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第13話

 伏見邸で梨乃とゲームをしていた冬香は何食わぬ顔で執事と交代し、自室で勉強をしていた夏目と合流する。


 夏目はすぐに事態を把握し、五つ子全員と綾斗を対象に伝心魔法を発動した。効果としてはケータイを使わずでも心の声で連絡を取れるようにするというものだ。そして、全員に繋がるやすぐに綾斗の梨乃への焦燥感が伝わってくる。


 冬香は慌てながら梨乃の無事を冷静に説明する。


 その後、二人は梨乃に気付かれないように転移魔法を発動させて中等部の校庭に瞬間移動しようとしたが甘かった。梨乃の観察能力は二人の姉妹の予想を遥かに上回っていたのだ。危うく転移魔法を発動させる瞬間を目撃されるところだった。


 そのためゲームをしていた冬香は梨乃の相手をするため戦闘には参加できなくなってしまった。


 夏目は不安を胸に単身転移魔法を使い中等部の校庭に瞬間移動した。


 そこではすでに戦闘が始まっており、綾斗が丁度二振りの剣を振り下ろす瞬間だった。その攻撃は魔獣の目の前に展開された魔法陣の壁によって防がれ、逆に弾き返されてしまう。直後、魔法陣の壁に矢が突き刺さる。


 夏目が矢の弾道を辿ると高等部の普通棟の屋上があった。そこに陣取っている人物は緑色の髪を腰の辺りまで伸ばした美少女――新葉だった。


 新葉はもう一度魔力で生成した矢を弦につがえ、正確無比な狙撃によって魔獣の頭部を狙う。


 だが、魔獣は臆することなく背後に小さな魔法陣を複数展開させる。途端に魔法陣に光が灯り莫大な魔力が籠められる。さらに充填を終えるや先端に宝玉がついた身の丈ほどある杖を横薙ぎし、まるで砲弾のような魔力弾を魔法陣から発射する。


 矢と砲弾。


 衝突すればどちらが粉砕されるかなんて考えなくても分かる。


 新葉が放った矢は一瞬で撃ち落とされ、残りの砲弾級の魔力弾が矢を射た少女のいる方角へ真っ直ぐ突き進んでいく。


 次の瞬間、先ほどまで新葉がいた高等部普通棟の屋上が跡形もなく吹き飛んだ。


「新葉!」


 新葉に気を取られた夏目に向かって黒い犬型の魔獣が飛び掛かる。


 夏目は全く予期していなかった者の攻撃に目を見開き、身体が硬直して動きが鈍くなってしまう。


「馬鹿、伏せろ!」


 聞き覚えのある声が聞こえたと思えばその主である綾斗が夏目と黒い犬型の魔獣の間に割って入る。少年は瞬時に二振りの剣を高速で振るい魔獣を切り刻む。少年は背後の少女の無事を確認しようと視線を犬型の魔獣の骸から目を離すが、まずかった。


 突然、魔獣の切り刻まれた身体の部位が黒いモヤのようになり瞬く間に二人を包み込もうとする。


「まずい!」


 綾斗は片方の剣を捨て夏目を抱えて跳躍する。そして一呼吸置いた後、先ほどまで二人がいた場所が爆発する。


「危ねェ。大丈夫か、冬香?」

「夏目です! それより降ろして下さい! 私なら大丈夫ですから!」


 少しときめいてしまった夏目は首を振り、冷静さを取り戻すや空中にいるにも関わらず無理矢理に綾斗を引き剥がし、二人は別々に着地する。


 夏目は深呼吸をしてから一息に体内の魔力の出力を極限まで高める。


「――『魔力解放』――ッ!」


 夏目の身体から青色の魔力が渦を巻いてあふれ出し全身を包み込む。瞬く間にライトグレーのポニーテールが青色に染まっていく。戦闘用に高められた魔力が夏目の身体能力と魔法を一段階強力にさせる。


 校庭ではすでに魔力解放をし、オレンジ色に染まった髪の秋蘭が手近な石ころを拾い上げては投擲している。相手はもちろん黒いローブに身を包み、四肢に包帯を巻いた人型の魔獣だ。


 そう。夏目を襲った犬型の魔獣はタロットの魔獣ではなく、人型の魔獣が作り出した魔法の一種なのだ。


 秋蘭の武器は自らの肉体であるため、遠距離攻撃となれば拾い上げた石ころを投げることくらいしかできないのだ。しかし、その投げた石ころには強力な魔力を流し込んでいるため、普通の石ころが鉄球並みの硬度を持つようになっている。だが、それだけだ。


