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第3話

 綾斗たち四人は夏目の転移魔法によって豪華で富豪な学校の廊下から町に数多くある河川敷の一つに瞬間移動していた。夏目の転移魔法により発せられた視界を奪うほどの閃光のせいで目がちかちかしているが、目の前の脅威に四人は強張った面持ちで身構える。特に綾斗は三人の少女の前に立ち、両手を交差させて構えている。


 その構えが意味するものが定かではない彼女たちは心配そうに綾斗の背中を見守る。


 夏目が声を掛けようとしたその時、綾斗の纏っていた穏やかな雰囲気が一転してまるで剣の如く鋭利な殺気になる。さらに周囲の空気が張り詰め、肌に電気が走ったかと錯覚してしまうほどの衝撃を感じ三人は後退ってしまう。


 綾斗はそんな彼女たちを他所にゆっくりと振り返り、彼女たちの「何をするつもりだ」と言わんばかりの視線に晒される。綾斗の表情はと言えば「苦しい」と今にも言い出しそうなくらい顔色が悪くなっていた。そして、第一声はというと、


「気持ち悪い。吐きそう」


 三人の伏見姉妹は思わずこけてしまいそうになるが、目の前の脅威が脅威なだけに身構えることは忘れないでいた。


「なるほど。転移魔法による副作用ですね」


 夏目が言った途端に綾斗は膝から崩れ落ちその場で気絶してしまった。


「二人とも何をぼさっとしているのです。目の前の魔獣に集中して下さい。谷坂さんは私が見ておきますから」


 夏目が指示を出すと秋蘭と冬香の二人は頷き前に出る。


 秋蘭はどこから取り出したのか両手にはグローブをはめ、肘当てや膝当てを装着する。


 冬香は背負っていたリュックから二丁の拳銃を取り出し、銃口を真っ直ぐ目の前の魔獣に向ける。


「「魔力解放!」」


 二人が同時に叫んだ瞬間、二人を中心に突風が吹き魔力が放出される。それらはただ濁流の如く流れるのではなく、渦を巻いて身体を包み込み、まるで保護膜のように全身を包み込む。さらに二人の頭髪の色が各々の魔力の色にみるみる変色していく。


 秋蘭はオレンジ色に冬香は紫色に染まる。


 戦うために魔力を高めたことで身体能力も通常時よりも格段に上昇している。その証拠に二人は身体の内から力が溢れてくるのを感じる。


 対して目の前の魔獣は、中肉中背ではあるが全身が黒い鱗に覆われており、黒いローブで全身を包んでいるせいでそれ以上は分からない。ローブの隙間から見える手足や胴体の形から人型ということは分かる。客観的に見て全身黒タイツのコスプレをした人間にしか見えないが、タロットの魔獣ということで警戒は怠らない。外見からは想像も出来ないほど暗く歪で強大な魔力を放っている。


「援護は任せて」

「アイマム!」


 紫色の髪になった冬香が一発の銃弾を発射する。それを合図にオレンジ色の髪になった秋蘭が魔力により強化された脚力で地面を蹴る。いや、抉る。轟音とともに砂利を吹き飛ばし、目にも止まらぬ超加速を見せて一瞬の内に魔獣の懐に入り込む。魔獣が迎え撃とうとローブを広げるが、それよりも速く秋蘭の魔力を込めた右拳が鳩尾に炸裂する。全ての衝撃が伝わったのか魔獣の足がふわっと浮く。続けて左拳を頭部に叩き込み、さらに右、左、右、左と左右連続の鉄拳を食らわせ、最後に回し蹴りを首に叩き込み吹っ飛ばす。魔獣の身体は駒のように回転しながら地面に何度も打ちつけられ、ようやく止まる頃にはぼろ雑巾のようになっていた。


 秋蘭は確かな手応えを感じ薄らと笑みを浮かべる。


 そこへ冬香が間髪入れずに立ち上がろうとする魔獣に向けて二丁拳銃の引き金を躊躇いもなく何度も引く。放たれる弾丸は実弾ではなく紫色に輝く魔力弾だ。いや、正確には拳銃に装填された実包の弾頭に魔力が込められているため、魔力そのものを弾丸として撃っている訳ではない。加えて拳銃と装填される実包も魔力を用いた戦闘で十分に扱えるように特別素材で出来ている。


