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第16話

 綾斗を閉じ込めるように展開された反射魔法『鏡界陣ミラー・マインド』は半径百メートルのドーム状の結界であり、内側にも半径三十センチのドーム状の結界が無数にある特殊な構造をしている。閉じ込められた者は結界から脱出しようと攻撃を試みるも、その全てを弾き返す効果をドーム一つ一つが有している。


 そのため閉じ込められた綾斗は結界を破壊しようとすればするほど自分の首を絞めることになる。


 さらにそこには綾斗だけでなく冬香もいた。彼女が撃つ魔力弾は綾斗によって弾かれてしまうが、結界内で弾かれた魔力弾は小さな鏡界陣に着弾する。


 小さな鏡界陣は甲高い音を立てて破裂するかと思いきや、着弾した入射角そのままに跳ね返される。つまり、綾斗の下に反射されたということだ。さらに魔力弾と魔力弾がぶつかり合い、弾道は乱れ、綾斗の予測とは異なる弾道を描き始める。いわゆる、跳弾というやつだ。


 冬香は粗方MP5Kサブマシンガンを撃ち終えると夏目の転移魔法によってドームから出される。


 冬香と夏目の二人は心配そうな表情を浮かべる。その視線の先ではまさに命を削るような特訓がなされていた。しかし、綾斗はまだ一発も被弾していない。それだけが二人を安心させている。


――直撃する魔力弾だけを弾く。少しでも、一歩でも多く前に進め。


 綾斗の剣筋が段々と冴えていくのが分かる。だが、二振りの剣が先に限界を迎えた。


 鉄が軋む。


 迫りくる魔力弾を弾いた瞬間に、今にも砕け散りそうなほどに強烈なひびが入る。


 限界を察した綾斗は手慣れた手つきで二振りとも投擲し、新たに二振りの剣を生成する。


 次の瞬間、幾度となく弾かれた跳弾が綾斗の背後に迫る。身体を捻り、なんとか躱せたが、続く前方からの魔力弾の対応に一手遅れが生じる。


「しまっ……っ⁉」


 綾斗は咄嗟に真横に跳ぶが、その先からも魔力弾が押し寄せてくる。


「谷坂さん!」


 夏目は杖を振るい綾斗の足元に魔法陣を展開する。それは足場となって綾斗に空中で二度目の跳躍を許す。


「危なかった」

「それでも一時凌ぎでしかない。どうする、アヤト?」

「こうするんだよ――『贋作鋳造カウンターフェイト』――ッ!」


 綾斗はすでに生成された剣にさらに魔力を注ぎ込み、歪な形へと変貌させる。その武器は威力で言うなら魔力弾を弾くのではなく、確実に鏡界陣の許容範囲を超える凄まじい破壊を生み出すだろう。


 しかし、その歪な複製は現世に留まるほどの強度と硬度、言うなれば中身を持っていなかった。


 生成された歪な剣は数秒も待たずに内側から破裂した。


 綾斗はあまりにも突然で、且つ、当然の結果に驚愕を露わにする。そうしている間にも無数の魔力弾が迫ってくる。


 瞬間、全身に力が入らなくなった。


 全く予期していなかった展開。


 綾斗は両目を固く閉ざした。それ以外にできることがなかった。


 夏目は綾斗の異変に気付き、すぐさま転移魔法を発動して少年をドームの外へ瞬間移動させる。


 綾斗は訓練所の冷たい床に仰向けになりながら天井を仰ぎ見る。無茶な魔法の使い方をしたせいか、全身が麻痺していて指一本動かすことができない。


「なるほど。自身の許容範囲を越えた魔法を使った結果ですね」


 夏目は冷静に観察し綾斗の身体にいくらか手を当て結論づける。


「自業自得。元々無茶な訓練なのに、魔法の二重掛けなんて無茶苦茶だよ」


 冬香はいつもの寝ぼけたような表情に戻り呆れたように言う。


「取り敢えず、動けるようにはしますが、ちゃんと動けるようになるには十二時間ほど必要になります。これも一つの教訓として覚えておくと良いでしょう」


 夏目は言って綾斗の身体に勢いよく魔力を流し込み、綾斗の体内で魔力の波を引き起こさせる。乱れた魔力の流れにはそれ以上の乱れによって衝撃を与え、流れを初期化し、正しい流れへと戻す。簡単に見えて超高等技術を当たり前のようにやってのける辺り、姉妹の中でも魔力操作に関してはずば抜けているのがよく分かる。


