目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報
第14話

 夏目が展開した三重の魔力防壁が砕け散り、その上に乗っていた土埃や瓦礫が落ちてくる。不幸中の幸いか小石程度の物しか乗っていなかったためそれで止めを刺されることはなかった。


「っ! いったいどうなって……」


 気絶していた新葉が目を覚ます。するとそこには土の魔法で生成された槍から新葉を庇った綾斗が横たわっていた。それだけならまだ良かった。しかし、相手が悪かった。少年の腹部には槍が深々と突き刺さり、串刺しになって気絶していたのだ。槍の切っ先から、そして、傷口から夥しいほどの血が流れ赤黒い水溜りを作っている。それに触れてしまった少女はパニック状態になり辺りを見渡す。


 気絶した秋蘭とその近くには春菜の姿があった。春菜を最後に見たのが黒い犬型の魔獣の群れに突っ込んでいく姿だったため、全て討伐してから参戦したのだろう。辺りの悲惨な現状を見るに春菜が秋蘭をかばったようにも見える。


 唯一意識を保っている夏目も満身創痍の状態だった。


 新葉は不慣れな治癒魔法で綾斗の傷口を塞ぎつつ槍を引き抜く。しかし、明らかに綾斗から生気を感じない。その時、新葉の脳裏に『死』という言葉が深く刻まれる。


「嘘、嘘でしょ! ちょっと目を覚ましなさいよ! こら、ポンコツ! さっき馬鹿って言ったの怒ってるんだからね! だから、ねえ! おねがい! 起きてよ! 起きて私に怒鳴られなさいよ!」


 新葉は怒鳴るように叫ぶが綾斗からは沈黙という返答が送られてきた。


「な、夏目、どうしよ! 谷坂が、目、目を……」


 夏目に助けを求めるが、意識があるのかいよいよ分からなくなってくる。


 その時だった。


 生気が全く感じられなかった綾斗が急に目を覚まし立ち上がる。そして、まるでゾンビのようにおぼつかない足取りで夏目の下へ行く。


「……つ……カ、え……」


 綾斗は夏目の頭に血が一切ついていない手を優しく置くとそのまま意識を失ってしまった。


 だが、今度は夏目が失いかけた意識を取り戻し、その場に倒れかけた綾斗を抱きかかえる。


「魔力が回復している。どうして……って谷坂さん!」


 夏目は意識がはっきりしたところで事の重大さに気付き身の丈ほどある杖を手元に呼び寄せる。


「転移魔法を使います。新葉、そこを動かないで下さい!」


 夏目は一瞬の内にこの場にいる全員を伏見邸に瞬間移動させてすぐに執事を呼んだ。


 それからの執事や使用人たちの行動はとても速かった。一番の重傷者だった綾斗は、今も伏見邸でゲームをしている梨乃に気付かれないように、魔法による治療を行うことができる集中治療室に運ばれた。五つ子たちも軽傷ではあるが、同じように魔力治療室に運ばれた。安心できる状況ではないが、一命は取り留められると思い、夏目と新葉は完全に意識を失った。


☆☆☆☆☆☆


 最初に視界に入ったのは見慣れない天井だった。蛍光灯が剥き出しな保健室でもなければ、LED対応の円盤型の物でもない。天井には最近よく見かけるようになったシャンデリアが吊るされている。


「ってセレブかよ!」


 勢いよく起き上がった綾斗は全身を駆け巡る激痛に顔を歪める。さらに左脚に違和感があると思えば、ベッドに突っ伏す形で梨乃が眠っていた。


「梨乃? ってことは伏見邸か。なるほど、新葉を庇って串刺しになってからの記憶は無いけど、この感じだと負けたのか」

「綾斗くん! 目が覚めたんですね!」


 監視されていたのか綾斗が目を覚ましたタイミングと余りにも良すぎる。入ってきた五つ子の誰かに怪訝そうな顔を向け、少年は梨乃が起きてしまわないようにベッドから出る。


 しかし、絨毯が敷かれた床に足をつけてみると、上手く力が入らないせいでまるで生まれたての小鹿のようになってしまう。綾斗は自身の無様な姿に苦笑いしつつ、自身がどれだけ危険な状態だったのかを思い知らされる。不意に梨乃の顔が見えると目元が少し赤く腫れていた。少年はただ「ごめんな」と一言残しておぼつかない足取りで五つ子の誰かに歩み寄る。