 冬香が発射した数多の魔力弾は吸い込まれるように魔獣の身体を撃ち抜いていく。乾いた音と火薬が炸裂する音が何度も河川敷に響き渡るが、冬香は気にせず引き金を引き続ける。いつしか足元には空薬莢がいくつも転がっていた。


 そう。撃っているのは銃弾。魔力そのものを撃っているのであれば魔力が尽きるまで撃ち続けられるだろうが、冬香の弾丸は違う。実包に魔力を込めて撃っているためその時は必然的に訪れる。


 二丁の拳銃ともスライドが戻らなくなった。排出されていた薬莢ももう出なくなった。


 弾切れだ。


 冬香はすぐに二丁のマガジンを抜くやポケットから新たな二つのマガジンを取り出し装填する。その速さ僅か二秒。


 再び冬香が二丁拳銃を構えた瞬間、遠くから異変を察知した夏目が杖を突き出し、先行する二人の足元に魔法陣を展開する。


「魔力解放!――『魔力防壁』――展開ッ!」


 夏目の魔力が戦うために極限まで高められたことで渦を巻き、夏目の全身を保護膜のように包み込む。頭髪の色がみるみる青色に染まっていく。


 夏目は魔力を纏ったことで魔法の出力が上がり、発動までのタイムラグを無くす。


 直後、甲高い音が銃声を掻き消す。


「うわー、危なかったー。ありがとう、夏目!」


 オレンジ髪の秋蘭はドーム型の見えない壁の中で尻もちをつきながら言う。その視線の先には夏目が作り出した魔力防壁によって防がれた黒い槍のようなものが今も防壁越しに肉薄している。夏目がいなければ今頃どうなっていたか、と考えるだけで背中に悪寒のようなものが走る。


「二人とも気を抜き過ぎです。前を見て下さい、恐らく魔獣化してしまったタロットは隠者のカード・ハーミットです」


 隠者のタロット――ハーミット。能力は本体から伸びた影を自由自在に操作できるようになる。その用途は多く、俊敏に伸長させて動かすことや軟化硬化させることで鞭や槍のように操ることができる。また、伸長した影は地面や壁を這うだけでなく、空を舞うこともできる。そのため、秋蘭が受けた黒い槍の攻撃も地面を張って伸びた影からの攻撃ではなく、空中を突き進んできたものだ。


 秋蘭だけではない。


 冬香もまた黒い槍の標的となっていた。紫色の髪をした少女は走りながら黒い槍の狙いをずらし躱している。幸いにも夏目が展開した魔力防壁によって危機を免れていたが、突然の背後からの攻撃に憤りを感じ背後に迫る黒い槍に向かって怒りのままに発砲していた。黒い槍は魔力弾が命中するとまるで硝子細工を砕いたように粉々に消滅していた。そのまま少女は鬼の形相を浮かべて魔獣に向けて発砲する。


 しかし、それらは全て新たに現れた黒い槍、いや、細長い影から拡張して正方形の盾となって弾かれ防がれてしまった。


――硬度が変わった。


 冬香はすぐに冷静さを取り戻し秋蘭に視線を送る。


 秋蘭はその視線から冬香の考えを読み取りクラウチングスタートの体勢を取る。


「行っくよー!」


 夏目が魔力防壁を解除すると同時に秋蘭は爆発的な加速を見せ、ハーミットが新たに生成した黒い槍が攻撃に転じる前に正方形の影の前に飛び込む。そのまま全ての勢いを右拳に込め、さらに爆発的に膨れ上がった魔力を上乗せして黒い盾ごとハーミットを殴り飛ばす。


