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第25話

 外がすっかり暗くなり綾斗と冬香は帰宅時間となったため二人で暗い夜道を歩いていた。


 料理の結果は散々だった。ハンバーグと味噌汁を作るはずが、出来たのは暗雲立ち込める木炭と味噌そのものだった。


 綾斗は自分の教え方に何か問題があったのか考えるが全く持って見当がつかない。後ろで見ていた梨乃も小首を傾げて木炭と味噌を見つめていた。どうしてこうなった、と訴えているようだが口にしないところを見ると梨乃は、中学二年生ながらに言ってはいけないことをよく理解しているのだと思う。


 それは別として納得いかない綾斗は冬香に問い詰めるがやはり謎のままになってしまった。


 帰路についても口の中に苦みが残っている。


 そのせいかやけに冬香がよそよそしく感じる。


「気にすんなって。俺なんて初めての卵焼きは殻ごと作ったからな。それに塩コショウとか際限なしに入れちまったから、そりゃあもう不味かった。それでも父さんも母さんもにこにこしながら食べてくれてさ。次は絶対に美味しく作るぞ! って気合が入った」

「アヤトは凄いね。私なんか今日で五回目なのに……全然ダメだった……」


 落ち込む冬香を他所に綾斗は胸の奥にざわめくものを感じた。


「ああっと、その前に出たぞ」


 冬香は頷きある一点を見つめる。少女が見つめる先には間違いなくタロットの魔獣がいる。


 二人は対魔獣戦のため身体能力の枷を外す。その瞬間、二人が纏う空気が変化した。同時に風が二人を中心に吹き荒れ、魔力の渦が全身を保護膜のように覆う。途端に少女の髪は紫色に染まり互いに合図をする訳でもなく、全く同じタイミングで大きく跳躍し現場へ向かった。


☆☆☆☆☆☆


 そこは常盤市の最端にある曰くつきの山――灯篭山とうろうざん


 幽霊とはまさにあれのことを言うのだろう。


 いち早く現場に到着していた桃色の短髪が特徴的な美少女――春菜は目の前の魔獣の姿に困惑する。それは言うなればよくテレビで見る陰陽師などが着ている狩衣だった。それ以上でもそれ以下でもない。純白の下地に綺麗で可憐な桜の装飾がなされた狩衣が独自の意思を持っているかのように自由自在に浮遊しているのだ。いや、タロットの魔獣なのだから実際に意思を持っているのは当然のことなのだ。


 問題はそこではない。


 春菜が斬ってしまうには勿体なく思えてしまうほどにタロットの魔獣の姿形は美しかった。


 意を決した春菜は柄に右手を添える。


 春菜の動きに気付いたのか狩衣の動きが止まり、少女と正面から向き合う形で空中に静止する。タロットの魔獣が魔力の出力を戦闘用に切り替えたのか、威圧感とともに衝撃波が春菜を襲う。しかし、黙って威圧されるほど春菜は優しくない。


 春菜も『魔力解放』しているため、それ相応に魔力の出力を上げ対抗するように魔力の津波をぶつける。空気が弾け、辺りの木々が弧を描く。細かな枝は折れ、木の葉は舞い上がるが衝撃によって一人と一体の間を飛び交う。


 凄まじい魔力の波と波の衝突劇が繰り広げられたが、長くは続かなかった。と言うより狩衣の姿をした魔獣が力を弱め、あっさりと飛ばされてしまったのだ。


 春菜は無駄に魔力を放出してしまったことにやり切れない気持ちでいっぱいになる。


「逃がさないよ」


 憤りを覚えつつも冷静に春菜は静かに呟いた。


 解放した魔力をそのまま身体能力強化魔法と時空間切断魔法に回し、地面を抉るほどの跳躍を見せて一気に自分の距離へと狩衣こと魔獣を誘う。


「って、ぅわあああっ!」


 春菜が抜刀した瞬間、狙ったように狩衣の袖から無数の純白の糸が噴水の如く放出され、少女に襲い掛かってきたのだ。


 春菜はすっとんきょうな声を上げながら向かってくる純白の糸を何本も切り伏せる。


 しかし、その圧倒的な数に少女の身体は宙に押し出されてしまった。浮遊魔法を使えない春菜は空中でバランスを整え、追撃してくる純白の糸に向き直る。糸というのはあくまで狩衣から出たからであって目の前に迫りくるのが無機物的な触手なのだと理解する。そして、それらは意思を持っているかのように空中を自由自在に飛翔し、いつの間にか春菜の周りを囲んでいた。


