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第十章②

    ◇  ◇  ◇

「あのさ、瑛璃ちゃん。実は佐野に伝言頼まれたんだ。絶対これ見せてくれ、って」

 数日後、部屋に来た航が困惑した様子で切り出した。

「……伝言?」

 意味が捉えられずに鸚鵡返しした瑛璃に、彼が説明してくれる。

「あいつ、瑛璃ちゃんの連絡先知らないから。俺、そういうの絶対勝手には教えないし! ……俺にはちょっと意味わかんないけど、『エイリ瑛璃さんには通じるから』って」

 佐野がこの期に及んで、ましてや航を介してまで、瑛璃と「話したい」ことは何だろう。

 実際には何を言われても、瑛璃は性格的にも彼に告げ口できるとは思えなかったし、現にしていない。

 彼女は航と接した上で、その態度からも「瑛璃が何も伝えてはいない」ことを知っている筈だ。

「でも瑛璃ちゃんがこれ以上やり取りしたくなかったら、俺に気ぃ遣うことないから。俺が断るし、それでもしあいつがなんか言ってきたらなんとかする!」

 決断しきれないでいる瑛璃に、航との板挟みで悩んでいると感じたらしい。ただ、彼女の意図が読めずに考えていただけなのだが。

「佐野って結構いい奴だけどガサツなんだよなあ。……まあ、あいつの場合は親が出て行かせるわけないし、東京から来た瑛璃ちゃんが羨ましいんだよ。だからって俺も道連れにされてもな。『ここが一番合ってるから出てくな!』って」

 親。家……。

 そうだ。佐野も彼女独自の事情を背負っているのだ。

「私は大丈夫だから見せて」

 躊躇する気持ちは残っていたものの、瑛璃は覚悟を決めて承諾した。

 航がこちらに向けてくれたディスプレイのメッセージに目を走らせる。

《エイリさんがなにも悪くないのなんて、ホントはあたしもわかってる。もしよかったら少し話したいの。メッセージでいい。このコードであたしのIDわかるから。》

 文字だけなので何とも言えないものの、ずいぶん落ち着いた印象を受けた。添えられたコードに自分のスマートフォンを向けて読み取る。

「できた? ……えっと、俺ここにいた方がいい? それともいない方がやりやすいかな?」

「うん、行けたみたい。……そうね。少しだけ一人にしてくれる? しばらくしたら覗きに来てくれると嬉しいかな」

 軽く頷いて何も言わずに部屋を出て行く、少し不安そうな従兄を見送って、瑛璃は佐野にメッセージを送った。

《浅香 瑛璃です。なんでしょうか?》

 当たり障りのない挨拶に、すぐに返信が浮かぶ。

《あたし、いやな女だったよね。》

 あまりにも意外な第一声。

《誰が見たってあたしは負け犬でみっともないんだと思う。それくらいの頭はあるの。》

《でも、この前言ったのは全部本音だから謝らない。》

《あたしは今でも、航は東京なんて似合わないし、ここに帰って来ると思ってる。》

 それでも強気な部分は変わらないらしい。

 でなければわざわざ「邪魔者」でしかない瑛璃と、この状況で話したいなどと思うわけもないか。

《けどさ。それと「あたしと」っていうのは全然別なんだよね。わかっててもあたしは航が好きで、だからエイリさんに八つ当たりしたんだ。》

《今もあなたのことは嫌い。来て欲しくなかったと思ってる。》

 二人きりで話したときにぶつけられた言葉と同じにも拘らず、しかも文字の方が与える攻撃力は大きい気がするのに、何故か冷静に受け止められた。

《航に、「エイリちゃんが羨ましくて嫉妬してんだろ。思うのは勝手だけどあの子を傷つけたら許さない」って言われた。》

《なんかそれでやっとわかったんだ。あたしはどこまで行っても「幼馴染みの友達」で、「航の特別な女の子」にはなれないんだって。》

 やはり佐野は、ただ感情で暴走するだけの人間ではないようだ。

《でもそれは「今」で、この先はわかんない。バカみたいって思われてもいいから、あたしは絶対諦めない。》

《エイリさんに当たるのはやめる。だってあなたがいなくても、あたしが代わりにはなれないって航にはっきり言われたみたいなもんだから。あたしがしなきゃならないのは、エイリさんを追い払うことじゃない。》

 瑛璃が何か反応しなければ、と考えつつも、入る隙がないほどに立て続けに書き込まれる彼女の言葉。

 もしかしたら、航を挟んでではなければ彼女とはわかり合えたのかもしれない。

 いや、やはりそんなものは幻想でしかないのか。

 そもそも航がいなければ、一生言葉を交わすこともなかった筈の二人なのだから。

《おしまい。これ、話じゃないよね。あたしが言いたいこと言っただけで。》

《いえ。聞けて良かったです。》

 最後のメッセージに既読がついたきり、もうトークが更新されることはない。

 航の声とノックの音に、瑛璃はアプリを閉じてドアを開けるため立ち上がった。

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