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第10話

 持久走を終えた綾斗は続くハンドボール投げも順調に行っていた。一緒に行動している龍鬼もただボールを投げるだけだからか、持久走での疲れが完全に回復していた。


 そんな龍鬼を他所に綾斗はタロットによる身体能力強化を除いた自身の力を遺憾なく発揮していた。


「ふん!」


 綾斗が大きく振りかぶり投げたボールは剛速球にも似た速度に加えて綺麗な弧を描いて見事に自己最高記録を叩き出す。続く二投目は利き腕ではない左手であるがゆえに少し体勢を崩してしまったが、その投球も野球部員がいれば迷わず勧誘するほどの記録を出していた。


 そこに丁度持久走の際に邪魔をしてきた五人組の生徒とそれを仕切っていた生徒が現れ盛大に見下してやった。仕切っていた生徒は突っかかろうとしたが、綾斗の記録を見てそんな気は失せてしまっていた。


 ハンドボール投げを難なく終えた綾斗は右肩に違和感を覚えながらも短距離走の所に向かっていた。その頃には五つ子も他の女子生徒も追いついていた。


 もちろん、五人組と仕切っている生徒もいたが、もう綾斗と目を合わそうとすることはなかった。


「右で四十五メートル、左で四十メートルって凄いね、谷坂くん。前の学校で何か部活してたの? あ、野球部とか!」


 少し興奮気味の女子生徒が問い掛ける。


「最初は弓道部だったんだけど、途中から助っ人で色んな部に駆り出されるようになって……帰宅部になった」

「なんか珍しいね。谷坂くん優しいし運動神経も良いからきっと皆頼りにしてたんだね」

「んー。俺としては可愛い妹との時間の方が大切だったからあんまりだったけどね。でも、父さんには誰にでも優しくなれるヒーローになれって言われてたから。だから、そうなるようになったんだと思う」

「ヒーローかぁ。私もそんなヒーローに会いたいな」

「白馬の王子様とか?」

「うん!」


 綾斗は素直に超お金持ち令嬢でも欲しい物があるんだなと思った。加えてそれが意外にも乙女チックなものであったため、単純に茶化すように言ってしまった自分を殴ってやりたくなった。そんなお嬢様たちの願望は他の女子生徒にもあるようで、その証拠に視界の端に映る五つ子たちも「白馬の王子様」という言葉に反応していた。


 そうこうしている内に谷坂御一行となった団体は短距離走の会場に辿り着いていた。会場と言っても短距離走用のトラックがあり、他にはテントが張られていてそこに担当の教員がいるだけだ。


「むむ! これは一騎打ちできるチャンス! 綾斗くん、一緒に走りま――」

「よし、龍鬼! すぐに並ぶぞ!」


 綾斗は張り切っている秋蘭の話を途中で遮り、龍鬼の手を引いて短距離走の列に並ぶ。


「お、おい! また引っ張りやがって。これじゃあまるで俺たち……それより良いのか? 伏見さん、お前と走りたそうだったけど」

「さっき話し掛けてきた五つ子、誰だか分かるか?」

「わ、分からん」

「俺も分からん。さっき春菜と夏目を間違えたからもう間違えたくない。だから先に種目を受けた方が良い」


 綾斗は真剣に悩みながら自分の順番が来るのを待つ。すると、背後からわざとらしい不敵な笑い声が聞こえてくる。まさかと思い振り返るとそこには、やはりライトグレーの髪を肩まで伸ばした美少女――秋蘭が立っていた。そして、その隣には薄らと額から汗を流したライトグレーの短髪を両サイドだけ肩の辺りまで伸ばした美少女――冬香が立っていた。


