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第5話

 夕日によって町が暖かなオレンジ色に包まれる。


 常盤市の一角にそびえる町一番の大富豪である伏見家に招待された谷坂たにさか綾斗あやとは、妹である梨乃りのを伏見家の執事に預けてげんなりした様子で屋敷内を見渡す。まるで映画で見るような屋敷の装飾に学校とは比べ物にならないほど巨大なシャンデリア。そんなものを目の当たりにして戸惑いながらも一般市民の少年は前を行く五つ子について行く。


 確かに綾斗は伏見家に招待された。しかし、招待とは名ばかりで数時間前に封印した隠者・ハーミットのタロットカードを提出しに来たのだ。


 渡す相手はもちろん伏見家の主であり、五つ子の父親である伏見ふしみ康臣やすおみだ。


 妹である梨乃も伏見家に招待されているのには理由がある。引き取る際に綾斗は自身と同等に扱うことを条件に契約を結んでいたのだ。と言っても梨乃はタロット戦争について何も知らないため別室待機となっていた。


 綾斗は会議室にも似た部屋に案内される。当然のことながら床には高級絨毯が敷かれており、椅子の装飾も見たこともないほど豪華なものになっていた。部屋の中心に置かれた巨大な長机も白いテーブルクロスが敷かれ、中心には花瓶があり、桃色、青色、オレンジ色、紫色、緑色の花がいけられていた。おそらく、五つ子が戦う際に髪の色が変わるため、それを示しているのだろうと思い、少年は警戒しながらも着席を促され応じる。


 未だこの場には五つ子と綾斗しかいないが、五つ子は綾斗の存在に困惑しているため一言も話さず、綾斗もまた妹の梨乃が心配になって気が気でない。


 間があった。


 最初に静寂に耐え切れなくなったのは、少しはねた肩まで伸びたライトグレーの髪にオレンジ色の瞳をした伏見家の三女――秋蘭あきらだ。


「どうして綾斗くんはタロット戦争について知っているんですか! って言うか魔法使えないって夏目なつめが言ってたのに刀を呼び出してましたよね? あれは転移系の魔法ですか!」


 少し興奮気味になる秋蘭を寝ぼけた顔をしたライトグレーの短髪をサイドだけ肩の辺りまで伸ばした伏見家四女――冬香とうかが静止を促す。


「一度に聞くとアヤトが困る。一つずつ聞こ」

「そうだよね」

「アヤトはどうしてタロット戦争のこと知ってるの?」


 ぼんやりとしているが冬香は真面目に問い掛ける。


 綾斗は少し困った表情を浮かべながら口を開ける。


「正直なところタロット戦争についてはほとんど知らないんだ。ただ封印の方法と使い方を伏見さんのお父さんに教えて貰っただけなんだ。ついでに言うと刀は呼び出したんじゃなくて、あの場で錬成したんだ。俺の身体に取り込まれたタロットカードの魔法を使ってね」


 そこまで話したところで扉がノックされ開かれる。


「お父様」


 ライトグレーのポニーテールが特徴的な次女――夏目が必要以上に背筋を伸ばしたのが分かった。


「ご無沙汰しています。伏見康臣さん」


 綾斗もまた緊張した面持ちで挨拶をする。しかし、康臣は呆れたと言わんばかりの表情を浮かべる。


「綾斗くん。何回も言わせないでくれ」


 何を言いだすのか、五つ子は全く同じ顔を不安そうな表情を見せる。


「私のことは康臣ダディーか、ただダディーとそう呼ぶようにと言っている」


 康臣は鋭い目つきで冷たく言い放つが、内容が内容なだけに五つ子は笑いを堪えずにはいられなかった。


「それだけは出来ません。恥ずかし過ぎます。それより早く本題に入りましょう。妹が心配なので」

「梨乃くんなら執事と大乱戦バトルラグナロクをしているから安心したまえ」


 綾斗はそれを聞いて一先ず安心する。と言うのも梨乃は大のゲーム好きでアクションゲームや恋愛シミュレーションゲームはもちろんシューティーゲームと言ったあらゆるジャンルのゲームに手を伸ばしている。そしてその実力もまた相手をしているという執事が可哀想に思えるほどの折り紙付きである。しかし、一歩間違えれば引きこもりになり兼ねないほどのゲームヲタクでもある。


 綾斗が溜息を付くと冬香が今にも身を乗りだしそうな勢いでうずうずし始める。


「話が早く終われば冬香くんも梨乃くんの相手をしてあげると良い」


 冬香は嬉しそうに首を縦に振る。そう。冬香もまた筋金入りのゲームヲタクであり、特にシューティングゲームにおいてはチーター相手にハンドガンだけで挑み好成績を残すほどである。その結果、界隈では本物の暗殺者と思われている。