 轟音とともに砕かれる黒い盾。


 ハーミットの身体は容易に殴り飛ばされ、ロケットのように突っ込んだ秋蘭は勢いを全て伝えたことで一瞬だけ宙を舞っていた。


 さらに冬香は畳みかけるように激しく回転しながら空を舞うハーミットに向けて何発も魔力弾を撃ち込む。


 ハーミットは爆発音にも似た生々しい音を立てて地面に激突しぴくりとも動かなくなった。人間なら即死ものだ。そう。人間なら。しかし、いくらタロットの魔獣と言っても致命傷にはなったはずだ。


 その姿を見てこの場にいる全員が終わったと思った。


 まさにその時だった。


 ハーミットの影がまるで蛇のように細長く伸びるや無数に枝割れし、槍の雨となって先行する二人に襲い掛かる。


 二人は紙一重で躱し、秋蘭は硬度が脆く、速度が遅い物には拳と蹴りを食らわせ粉々に粉砕し、冬香は冷静に見極めて撃ち落としていく。だが、一向に数が減らない。それどころかどんどん増えている気がする。おそらく元を絶たなければどこまでも増え続けるようになっているのだろう。


 ハーミットはいつの間にか立ち上がっており、夏目と倒れている綾斗に向けて新たな影を無数の黒い槍に変貌させて解き放つ。


 夏目は奥歯を噛み締めながら杖を突き出し、背後に青白く発光する小さな魔法陣をいくつも展開させる。さらに杖を横薙ぎして魔法陣一つ一つから一条の閃光を放つ。それらは迫りくる黒い槍を次々に撃ち落としていくが如何せん数が多いため応戦仕切れない。他の二人に至っては冷汗を掻きながら必死に躱している。


新葉わかば、まだですか!」

『今射るから焦んないで』


 どこから聞こえたのか頭に直接語り掛ける声に戦う少女三人は希望を抱いた。


 瞬間、空を切る音がハーミットのいる方向から聞こえた気がした。三人はすぐに目を向けるとハーミットの人間で言う頭部に矢が突き刺さっていた。黒い槍と化した影も進攻を止め、全て砕け散り何事も無かったかのように辺りが静まり返る。


「遅いよ、新葉!」

「遅過ぎ」


 秋蘭と冬香は河川敷から五キロ以上離れた場所にある学校の方角を見ながら言う。もちろん二人には矢を射た者の姿は見えていない。


☆☆☆☆☆☆


 普段は立ち入り禁止の学校の屋上に一人の女子生徒の姿がある。その手には弓を構え、右目には魔法陣で出来た照準レンズが浮遊している。少女はそれを通して河川敷のある方向をじっと見ている。すでに矢は射られ獲物を仕留めたことを確認した女子生徒は深呼吸をしてから口を開ける。


「仕方ないでしょ。弓道部に顔出してたんだから! それにあんた等がだらしないから危ない状況になったんじゃないの。私のせいにしないでよね!」


 苛立ちを露わにしながら伏見家の五女――新葉は風になびく緑色の長髪を押さえて弓を下げる。


 頭を射抜いたのだからもう終わっただろう。そう思った新葉は念のためもう一度矢をいるために弓を構える。だが、その手には矢が握られていない。緑色の長髪を風になびかせた少女は弦に指を掛けあたかもそこに矢があるように引く。すると新葉の体内に巡る魔力が矢となって具現化される。


「確認のため探知の範囲広げるから動かないでよ」


 言い終えるのと同時に矢を射る。


 その矢は綺麗な孤を描き秋蘭、冬香、夏目から離れた誰もいない砂利に突き刺さる。


 新葉は目を閉じ深呼吸する。少女の脳内ではまるで潜水艦の音響探知機のように矢を中心としてハーミットだけでなく、その場の全員の動きを掌握する。


「大丈夫。反応は無いわ。そいつもう死んでるわよ」


 新葉が言い切った直後、姉妹たちの悲鳴が頭に直接流れ込む。


「ちょ、なに! どうしたのよ!」


 新葉が問い掛けるが応答がない。右目の魔法陣でできた緑色の照準レンズを通して五キロ以上離れた場所にある河川敷の様子を伺う。そこには信じられない光景が広がっていた。

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