「まずっ!」


 純白の糸が束になり、一本の先端が尖った触手へと変貌し急速接近する。


 春菜は刀に高出力の魔力を注ぎ込む。それに呼応するように刀身がさらに鮮やかな桃色に輝く。


「――『時空間切断・円戯じくうかんせつだん・えんぎ』――」


 静かに呟かれた技名が魔法の発動の引き金となる。春菜は空中で目にも止まらぬ速さで身体を三百六十度回転させ同時に刀を大きく横薙ぎする。放たれた桃色の斬撃は円の形となって一気に拡大し純白の先端が尖った触手を空間ごと切断する。しかし、それでも切断し切れなかった触手が一息に迫りくる。


 春菜は致命傷を覚悟し奥歯を噛みしめる。


 次の瞬間、少女の頭に直接声が聞こえた。


『左だ!』


 聞き覚えのある少年の言葉に促され春菜は身体を左に逸らす。


『――「魔竜殺しの怒りの魔剣バルムンク」――ッ!』


 どこかで聞いたことのある武器の名前。


 春菜がそう思った瞬間、闇に染まる町の一角から赤黒い稲妻を帯びた魔力砲弾が発射され、吸い込まれるように一人と一体に肉薄する。だが、その弾道は春菜を避けるように直前になって右に逸れ、空気の壁を突き破る爆音を立てて通過していった。それもただ通過したのではない。赤黒い稲妻を帯びた魔力砲弾から生み出された余波によって春菜の周囲に迫っていた全ての触手を跡形もなく薙ぎ払ったのだ。


 驚愕を露わにする暇もなく春菜にもまたバルムンクが生んだ余波と暴風が襲い掛かる。


 結果的に春菜はまたしても空中に投げ出されてしまう。


 狩衣の魔獣もバルムンクによる余波と衝撃で吹き飛ばされてしまった。


 春菜もまた自由落下し始めいよいよ背筋が凍る。いくら魔法で強化された肉体であっても痛いものは痛い。それが町を見渡せるほどの高さからの落下なら尚更だ。地面を目前に春菜は目を固く閉ざす。


『春菜、目を開けて下さい!』


 頭に直接響く妹――夏目の声。


 すると落下地点であろう地面に魔法陣が浮かび上がった。はっとした表情を浮かべた春菜は身体を大の字に開く。タイミングよく魔法陣の魔法が発動し突風が春菜に直撃する。そして、それが落下速度に急制動を掛け安全に且つゆっくり着地することができた。


 そこへ颯爽と秋蘭と冬香、そして夏目の三人が現場に到着する。


「もしかして終わっちゃった?」


 秋蘭が問う。


「さっきの魔力砲弾みたいなのアヤトかな」


 冬香は言って魔力砲弾の弾道を逆算し、おそらくそこにいるであろう方向を見やる。冬香は途中まで一緒にいた綾斗に先に行くよう促され、そこで偶然鉢合わせした秋蘭と夏目と合流したのだ。


「何にせよ、恐ろしい威力に間違いないですね。春菜に怪我が無かったのは幸いですけど」


 風の魔法を発動させた夏目が言う。


「もう! 谷坂くん無茶しすぎ!」


 春菜は刀を鞘に納めながらおそらく伝心魔法で繋がっているであろう綾斗に怒鳴る。


『悪かったよ。一気に薙ぎ払える武器がアレしか思いつかなかったんだ』


 綾斗が申し訳なさそうに言うと近くから新葉の微笑が聴こえてくる。この場にいないと言うことは綾斗の狙撃補佐をしたのだろう。


 春菜は頬を膨らませて二人がいる方向を見やる。


 当然のことだが見える訳がない。


 気を利かせた夏目がヒョイっと杖を振るい、転移魔法を発動させて二人を現場に瞬間移動させる。


 現れた二人はすまないと言いたげな表情を浮かべるが、春菜はそれよりも綾斗の手にしていた弓に目をやる。魔法の訓練や魔獣との戦闘で使っている弓だが、その弦がまるで無理に引き千切られたように切れていた。