 五つ子の誰かはそんな姿を見て慌てて綾斗に肩をかす。


 ライトグレーの肩まで伸びた髪がちらつく。


 無理に動いたせいで腹部の痛みがさらに鋭敏になる。


 綾斗はそれでもタロットの話を梨乃の前ではしたくないため、一先ずこの場から離れることを最優先にした。


 二人は廊下に出るやすぐにソファーを見つけて深く腰掛ける。


「うわー。沈み方が一般家庭に置いてあるソファーと全然違う。ありがとうな、冬香」

「そうでしょ! ってそこじゃない! それに私は秋蘭です!」


 秋蘭は一人のりつっこみをしたところで綾斗の身体、特に腹部を心配そうに凝視する。


「そんなに動いて大丈夫なんですか? 怪我とかかなり酷かったって聞きましたけど」

「今まで感じたことのない痛さだった。けど、今は段々痛みを感じなくなってきたから多分、おそらく大丈夫だと思う」

「え、それ感覚が麻痺してるってことじゃ……」


 いちいち反応が極端な秋蘭は慌てふためく。そんな彼女を他所に綾斗は天井を仰ぎ見ていた。


「マジシャン、強かったな」

「そ、そうですね」


 いつも太陽のような笑みを浮かべている秋蘭の表情が一息に曇っていく。


 無理もない。


 惨敗中の惨敗。


 秋蘭は勝負事に関して五つ子の中でも群を抜いてこだわる性格をしている。しかし、それ以前にもう少しで死んでいたかもしれないという事実がより一層少女の顔を曇らせる。


「あいつに勝つにはもっと精度の高い武器のコピーを作らないと。コピーする武器もそれなりに強い物を……」


 綾斗は言いながら深く考え込み始める。その真剣な表情に秋蘭ですら話し掛けられなくなっていた。そして、数秒経ってから綾斗は顔を上げ秋蘭の顔をジッと見つめる。


「確かタロットって大昔に作られたんだよな?」

「え? ああ、そうだとお父さんは言っていましたけど」


 秋蘭は急な問いかけに肩をビクつかせる。


「そして一枚一枚には意思がある。つまり作られてから封印されるまでの記憶があるはずだ。それにフールはあらゆる武器の贋作を作れる……なら、きっと大昔にあった武器を知っているはずだ。その記憶を掘り出せれば……そんな魔法知ってるか?」

「ごめんなさい。私の魔法に関する知識はお父さんと夏目に与えられたものなんです。だからそんな魔法があるかどうか分かりません。でも、その二人なら知ってると思います」


 秋蘭はいつもの太陽のような笑みを浮かべて言うが、今の綾斗にはフールの武器に関する記憶の引き出し方しか頭になかった。結論が出たのか少年はまた勢いよく立ち上がる。本当なら立ち上がるのもやっとのはずの身体で少年はそのまま康臣の部屋に向けて歩を進める。


 秋蘭は場所も知らないのに、と言いたげな表情を浮かべてついてくるように綾斗の前を歩いた。


 驚いたことに綾斗は秋蘭に支えられることなく歩いていた。


☆☆☆☆☆☆


 本当なら歩けるはずもない綾斗が屋敷を歩き回っているせいで康臣の書斎に着く頃には、五つ子全員が揃っていた。


「はっきり言うぞ。誰が誰だか全く分からん。頼むから名札をつけてくれ」


 そう言って綾斗はフールの魔法を使い、五つ子に向けて首に掛けられる大きな名札を作り手渡す。秋蘭と冬香以外には「そんなことにフールの魔法を使うなよ」と言われた気がしたが、綾斗は気にせず康臣に問う。


「フールの武器に関する記憶を引き出すことって出来ますか?」

「可能ではあるが不可能に近い」


 綾斗は眉をひそめる。


「カード状態のタロットなら専用の魔法を使うことで記憶を読み取ることができる。しかし、君の場合は人体と同化しているという異例中の異例だ。そのため専用の魔法が上手く機能するか分からない。そんな危険な賭けに君を委ねる訳にはいかない」

