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第22話

 午前の授業を全て終え、昼休憩になったことでお弁当を広げる生徒や超高級レストラン並みの学食を食べに食堂へ行く生徒で校内が賑わう。


 二年四組の教室では二人の男子生徒が猛威を奮ってじゃんけんをしていた。


 綾斗と須藤すどう龍鬼たつきだ。


 二人はスポーツテストで各学年上位十名に入っているため、今学期の学食無料券というものを手にした。そんなある日、学食無料券でも満たされない綾斗の空腹が呼び寄せたのは以前、春菜と冬香が食べていたホットドッグと焼きそばパンだった。しかし、一つ八百円するそれらは一般階層である綾斗にはとても手が出せた代物ではなかった。そこでたまたま通りかかった龍鬼とじゃんけんをすることで負けた方が奢るという恒例行事が生まれた。


 そして、いつしかそれは負けた方が昼食を買いに行くというものに変わっていた。


 龍鬼自身も入学して初めて出来た友達が綾斗だった。高校生活二年目にして初めて自分のことをヤクザと言う身分で見ることなく、一人の男として見てくれた人物だった。そのため、よくつるむようになり、いつしか昼食を一緒に取る仲になっていた。


「くあーまた負けた!」

「それじゃあホットドッグごちになりまーす」


 龍鬼は得意気に言う。


 綾斗の尋常ならざる反射神経なら龍鬼が出そうとする手をはっきり見ることができる。しかし、ズルを嫌う綾斗は冬香に審判をしてもらい、二人とも目を閉じて勘で出している。


「メインはいつもの焼肉弁当でいいか?」


 龍鬼は綾斗の問いに満面の笑みを浮かべて首を縦に振る。


 常盤桜花学園の学食には弁当販売が存在する。本来、学食は食堂で食べる物なのだが、気に入った場所が無ければ必然的に教室まで運ぶしかなくなる。そうなった時のために学園側はメニューに弁当を用意したのだ。加えて、この弁当も一流シェフが作っているため味は最高級品だ。

綾斗はそのままげんなりした様子で教室を後にする。購買部と食堂は混雑を理由に普通棟とは正反対の場所にあるのだ。


 それから数分経ってから冬香も綾斗の後を追うように教室を出た。


☆☆☆☆☆☆


 重大なことを忘れていた。


 現在、綾斗は右腕を使うことができない。最初は腕を骨折した時のように胸の辺りに吊るそうとおもったのだが、それだと余計に目立ってしまうため何もせず、ただぶら下げていた。そのせいで龍鬼も気付かないでいた。いや、今はそれよりも大事なことがある。


 弁当は袋にまとめて入れてもらえるがその前の注文方法を考えていなかった。


 食堂の注文方法は食券販売機で好みの物を選び電子マネーか現金かを選び支払いをする。ただそれだけだ。綾斗たちが持つ学食無料券の場合は、無料券をかざしてから更に生徒手帳をかざさなければならない。龍鬼からはその両方をもらっているが、混雑時に片手だけで行うには些か骨が折れる。


――冬香に連いてきてもらえば良かった。


 綾斗は後悔しながら販売機の列に並ぶ。すると前に並ぶ女子生徒が綾斗の存在に気付き、顔を赤らめながら先を譲ってくれた。両手が使えるならまだしも今の状態だとあまり喜べないが、それでも女子生徒に一言感謝を述べ譲ってもらった。それが連続して続きいつの間にか先頭に立っていた。


 綾斗は溜息混じりにまずは龍鬼の分の食券を発行する。手順は簡単なのにどうしてこんなにもやりづらいのか。後ろには何人もの生徒が待っているためもたついていられない。焦った綾斗は手元が狂ってしまい生徒手帳を落としてしまう。慌ててそれを拾おうとした時、横から綺麗な手が伸び、代わりに拾い上げてくれた。顔を上げるとそこには冬香がいた。


 冬香は綾斗の代わりに綾斗の分の食券を発行すると交換所を顎で指す。


 そのまま無言で行ってしまう冬香を綾斗は龍鬼の分の食券が落ちないように小走りで後を追った。


 無事に交換を終えた二人は一緒に教室に向かうため廊下を歩いていた。


「さっきは助かった。ありがとな」

「お礼なんていい。一宿一飯の恩は返すから。あとその右腕の原因は私たちの喧嘩だし」

「これは俺が無茶したからで……」

「アヤトならそう言うと思った。けど、アヤトが何を言っても全く原因がなかったとは言えない。少なくとも私はあの時、冷静さをかいていた。普段なら避けられるものを避けられなかった。だから……」