「そういうことだったんだね、綾斗くん。でも、逃がさないよ!」

「秋蘭、ちょっと落ち着いて。アヤトも名前のことは気にしなくて良いから。だから秋蘭の相手をしてあげて」

「ぬ! 冬香、まるで私が子どもみたいじゃない!」

「そうでしょ」

「がーん!」


 騒がしい秋蘭を他所に静かに笑う綾斗。それに気付いた龍鬼は思わず口を開ける。


「お前ってちゃんとした友達作ったことないのか?」


 綾斗は龍鬼の言葉に思わずきょとんとしてしまう。


「あ、あるに決まってるだろ!」

「転校しても連絡している友達は?」

「それはいっぱ……あ、あれェおかしいな。ひ、一人しかいない」

「そういうことだ。安心しろ。俺は一人もいない」


 龍鬼が言い終えた直後に、綾斗も龍鬼自身もげんなりした表情を浮かべ互いの肩に手を置く。


「アドレス交換すれば良いんじゃないですか?」

「秋蘭、それが出来ないから二人は……これ以上言うと可哀想だから言わないけど、誰彼構わず手助けしちゃう秋蘭とは違うの」

「多分だけど冬香が一番酷いこと言ってると思う」


 秋蘭は言ってから綾斗と龍鬼の様子を冬香に見せる。


 例えるなら枯れた花のようにしおれていた。


「次、萎れた二人! 早く位置につきなさい」


 二人は短距離走の担当教員に促され萎れたままクラウチングスタートの体勢を取る。


 距離は百メートル。


 果たして萎れた二人はどんな走りを見せるのか五つ子も他の女子生徒も食い入るように見る。


「よーい、ドン!」


 乾いた炸裂音が耳に叩き込まれる。風に乗って硝煙の匂いが鼻孔をくすぐる。


 次の瞬間、綾斗の顔に生気が戻り、思い切り地面を蹴る。見事なまでの加速が綾斗の瞬発力と走力の凄まじさを物語っている。加えて、陸上部の助っ人で得た洗練されたフォームがさらなる加速を生む。


 隣を走る龍鬼はそんな陸上選手並みの走りを見せられたものだから必然的に力が入り、自身の過去最高の記録を出すことができた。


「十二秒か。けっこう速くなったかも」

「化物だろ。俺なんて十五秒だぞ」

「平均より一秒遅いくらいじゃん結構速い方だろ」


 二人は休憩がてらその場で胡坐をかき、ついでと言わんばかりに次に走る秋蘭と冬香の走りを見やる。


 秋蘭は最初から全速力で走るのに対して、冬香の走りは段々と加速していくものだった。いや、普通はそうなのだろうが秋蘭の人間離れした瞬発力と走力が物を言わせているのだろう。走り出してから十メートル辺りで二人の差が開き始め、最後には秋蘭が満面の笑みでゴールラインを駆け抜ける。


 秋蘭のタイムは龍鬼と同じく十五秒とその場にいる全員が圧巻した。もちろん魔法は一切使っていない。正真正銘秋蘭のずば抜けた身体能力のなせる業だ。


 それから何ごともなく体力測定は終わり表彰式を行うため、全学年全クラスの生徒はもう一度体育館に集まった。


 全力を持って体力測定に挑んだ綾斗は龍鬼の肩を借りながら体育館に現れる。異端な光景に一同視線を送るが二人は気にせず列に並ぶ。


――誤算だった。


 秋蘭の負けず嫌いもそうだが、まさか途中で魔獣が出現するとは思わなかった。それも学園の中庭に現れたせいで焦りは異常だった。加えて、五つ子は反復横跳びを行っていたためすぐに動けるのは綾斗だけだったのだ。


「初ソロか……やれるか、いや、やるんだ!」


 単身で突撃する綾斗は身体能力の枷を解き放ち、普通棟の壁を駆け上がりその勢いを利用して力強く跳躍し中庭に躍り出る。さらに空中でフールの魔法を発動させ刀を生成した少年は、勢いそのままに魔獣に突っ込んでいく。


 魔獣は四足歩行する黒い犬のような姿をしていた。


 綾斗は魔獣の身なりから俊敏な動きを可能とすることを予測し、魔獣が動き出す前に目にも止まらぬ速さで懐に入り込み、黒犬の首から先を切り飛ばした。


 黒犬の魔獣は自分が討伐されたことに気付かず黒い霧となって消滅した。しかし、どうしてだかタロットカードが現れることはなかった。


 なぜタロットカードが現れなかったのか。


 綾斗は考えるよりも先に体育館に戻ることを優先し尋常ならざる跳躍をみせ、着地点に龍鬼がいたため着地に失敗し盛大に転げてしまい足をくじいてしまった。綾斗が龍鬼に支えられているのはそのせいだ。


 そんなことがあったからか龍鬼は怪訝そうな表情をしながらも何も聞かず綾斗を体育館まで運んでくれていた。


☆☆☆☆☆☆


 表彰式が始まる直前に龍鬼はまたしても冬香に記憶を消されてしまったが、まともに立てない綾斗に肩を貸すのは忘れていなかった。


 体力測定の結果は男女の公平を期すため個人用紙に記載された記録を得点に置き換えたものを集計したものとなっている。


 長身イケメン教員はやや驚いたような表情を浮かべながら発表していく。


 名前を呼ばれた者は壇上に上がり、背後に垂れ下がっている真っ白なスクリーンに順位と名前が出力されていく。


 結果は綾斗が二年の部では一位を取り男女別総合でも男子の部で一位を勝ち取った。秋蘭は二年の部では二位となり男女別総合では女子の部で一位となった。そんなずば抜けた成績を叩き出した二人だが、各学年の結果では三位が春菜、四位が冬香、五位が新葉となり、男子生徒を二人挟んで八位に夏目の名前が出た。そして、十位には龍鬼の名前があり、綾斗と二人で盛り上がりハイタッチをした。


 こうして綾斗の二日目の新学校生活が終わった。


 部活見学は綾斗が不時着した際に負傷したせいで翌日となってしまった。

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