 康臣は仕切り直しということで大きく咳払いをする。


「それでは綾斗くんにもこのタロット戦争について知ってもらうために話すとしよう」


 部屋の明かりが消え、大きなディスプレイが天井から現れ二十二枚のタロットカードが映し出される。その内の二枚が灰色に染まっている。


 隠者のタロットカード『ハーミット』と愚者のタロットカード『フール』だ。


 五つ子はフールのカードが封印済みになっていることに疑問を抱きつつも康臣が話し出すのを待つ。


「そもそもタロット戦争は、戦争という言葉が使われているが事実上は封印の儀に近いものだ。いくつもの魔法結社や魔法を生業とする名門が手を貸そうとしてくれたのだが、タロットカードの恐ろしさに尻尾を巻いて逃げてしまってね。そんな危険な魔法道具、あるいは魔導具であるタロットカードを作り出したのは、この伏見家の大昔のご先祖様に当たる伏見ふしみ源御郎げんごろうという男だ。彼はあらゆる魔法を生み出し、またあらゆる災害、天変地異から人々を守ってきた。そんな彼も人間なのだから当然死期が迫ってくる。そのため死して尚、人間を守ることが出来るように強力な魔導具を作り出したのだ」


 真剣な面持ちで聞く綾斗とは対照的に五つ子はこの話何回目だっけ、と言いたげな表情を浮かべている。


「タロットカード一枚一枚には強大で且つ危険な最高峰の魔法が込められている。その全てを手にした者はこの世の理を作り変えてしまうほどの絶大な力を手に入れたことになる。しかし、源御郎は死期を間近にしてようやく危険な物を作ってしまったと判断したのだ。そうして死期を迎える直前に自身以外には手に余るとして封印することにした。彼にはもうタロットを破壊する余力はなかったのだろう。だが、その封印も今では破れてしまい源御郎の遺言通りになってしまった」

「遺言?」


 綾斗が尋ねる。


「『タロットカードの封印はいずれ破れる。その時、この世に災いが訪れるだろう』と。綾斗くんならこの言葉の意味が分かるだろう。タロットは簡単に人間の命を奪うことができる。それが天災クラスとなればこの世界そのものが崩壊してしまうだろう」

「なるほど。詰まる所、両親の仇がまさかそんな大昔の存在だったとは。そしてその子孫が目の前に……ね」


 綾斗の表情が一気に暗くなる。五つ子は、特に綾斗の隣に座っている夏目は席から立ち上がらないがそれでも身構えてしまう。しかし、表情は一転して明るい笑みを浮かべて少年は言う。


「まあ、そんなことだろうと思ってましたけどね。このことは梨乃には言わないで下さい。あいつ、さっき初めて会ったのにお姉ちゃんが五人も出来たって喜んでたんで」

「それは承知している。春菜くんたちも絶対に梨乃くんには秘密にすると約束してくれ」


 五つ子は同時に頷く。


「タロットについては以上だ。次に綾斗くんについて話そうか。構わないね?」

「はい。問題ありません」


 綾斗は即答する。


 五つ子は視線だけでやり取りをしているが、敢えて口を挟まない。


「すでに夏目くんには説明しているが、彼の体内にはタロットカードが宿っている。つまり彼は全くの素人ながらに最高峰の魔法を使える魔法使いとなったのだ。しかし、素人であることには変わりはない。そのため彼の両親の命を奪ってしまった責任と彼自身を保護するため引き取り人となった。君達には綾斗くんに魔法使いの心得、魔法に対する知識を享受してもらいたい」


 その言葉を聞いてライトグレーの髪を腰の辺りまで伸ばした伏見家五女――新葉わかばが突っ掛かるように立ち上がり口を開ける。


「ちょっと待ってよ、パパ。なんで私達がそんなことをしなくちゃならないの? こいつの身体にタロットカードがあるなら取り出せばいいじゃない! 私達の誰か、特に夏目ならそれが出来るんじゃないの?」

「それは出来ない」

「どうしてよ」

「彼にはもう心臓が存在しないからだ。彼の心臓はフールが引き起こした事故が原因で完全にその機能を停止してしまったのだ。その際、どういう訳かフールのタロットと完全に融合してしまい、魔獣化したタロットカードと同様にコアの役目を担うようになってしまっているんだ。だから今彼が生きているのはタロットカードが生み出している莫大な魔力のお蔭なのだ。つまりタロットカードを取り除くということは彼を殺すということになる。伏見家として、いや、私としては絶対に避けたい。これは伏見家の責任でもあるのだよ、新葉くん」


 新葉はことの重大さを理解したのか口籠り着席する。


「最後にハーミットの所有権についてだが、夏目くんで構わないかい?」

「はいはーい! 賛成です!」


 秋蘭が場違いなほどの明るさで勢いよく立ち上がり言う。


 他の姉妹も異議なしと言ったところで康臣はハーミットを夏目に手渡す。


「それでは話を終えるとしよう。解散」


 五つ子たちは一斉に立ち上がり身体をのばす。


 そこまで一緒なのかよ、と言いたげな表情を浮かべ綾斗は足早に部屋を出て梨乃がいる客間へと向かう。


 綾斗が部屋から出たことにいち早く気付いたのは冬香だった。


「ねえ、アヤトがいないんだけど。大丈夫なのかな?」

「ありゃ、ちょっと不味いかもね」


 ライトグレーの短髪の伏見家長女――春菜はるなが応える。


「父さん。確かこの屋敷って出入りが許可されていない者が入ると迷宮の間に自動的に誘導されるようになってるんだよね」

「ああ、そうだが」

「谷坂くんって許可されてここに入ったの?」

「君達と共に入って来たんだ。許可は必要ない。だが、これは困ったな」

「って言うとまさか?」

「彼はおそらく迷宮の間に入る」


 五つ子はその言葉を聞いた途端に全く同じ顔で驚愕を露にするのだった。


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