 冬香は口籠もり、少し考えてから口を開ける。


「私にこの責任を取らせて」


 薄紅色の頬とライトグレーの髪が可憐さと美しさを際立たせ、まるで冬香が輝いているように見えた。


 そんな冬香に見惚れている内に二年の教室がある階に着いた。あともう少しで教室に着くと思った矢先、事が起きた。


 教室から血相をかいて男子生徒が飛び出してきた。


 綾斗が目を凝らしてみると、その人物は龍鬼だった。


 直後、胸の奥をざわつく感覚が襲った。


 何があったのか綾斗が問い掛ける前に、龍鬼がガタガタと身体を震わせながら口を開ける。


「校庭に……緑の、煙が……それ、吸って……倒れ……」


 そこまで言って龍鬼の意識は完全にシャットダウンされた。


 二人は龍鬼を壁にもたれさせてから教室に飛び込み窓から身を乗り出す。


 そこにはマジシャンの時と同じ光景が広がっていた。辺りには気絶している生徒と教員。不自然なまでに目立つローブを纏った人間、いや、魔獣。間違いなく昨日綾斗たちが戦ったタロットの魔獣だ。


「野郎!」


 鬼の形相を浮かべた綾斗はフールの魔法を使って左手に剣を生成しようとする。しかし、どうしてだか形が整えられると同時に崩壊し始め、魔力の塊となって破裂してしまう。それが何度か続いてから、いつ背負ったのかリュックを携えた冬香が窓から飛び降りる。より正確には窓から飛び出し、緑の霧から一定の距離が離れた場所に着地する。


 教室から地面までの高さはビルの三階に値する。それを少女は何の躊躇いもなく飛び降りた。飛び降りても一切の怪我を負わないことを知っているからだ。


「ここを襲ってくるなんて……許さない! ――『魔力解放』――ッ!」


 冬香の全身から紫色に輝く魔力が渦を巻いて放出される。それは瞬く間に身体中を保護膜のように覆う。同時に頭髪の色がライトグレーから紫色に染まる。


 冬香は両手を勢いよく突き出し、その手には左右同じハンドガンが握られていた。銃の種類はグロック18Cというもので冬香が所有するハンドガンの中で一番二丁拳銃として扱いやすかったものだ。その二つの銃口から紫色の火花が吹き猛威を振るう。


 放たれた魔力弾は見事な弾道を描きタロットの魔獣に直撃する。はずだった。


 魔力弾は緑の霧の中に入った瞬間に綻びが生じ、瞬く間に紫の閃光が錆びつき直撃する前に暴発、あるいは消失する。それでも冬香は全く同じ弾道で撃ち続ける。そう。弾道だけは同じだ。魔力弾の質量たる魔力量は一発ごとに増している。そのため暴発と消失する距離も伸び、確実にタロットの魔獣に近付いている。


 勝機が見えた冬香は一気に魔力量を増した魔力弾を撃とうとしたまさにその時だった。


 タロットの魔獣は鉄扇を大きく扇ぎ緑の竜巻を生み出したのだ。


 咄嗟の判断で冬香は魔力弾を何発も竜巻に撃ち込むが如何せん火力が足りない。それに丁度弾丸を撃ち尽くしてしまった。少女は舌打ちをして二丁のグロック18Cをリュックに入れ、新たな銃を取り出す。


 M203グレネードランチャーを装備したM4A1アサルトカービン。そんな物をリュックから取り出すという異様な光景に誰も突っ込まない。いや、突っ込める人物がこの場にいないだけで、一般人が見れば目が飛び出てしまうだろう。


 冬香は無表情のままグレネードランチャーに装填した榴弾に魔力を込める。


「これなら」


 少女は静かにトリガーを引く。


 放たれたグレネード魔力弾は白煙の尾を引いて竜巻が生む暴風をもろともせず、綺麗な孤を描いて吸い込まれるように竜巻の中心に着弾する。直後、爆発によって生み出された威力と衝撃波は実物を遥かに超え、竜巻を跡形もなく内側から吹き飛ばした。それどころか周りの腐食した建物にまで影響し、危うく普通棟の壁面が剥がれ落ちるところだった。


 冬香は間髪入れずにM4A1アサルトカービンの銃口を魔獣に向け何の躊躇いも無く引き金を引く。放たれる魔力弾はハンドガンの物と違って弾頭の尖端が鋭くなっており、貫通力も増している。さらに弾速と連射性能はハンドガンの比ではないため緑の霧によって暴発、消失する前にタロットの魔獣まで届く。


 数発の直撃を受けた魔獣は溜まらず跳躍する。


「行ったよ、春菜、秋蘭、新葉」


 冬香は静かに呟いた。


 この場には冬香と魔獣以外に誰もいない。いるとすれば二年四組の教室で夏目と夏目の治療を受けている綾斗くらいだろう。春菜、秋蘭、そして新葉は冬香の作戦の下、出番が来るまで特別棟の屋上で待ち構えていたのだ。


「名付けて――『秋蘭の秋蘭による姉妹砲シスーターズ・キャノン』――ッ!」


 冬香が命名した瞬間、姉妹の一人が秋蘭によって射出された。それはあまりにも速く、一瞬の出来事だった。


 一人の姉妹の絶叫が学園全体に響き渡った。


 刹那、姉妹と魔獣が交差する瞬間、すでに事は終えていた。


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