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第24話

 目の前に構えるは桃色の短髪をなびかせる伏見家の長女――春菜はるな


 対するはタロットカードをその身に宿した少年――谷坂たにさか綾斗あやと


 二人は向かい合い相手の隙を窺う。


 すでに何度か打ち合ったが、綾斗は驚愕する他なかった。なぜなら、少年が繰り出した攻撃のことごとくを防がれ、危うくカウンターを受けるところだったからだ。逆に春菜から受けた攻撃も躱し、防いだがそこまでだった。とてもカウンターを合わせるなんてできたもんじゃない。それほどまでに春菜の軌跡は鋭く速かった。


 互いに一歩も譲らない攻防の後、現在のように距離を取り、次の一手を模索する。


 春菜の手には刃が桃色に染まった刀。


 綾斗の手にはいくらか罅が入った二振りの剣。


 先に業を煮やしたのは綾斗の方だった。罅が入った二振りの剣を両方とも投擲し、瞬時に新たな二振りの剣を生成するやそれらも投擲する。ここまでは春菜も予測していたため、一瞬の内に粉々に砕かれてしまう。しかし、綾斗もそうなることを予測していたのか、後方に高く跳躍し左手には弓を、右手には矢をそれぞれ生成し空中で構える。


 鋭い目つきで弦を絞る。


 綾斗は無言で矢を放ち、続けて三本の矢を生成し間髪入れずに射る。


 春菜は最初の一矢を容易く躱し、続く二本の矢を一刀の下に斬り伏せる。だが、三本目が来ない。確かに射るところは見た。それなのに一向に現れない。その時、綾斗から目を離しているのに気付き慌てて振り返る。そこには先ほど射たはずの三本目の矢を持ち、悠々と地に立つ綾斗がいた。さらにもう一度弦に掛け絞りはじめていた。


「いつの間に!」


 放たれる矢。それは真っ直ぐに春菜の頭部目掛けて迫りくる。


 しかし、それが直撃することはなかった。


 春菜は刀を真っ直ぐ振り下ろし、矢を綺麗に縦に両断したのだ。二つに分かれた矢は春菜を横切りそのまま床に突き刺さる。


 驚愕を露わにする綾斗は弓を消滅させ、再び二振りの剣を生成するや否や真っ直ぐ突っ込む。綾斗は剣技において春菜に負けず劣らずの才能だと自負している。実際に打ち合ってみてもそれは変わらなかった。しかし、打ち続けてみて気付いたことがある。それは確実に春菜の剣速が上がっているということだ。それもただ速くなっているのではない。綾斗の剣筋を見通した上での加速は手数の増加に繋がり、綾斗の許容範囲を超え、徐々にだが防ぎ切れなくなってきている。動きを止めるため鍔迫り合いに持ち込もうと踏み込むが、逆に懐に潜り込まれ柄頭を鳩尾に打ち込まれる。


――何が、負けず劣らずだ。


 綾斗は自身を叱咤し嘔吐しそうになるが、足に踏ん張りを利かせて左手に持った剣を横薙ぎする。


 春菜はそれを身を屈めて躱し、そのまま後方に飛び退く。そこへ空かさず綾斗が右手に持った剣を投擲するが、少女はまるで舞っているかのうように躱し、虚しく空を切るだけだった。それだけではない。目にも止まらぬ加速を見せて綾斗との距離を我が物とし斬り掛かる。


 綾斗は剣を交差させて受け止めるが、途端に両手に掛かる重量が軽くなり、いつの間にか目の前にいたはずの春菜が消えていた。慌てて目を見開く綾斗だが、背後から気配を感じ、左手に握られた剣を逆手持ちに変えて勢いよく身体を回転させる。


 回転斬りから生み出される旋風によって広範囲を吹き飛ばすその技は一対多向けの技だ。一対一の戦いで使うならば確実に相手を仕留めるその時しか使わない。それほどまでに大振り且つムラのある大技であるため隙も生じやすい。


 しかし、綾斗は敢えてその大技をこのタイミングで使った。


 背後に迫っていた春菜は咄嗟に刀で斬撃を防ぐが、旋風によって身体を押し出され、踏ん張りが利かず、回転斬りの連撃によって後方に弾き飛ばされてしまった。


 春菜は空中で体勢を整え着地する。


「……両手が痺れてる」


 そう。回転斬りには綾斗の渾身の力に加えて遠心力も乗せられている。そんなものをまともに受け止めてしまった春菜の両手が悲鳴を上げたのだ。


「降参するか?」

「まさか。この春菜お姉さんを甘く見ないで欲しいね。それにまだ本気出してないし。君の太刀筋はもう分かったから今からは蛸殴りだよ!」

「それは嫌かも」


 改めて構え直したところで訓練場の扉が開かれる。


 二人が戦っていたのは伏見邸にある訓練場だ。


 そこは常盤桜花学園高等部の体育館のよりも広く、あらゆる防御魔法が刻まれた特殊な壁で覆われている。そのため魔法使い同士が実戦形式で訓練をするには持ってこいの場所なのだ。


