイエロファントとチャリオットの気配を探るが全く反応がない。敵意や戦意を少しでも帯びれば分かるのだが、それがないということは本当に戦う気はなかったのだろう。


 少女は安堵の息を漏らしつつ少年に向き直る。


 そして、深々と頭を下げてもう一度、いや、改めて自身が放った言葉の重みを理解し謝罪した。


 綾斗は呆気に取られていたが、夏目は続けてチャリオットに襲われたこと、ハイエロファントの魔法によって時間の加速と逆行によりその戦いが無かったことになったことを一部内容を割愛して伝えた。


 その時、綾斗がキャパオーバーして頭から湯気が出そうになったことは言うまでもない。


 二つ目の黒星を得てしまったタロット戦争だが、まだ始まったばかりである。全てのタロットを封印できるまでにいったいどれだけの敗戦を越え、苦汁の決断をしなければならないのか、夏目にはまだ分からなかった。



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