「ありがとうございます、康臣さん。でも、俺は大丈夫なんで、その専用の魔法? 教えてもらえませんか? そこからは自己責任で行いますから」

「駄目だ。康臣ダディーと言いなさい」

「康臣ダディー、お願いです。専用の魔法を教えて下さい」


 ホントに言ったよ、と五つ子は心の中で思った。


 綾斗も、言ってしまった、と自分に呆れてしまっていた。


「いいだろう。しかし、私も同伴する」

「ありがとうございます!」


 綾斗は満面の笑みで礼を言うと、そのまま糸の切れた人形のようにその場に倒れてしまった。


 康臣はそうなることを予想していたため、大きく溜息をついてすぐ近くにあるソファーに綾斗を寝かせた。


「今日はもう遅い。それにダメージもそれなりに大きかったはずだ。明日は休日、早く寝なさい」


 五つ子は康臣に促され各々の部屋に戻っていった。


☆☆☆☆☆☆


 カーテンの隙間から溢れる西日が朝を迎えたのだと知らせてくれる。


 目を覚ました綾斗はまだ上手く働かない思考を巡らせて取り敢えず顔を洗うことにした。洗面所の場所は、昨晩康臣の書斎に到着するまでの間に秋蘭に教えてもらっていた。


 洗面所の扉は他の部屋と違って引戸なため比較的分かりやすい。広さはやはり一般の物とは違い温泉などの大浴場にあるようなものだ。そして、そこから見える風呂場はまさに温泉のそれだった。


「広すぎだろ」


 一先ず顔を洗い自分の服を探すが、いかんせん最後に着た服は前の学校の制服で、マジシャンの攻撃によってボロボロにされてしまっている。特に腹部の辺りは穴が空いていたり、血がべっとりとついてしまっていた。


 綾斗は大きく溜息をついて洗面所から出るため引戸を開ける。すると、そこには寝ぼけた顔をしたライトグレーの短髪を両サイドだけ伸ばした五つ子の誰かが立っていた。低血圧なのか表情は暗かったが、顔色が悪いという訳ではない。


「あ、えっと……おはよう」

「おはよ。身体大丈夫?」


 少女は静かに言うと綾斗の腹部を凝視する。


「お、おう! もうなんともない!」


 ぎこちない挨拶を交わした綾斗は入れ替わるように移動する。


 なんともない、とは言いつつもまだ少しの痛みは残っている。それでも五つ子たちの前では苦痛で苛まれる姿を見せたくない。


 いや、それよりも少年は目の前の少女が誰なのか分からず四苦八苦していた。


「それじゃ」と言ってこの場を去ることもできるが、それは逃げたような気がしてしたくない。


「朝食なら執事さんに言ったらなんでも作ってくれるよ」


 またも静かに言う少女は小首を傾げながら少年を見つめる。


「もしかしてアヤト、私が誰か分かってない?」

「え、あーえっと……ほら、あれだ……ってなんだ……んーっとねー」


 綾斗は目を泳がせながら思考を巡らせる。


 少女はそんな様子をじっと見つつやれやれと言った面持ちで溜息をつく。


「ヒントあげようか?」


 綾斗は申し訳なさそうに頷く。


 少女は首下で何かを掴む動作をしてからそれを耳に付ける仕草をする。


「分かった。秋蘭だろ!」

「ちがう」


 言って少女は両手を胸に近くに出して何かを掴む動作をしたのち、信じられない速さで親指と人差し指を動かし始める。


「夏目か! 魔法の勉強だろ、それ!」

「ちがう」

「な、マジ……で?」

「うん。もう答え言っていい?」

「待った! あと一回! あと一回だけ!」


 綾斗が悪あがきする中、不意に洗面所の引き戸が開かれる。


 現れたのは目をこすりながら大きなあくびをした梨乃だった。


「冬香さん、おはようございます。あ、あとお兄ちゃんもおはよう」

「俺はついでかよ」


 と綾斗がしょげる中、悠々と顔を洗い歯磨きを終えた梨乃は風のようにその場を去っていった。


「ん? お前、冬香なのか?」

「そ、そうだけど。え、待って……なんで一目で分かったの? 梨乃ちゃん凄いね」


 普段の冬香は他人には無頓着で特に感情を表に出さない根暗な少女だったが、梨乃が一目で且つ一発で当ててしまったことに驚愕を露にしていた。


 綾斗は結局自分で当てられなかったことに悔しさを覚えるのだった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?