 人型の魔獣が放つ魔力弾の威力に加えて手数でも圧倒されているため、身を守るために石を投げるか、攻撃から逃れるために瞬間的に加速して辺りを縦横無尽に走ることしたできていない。


「秋蘭を援護します! 谷坂さん、弓を構えて下さい!」


 綾斗は言われるがまま援護をするために二振りの剣を消滅させ、新たな武器をフールの魔法を使って生成する。


「――『贋作鋳造カウンターフェイト』――ッ!」


 作り出したのは黒い弓と新葉の魔法効力がある矢を三本。


 その三本を手慣れた手つきで弦につがえる。そして威力向上のために胸のコアから強大な魔力を生成し渦を巻くように込め、間髪入れずに射る。


 次の瞬間、まるで大砲でも撃ったのかと思わせるほどの衝撃と轟音が校庭に響き渡る。その威力も大砲と大差なく、魔獣から放たれるいくつもの魔力弾を魔法陣ごとなぎ払う。


 あまりにも突然のことで魔獣の注意が綾斗に向けられる。


 秋蘭はその隙をついて魔獣の懐に飛び込み、魔力を乗せた拳を魔獣の腹部に打ち込む。しかし、確かな手応えとともに違和感を覚えた。この手応えは黒い犬型の魔獣を殴り飛ばしたときと同じ。つまりタロットの魔獣を殴ったのではない。そう気付いた瞬間、秋蘭を囲うように黒い魔法陣が展開される。咄嗟に防御の姿勢を取るがどうやっても防ぎ切れないことは分かっている。覚悟を決めた秋蘭は全身に力を入れる。


 しかし、その瞬間は一向に来なかった。


 秋蘭の身体は気付けば夏目のすぐ隣に瞬間移動していた。


 そう。夏目の転移魔法によって秋蘭は助けられていた。秋蘭は先ほどまで自分がいた場所を見て背筋を凍らせる。地面が深く抉られ中心部は黒く焦げていた。少女がいくら魔力で防御力を上げたとしても命を落としていただろう。


 夏目と秋蘭の視線が校舎の二階ほどの高さまで浮遊したタロットの魔獣に向けられる。


「ありがとう、夏目。助かったよ」

「いえ、私もあの黒い犬に驚かされてしまい援護が遅れました」

「うん。あの黒い犬、倒すか潰すかすると黒い霧に変わって包み込んできたかと思えば爆発する仕掛けになってるみたい。春菜もここへ向かう途中に大群の相手をしてたから多分だけどこっちには来れないと思う」

「分かりました。それでは私と秋蘭と新葉、そして、谷坂さんであの魔獣を封印しましょう」

「って言っても……」


 秋蘭は苦笑しながら辺りを見渡す。


 いつの間にか綾斗の姿が消えていたのだ。それだけではない。先ほどから新葉に向けて伝心魔法で呼びかけているが、繋がりはしているものの一向に返事が来ない。


「ど、どうしよ! まさか綾斗くん、さっきの魔力砲で吹っ飛ばされちゃったんじゃ!」


 秋蘭は絵で描いたように慌てふためく。


 見かねた夏目は一度咳払いし秋蘭の注意を自身に集めさせる。


「落ち着いて下さい。大丈夫です。彼には私からあることを頼みましたから。それよりも今は――」


 言いかけたところで人型の魔獣に動きがあった。


 夏目は瞬時に魔力防壁を展開し、同時に応戦するためいくつもの小さな魔法陣を背後に展開する。


 秋蘭は夏目が魔法陣を展開している間に全身に身体能力強化魔法を施し、クラウチングスタートの体勢をとる。


 二人の準備が整ったところでタロットの魔獣は、今にも爆発四散しそうになるくらい膨れ上がった魔力砲を放とうとする。


 一呼吸の静かな間があった。


 そして、タロットの魔獣は自身の背後に複数の小さな魔法陣を新たに展開させる。魔力砲以外にも何か別の魔法を放とうとした。まさにその時だった。


『谷坂! もっと高く跳べっての!』

『す、すまん!』


 夏目と秋蘭の耳に聞き慣れた二人の声が直接頭に響いてくる。二人とも同時に空を見上げると、そこには魔獣よりも高く跳躍した綾斗と新葉が並んで弓を構えていた。


「行くわよ、ちゃんと合わせなさい!」

「おう!」

「「――『雷光一閃ライトニング・ブリッツ』――ッ!」」


 その名の通り、激しい稲妻を纏った矢がタロットの魔獣の頭部と胸部を穿つ。一瞬遅れて雷の如き轟音が校庭に響き渡った。同時に凄まじい衝撃波が校庭にいる二人を襲う。しかし、空中にいる二人は安堵の表情は愚か驚愕を露わにしていた。