「いってええええええええええええええええええええええええ!」


 綾斗は目に涙を浮かべながらあまりの激痛に叫ぶ。


「あ、言うのを忘れていましたが、とても痛いですよ」


 夏目は満面の笑みを浮かべて言う。


「先に言ってえええええええええええええええええ!」

「今のは『痛い』と『言う』をかけたシャレですか? 面白いですね。谷坂さんっ!」


 夏目は不敵な笑みを浮かべながら再度魔力の波を起こして綾斗の魔力の流れを正していく。


 後ろで見ていた冬香は珍しく怒ってるなあ、と思いながらも次女の狂気染みた行動に引いていた。


 綾斗はやっとの思いで魔力の流れが正常になり、まだいくらか痺れが残る身体を無理矢理に動かしてゆっくりと立ち上がる。


 冬香はそんな姿をぼうっと見ていられる訳もなく、無表情で綾斗の隣に歩み寄る。


「肩貸そうか?」

「大丈夫。と言いたいところだけど頼む。はあ、梨乃になんて言い訳すれば良いと思う?」

「分からない。それは自分で考えることだよ、アヤト」

「冬香さん、手厳しいですねー」

「敬語使っても駄目」


 落胆する綾斗。


 一方で夏目は杖を見つめて何か思い悩んでいた。そのことに気づいた冬香に呼ばれた夏目は一度微笑んでから二人を追いかけるのだった。


☆☆☆☆☆☆


 綾斗と梨乃は自宅をいつまでも留守にしている訳にもいかないため、昼食を終えた後、自宅に帰ることにした。しかし、なぜだか五つ子たちもついてくることになり、今度はお客様として五つ子を迎えることになった。


 谷坂家の中に入った五つ子は物珍しそうに家具や部屋の間取りを見やる。


「ここが綾斗くんのお家ですか? なんて言うか思った通りのお家で良かったです!」


 秋蘭が何とも言えない感想を述べる。


「アヤトの部屋見てみたい」

「それはまずいんじゃあないかな? 突然押しかけてる立場だし。谷坂くんにも隠したい物とかあるでしょ?」


 冬香の単純な好奇心に春菜は、綾斗が男の子として恥ずかしい思いをしないように静止を促す。


「卑猥ですよ、春菜。私たちはあくまで二人を安全に送り届けるために一緒にいるんですからね」

「夏目は真面目過ぎなのよ。私は、谷坂はどうでもいいけど梨乃ちゃんが心配だからついてきてるだけなんだからね!」


 新葉は怒鳴るように言うが、その目は初めて男の子の家にあがる女子高校生のように泳いでいた。その背後で夏目は本当に申し訳なさそうに誰かが暴走しないかソワソワしていた。


 梨乃は五つ子たちが好き勝手言う中、少し興奮気味に五つ子たちを見る。たった一日で五人もの姉ができ、それが五つ子ということに未だに信じられないでいた。しかし、ここに来てようやく理解し始めたのか歓喜の目を向ける。対して、綾斗は春菜が言っていたことにいささかの焦りを覚えながらも五つ子をリビングへと案内する。


「悪い。すぐお茶出すから。梨乃、確か秋蘭と冬香お姉さんとは遊んだことあったよな。これを機に皆と一緒に何か話すといいよ」


 綾斗はすぐに手伝おうとする梨乃に静止を促す。


 兄として妹が姉たちと仲良くできるようにする配慮だ。少し寂しい気もするが、綾斗はそそくさとお茶を入れる準備をする。


 梨乃と五つ子はリビングのコの字型のソファーに座り談笑を始める。と言っても梨乃の梨乃による梨乃のための質問が飛び交いそれに答えるだけだったが。


「梨乃ちゃんはお金持ちに興味津々なんだね」


 春菜が言うと梨乃は小鳥のように小首を傾げながら考える。その仕草が可愛かったのか春菜はつい見惚れてしまい、危うく抱き着きそうになっていた。いや、もう家族であり、妹なのだから抱き着いてもいいのだろうが、心の距離というものがある。


 春菜は自身のおじん臭い欲望を抑制し見るだけに留めた。


「どうでしょう。確かにお金があると生きていく上では不自由はないのでしょうけど、やっぱり結婚とか『幸せ』みたいな人生を謳歌するとなれば、お金以外に必要なものはあると思いますし、いるとも思います。なので興味はありますが、なりたいか? と問われれば答えを濁す形になってしまいますね。はい」

「待って。梨乃ちゃんは中学生だよね?」

「はい。私立常盤桜花学園中等部の二年生です!」

「お、大人だねえ。春菜お姉さんびっくりだよ」


 梨乃は褒められたと思い満面の笑みを浮かべる。ぱっちりとした目に頬ずりしたくなるようなきめ細やかな肌。中学生だからか幼さのある顔がより一層少女の可愛さを際立たせる。


 そこへ綾斗がお茶を運んでくる。


「どうだ俺の妹は。よくできたいい子だろう」


 と自慢気に言うとお茶を配っていく。


 五つ子はお礼を言ってから綾斗が淹れたお茶を口にする。


「ぅわ美味しい!」


 最初に目を見開いて驚いたのは秋蘭だった。


 続いて夏目も意外そうに口を押えて綾斗を見つめる。


 春菜はと言うとあまりの美味しさに全て飲み切ってしまい、隣に座っている冬香のものをもらおうとするが断られて肩を落としていた。


 新葉はと言えば美味しさを認めたくないため、味の感想は言えずじまいだが、少しずつ大切に飲んでいた。


 それから何時間経ったのだろうか、日が傾きあかね色に染まる空が夕暮れ時と告げている。長居してしまったことに夏目だけ申し訳なさそうにしているが、他の姉妹は当然と言いたげな表情を浮かべながら「もう家族なんだから」と言って谷坂家を後にした。


 数分後、綾斗は胸の奥にざわめきを感じた。その感覚が示すのはタロットの魔獣の出現。そして、このタイミングで現れるタロットの魔獣は一体しかいない。少年は梨乃に「忘れ物渡してくる」とつきたくもない嘘をついて家を飛び出して行った。


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