「あの砲弾、バルムンクって言ってたけど、アレって魔竜を倒した魔剣だよね? それに剣なのに矢みたい射たってこと?」


 春菜が問う。


「フールの記憶を少し見た時に覚えたんだ。まさか伝説の武器ですら複製できるとは思わなかったけどな」

「それならハイプリエステスの時の盾も同じ」


 春菜の背後からひょっこりと顔を覗かせた冬香が言う。


「まあでも所詮は複製品だ。だからそれを利用して魔改造してみたんだ。元々ロングソードだったバルムンクを俺が射れる長さまで短くして矢っぽくした。かなり魔力を消費したし苦労もしたけど成功はした」


 隣で見ていた新葉は引き気味に綾斗を見る。


「苦労ってアンタね。あんな無茶な魔法見たことないわよ。二重複製に加えて形状変化なんて。なんともないんでしょうね?」


 珍しく綾斗を心配する新葉に一同騒然とする。


「失礼ね! コイツじゃなくて梨乃ちゃんが心配なのよ!」

「あ、なるほど。ちょっと安心した」

「何よ、その反応!」


 夫婦漫才を見せられているようで癪に触ったのか冬香は頬を膨らませて遠くから綾斗の顔を凝視する。それに気付いた春菜は「行かなくていいの?」と聞くが冬香は頑なに断り動こうとしなかった。


「今回はなんともないようですね。前回の反省はどこへ行ってしまったのか分かりませんが、着実にあなたは魔法使いとして成長しています」

「夏目、めっちゃ上から目線!」


 秋蘭が笑うと夏目は顔を真っ赤にして、教えているからいいんです、と言いたげな表情を浮かべて無言の主張をする。しかし、それが余計に面白かったのか他の姉妹も笑い出してしまった。


「ところでさ。逃げた魔獣はどうするんだ? まだこの辺りにいると思うけど追跡とかできないか?」


 綾斗が言うとつい先ほどまで笑っていた姉妹の顔が真剣そのものになる。


 春菜に至っては自分が逃してしまったことに負い目を感じているのか表情が暗くなる。


「駄目ね。山全体を確認したけど完全に気配も魔力も消しているわ。町にはまだ降りてないと思うけど、どうしようもないわね」

「新葉が言うのだから間違いないでしょうね。ゆっくり下山しながら探索するというのも有りですが、明日も学校ですし……」


 夏目は顎に手を当て考え、少ししてから口を開ける。


「二手に別れましょう。私、秋蘭、新葉の三人。春菜、冬香、谷坂さんの三人でどうでしょうか。バランスは取れていると思いますが」

「え、谷坂くんと一緒なの?」

「何か不満ですか、春菜」

「不満というかなんというか」


 口籠る春菜。


 対して冬香は顔を林檎のように赤くしながら綾斗を見つめていた。それを見てしまった春菜は仕方ないか、と溜息をついてわざとらしく口を開ける。


「あ、そっか。谷坂くんは弓も使えるからバランス取れてるのか。いつも二刀流だから弓のイメージがなくって」

「二刀流と弓だけじゃなくて槍とかクナイとかも使えるぞ」


 綾斗は誇らしく言うが、春菜は「違う。そうじゃない」と喉元まで出掛けた言葉を飲み込み一人呆れていた。


――忘れちゃったの? 私たち、まだ喧嘩中だよ。


 そんなことを思っている内に話が進み二手に別れて下山を始めた。


 結果としてどちらも狩衣の魔獣と遭遇できなかった。


 しかし、魔獣の特徴から相手が吊られた男『ハングドマン』の魔獣であることが分かった。その後は夏目が指揮を執り、またハングドマンが現れた際はすぐに合流することを伝え各自帰宅することになった。


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