「まだよ!」


 新葉が叫ぶように言うと舞い上がった土埃からタロットの魔獣が浮遊魔法によって勢いよく現れ、空中の二人に肉薄する。


 綾斗は咄嗟の判断で矢を何本も射るが、魔獣は肩や足、腕に刺さろうがお構いなしに突っ込んでくる。迎撃を諦めた少年は新葉を抱きかかえて上体を丸くし魔獣に背を向ける。そう。新葉の盾になろうというのだ。


「ちょっと離しなさいよ! 気持ち悪い!」

「馬鹿ッ! 今そんなこと言ってる場合……か……」


 新葉は自らの盾になろうとする綾斗を無理矢理引き剥がそうとするが、突然、両手に力が入らなくなり、視界がぼやけ、思考が巡らなくなった。


「おい、新葉! しっかりしろッ!」


 綾斗が必死に呼び掛けるが、その時にはもう新葉の意識は無かった。最初に受けたタロットの魔獣の魔力砲によって負傷していたのだ。そのせいで額から血を流している。


 綾斗は背後に迫りくる狂気に固く目を閉ざし激痛を受ける覚悟を決めた。


 だが、最初に耳に叩き込まれたのは美少女の気合の入った覇気だった。


「どりゃー!」


 秋蘭は身体能力強化魔法を施していたことで尋常ではない跳躍を見せる。さらにその跳躍力は爆発的な加速を生み出し、タロットの魔獣よりも高く跳び上がる。少女は瞬時に空中で身体をボールのように回転させ、遠心力を乗せた全力の踵落としを魔獣の脳天に食らわせる。生々しくも爆発音に似た破壊音がその場にいた全ての者の耳に叩き込まれた。


 魔獣は目にも止まらぬ速さで急降下する。その落下地点には一際目立つ青色に光り輝く巨大な魔法陣が待ち構えていた。


「はあああ!」


 夏目は杖を横薙ぎして渾身の一撃とも言える魔法を発動させる。


「氷結魔法――『凍結の棺アイス・コフィン』――ッ!」


 巨大な青色の魔法陣は発動されるや瞬く間に巨大な氷を生成し、まるで氷山の如く立ち昇る。そこへ人型の魔獣は何の抵抗もなく、氷山の鋭利に尖った頂上に真正面から衝突する。だが、それだけで終わるほどこの魔法は優しくない。


 魔法名には『棺』の文字が刻まれている。


 次の瞬間、瞬きよりも速く巨大な氷山は圧縮、形成され人型の魔獣を閉じ込める氷の棺へと変貌した。


「やったのか?」


 綾斗はそう言うと新葉をお姫様抱っこしたまま青いポニーテールの美少女――夏目のすぐ隣に着地する。


 夏目は怪訝そうな顔をしながら口を開ける。


「あの魔獣のタロットは間違いなく『マジシャン』です。ありとあらゆる魔法を扱えるようになるカード。このまま倒せたとは……」


 次の瞬間、ただならぬ空気を感じた夏目はこの場にいる全員に『魔力防壁』を三重に展開する。それでも足りるか分からない。そう思わせるほど辺りの雰囲気が不穏に包まれる。


 直後、中等部の校庭を覆いつくすほどのいくつもの魔法陣が展開され、魔力弾と魔力砲が雨のように降り注いだ。加えて、雷、炎、水、土、風の単純で強力な属性魔法や魔力で生成された槍、矢と言ったあらゆる攻撃魔法の嵐を巻き起こし校庭に巨大なクレーターをいくつも作り上げた。


 五分間。


 逃げる隙も避ける隙間すら与えない。そんな攻撃が五分間、いや、三百秒という短くも長い時間絶え間なく照射され続け、マジシャンは姿を消した。


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