「二人とも放課後いきなり訓練場に向かってどうしたの?」


 入ってきたライトグレーの髪を肩まで伸ばした美少女――秋蘭あきらが問い掛ける。


「聞いてよ、秋蘭! 谷坂くんったら私の剣技にいちゃもん付けてきたんだよ!」

「は! 違うだろ! お前が俺の剣技にいちゃもん付けてきたんだろ! 真似っこばっかりで谷坂くんの剣技は贋作そのものだねって!」

「谷坂くんだって、変人の剣技は参考にならないって言ったじゃん!」


 二人は睨み合ってからそっぽ向く。


 秋蘭はなんとなく喧嘩の原因が分かったのか二人をなだめようとする。しかし、そこで綾斗が何かを思い出したかのように駆け出す。向かった先にはまるでゴミのように捨てられた鞄があった。


「悪い。今日はこれで帰るわ」

「むっ! 逃げるのか!」

「そうじゃない。今日の夕食当番俺なんだ。それに冬香に料理を教えてやる約束もしてるんだ。あと、変人の剣技って言うのは、天才過ぎて真似をしようにも出来ないってことだ。俺の複製は所詮は贋作。天才には及ばないってこと。じゃあな!」


 綾斗はそう言って駆けて行った。


 春菜はと言えば急に自慢の剣技を褒められ、且つ、自身のことも天才過ぎだと言われたせいで顔に熱がこもってしまう。少女は空いた左手で顔を隠し、隣にいる秋蘭に今の表情を見られないようにする。何せ表情が緩み、五つ子の長女としての威厳が一切保てない状態になっていたからだ。


「その言い方はずるいよ」


 隣にいる秋蘭に聞こえるか聞こえないかの声で言ってから首を振り、いつものお茶らけた春菜お姉さんへと切り替える。


「そう言えば、冬香と谷坂くんはいつの間に仲良くなったんだろうね?」


 春菜が秋蘭に問う。


「んーハイプリエステスの時からかな。冬香は凄く楽しそうって言うか幸せそうって言うか……あの顔は……」

「……まさか」

「そのまさかだよ」


 二人はお互いに顔を見合い悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「「恋だ!」」


 その声は訓練場に響き渡った。


☆☆☆☆☆☆


 綾斗は血相かいて自宅に到着するや急いでリビングに入る。そこにはすでにエプロンを付けた冬香が綾斗の妹――梨乃と楽しそうに談笑していた。元々の約束では一緒に帰宅することになっていたが、春菜と言い合いになってしまい、冬香を先に谷坂家に行かせることになってしまったのだ。一緒に帰れず、待たせてしまったこともあり、慌てて鞄を投げ捨て、エプロンを付ける。


「悪い、冬香、遅くなった」


 綾斗が必死に弁解するが冬香はきょとんとした表情を浮かべて小首を傾げる。


「お兄ちゃん着替えなくていいの?」


 梨乃が慌てふためく兄を見てやれやれと言った面持ちで問い掛ける。


「だって冬香も制服じゃん」

「じゃあ、お兄ちゃんの服を貸してあげたらいいじゃん! 私取ってくるね! あ、冬香さんも一緒に行こうよ!」


 梨乃は強引に冬香の手を引き二階にある綾斗の部屋へ行ってしまった。


 速きこと風の如し、とはよく言ったものだ。意味は違うだろうが言葉だけ見ると、まさに梨乃は嵐のように暴風を巻き起こしたかと思いきや、颯爽と去ってしまうような存在だ。


 一人残された綾斗は投げ捨ててしまった鞄を拾い上げソファーに置く。


 冬香が谷坂家に来るのはこれで五回目だ。家出以降も度々料理の練習と言うことで訪れていたため、今では慣れた光景になってしまっている。それでも五人揃えば判別できないことに変わりはない。


「もうあいつ等は家族なんだよな」


 静かに呟くとタイミングよく二人が降りてくる。


「本棚とかいじって……ない、よな……?」


 綾斗の服を着た冬香はほんのりと頬を赤らめて頷く。というよりも気恥ずかしくなって俯いてしまう。さらに、よりにもよって数字の四がでかでかと装飾された綾斗の服を着ているせいで、本当に冬香の服だと思ってしまう。おそらく服をチョイスしたのは梨乃だろう。その証拠に悪戯っ子のような笑みを浮かべて綾斗を見ている。


「その服、この前梨乃とショッピングモールで買ったやつだよな。お前まさか……」

「えへへ。ちゃんと一から五まであるから大丈夫だよ! ズボンだってセットのやつがあるからこの通り! 似合ってますよ、冬香さん!」


 綾斗は頭を抱えながら冬香を見やる。


 服のサイズは綾斗に合わせているため少しダボついているが、萌え袖として見ると確かに似合っている。いや、むしろ可愛い。家族でもなければ惚れていたかもしれない。


「アヤトは……どう、思う?」


 俯いたまま冬香が問う。


「似合ってるぞって言うか元々可愛いんだから当然だろ。それじゃあ料理の特訓始めるぞ」


 綾斗は言ってそのまま台所に行ってしまう。冬香はそんな背中を見て顔を真っ赤にしながらも抑えきれない笑みを浮かべていた。


「良かったね、冬香さん」


 隣にいる梨乃が言うと冬香は嬉しさを解放させ梨乃を思いきり抱き締める。その溢れんばかりの気持ちが梨乃に伝わったのか梨乃もまた冬香を抱き締める。そして、必然的に二人の周りが幸喜のオーラで覆われる。それに気付かない綾斗は手慣れた手つきで必要な調理器具を用意し簡単な料理の献立を考えていた。


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