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第八章①

 翌日、一番混む時間からずらして十三時頃に着くように、と二人で家を出る。

「特別行きたいとことか食べたいものなかったら、俺が決めた店でいいかな?」

「もちろん。だって私、全然わからないもん。むしろ決めてって言われたら困るわ」

 目的地の駅に降り立ち、問われて苦笑する瑛璃に彼が納得したように頷いた。

「えっと、カフェでもいい? 女の子が好きだって店教えてもらったんだ。『女の子に直接』じゃなくて、友達のお姉さんの話とかだけだからなんか外したらごめん」

「カフェって外れあんまりなくない? 基本安いわけじゃないし、味とか接客とか酷すぎたらやって行けないと思うわ。雰囲気だけでも楽しいから、私はいろんなカフェ行くの好き」

 瑛璃の答えに、従兄は安心したように「じゃあこっち!」と先を促した。

 二階建てのカフェのドアを入り、迎えてくれた店員の「お好きな席にどうぞ〜」という声に会釈を返して航の先導で階段を上がる。

「下にも席あるけど、ゆっくりするなら絶対上なんだって」

「そうなのね。すごく可愛いお店、なんか食べる前からワクワクする」

 カントリー調というのだろうか。内装も、テーブルや椅子を始めとする調度類も一見素朴だが手入れの行き届いた木製だ。布製品ファブリック類はキルトらしい。

 壁際の棚には、布製の人形とクマやウサギ等のぬいぐるみが並べられている。

 店内は八割方の席が埋まっていた。

 テーブルの配置に余裕があるため、すぐ横に他人がいるということもない。

 大声を出さなければ周囲の会話が筒抜けということもなく、居心地は良さそうだ。

「この店、女子に人気らしいんだ。友達のお姉さんが気に入ってるって名前聞いてて」

「わかる。本当に素敵」

 確かに、高校生や大学生の女子が好みそうなのは同感だ。

「その友達が『なんかぬいぐるみが、人形が、家具が可愛い! とかって、メシ食うのにそんなもん関係ねえだろ! と思ってたけど、姉ちゃんと行ったら意外と雰囲気良かったし全部美味かった! でも男だけで行く勇気はねえ……』とか言っててさ。いやお前、貶してたくせにまた行きたがってんじゃねーか! ってインパクト強くてここにしようと思ったんだ」

「『少女趣味』って言えばそうなのかもしれないけど、こういうゴテゴテしすぎない温かみのある感じって男の子も落ち着くんじゃない? もちろん合わない人もいるとしても」

 航の話を微笑ましく聞きながら、店の雰囲気について感じたことをそのまま話した。

「なにかおすすめある? あ、『全部美味しい』んだっけ」

「そいつはなんかランチのセットにスコーンとかって言ってたな。とりあえずセットで好きなの選べばいいんじゃないか?」

 航の言葉に、テーブルに置かれたメニューを開いて二人で眺める。

 メニューを机上のスタンドに戻して去っていく店員を見送り、改めて店内をさり気なく見回してみる。

 客はやはり学生風の若い女性同士のグループが多かったが、デートなのか男女カップルやかなり上の年代の女性も散見された。

 航の友人が伝聞として口にしていたという「ぬいぐるみや人形、家具が可愛い」という感想がよくわかる。

 そっと触れたナチュラルな色合いの木のテーブルも、滑らかで引っ掛かりひとつなかった。

 飲食店なのだから清潔でスタッフの対応に問題がなく、何より味が良ければそれでいい、というのも真理だ。

 しかし瑛璃も、食事には「ともに食べる相手や場の雰囲気」がもたらす影響は決して小さくないと感じていた。

 そういう意味では「航と二人で、彼が瑛璃のために考えて選んでくれた店」という時点で、正直味は二の次だとさえ言えるかもしれない。

 けれど運ばれてきた大きな白いプレートに盛られた料理は、メインのチキンもパンもサラダもカップの野菜たっぷりのスープも、すべてが十分すぎるほど満足できるものだった。

「食べ終わってもすぐ出なくて大丈夫よね?」

「待ってる人がいたらもちろんダメだろうけど、カフェってそういうもんじゃないの? 食べてお茶飲んでしゃべって〜ってそういうのを楽しむとこだろ?」

 プレートを空にして、食後のコーヒーと紅茶を飲みながらの瑛璃の問い掛けに、従兄が笑いながら返して来た。

 それは確かにその通りかもしれない。ただ空腹を満たすだけではない、この雰囲気も込みのカフェランチ。

「もっと頼めるならその方がいいのはわかってても、あのプレート結構ボリュームあったよな。あいつ、よくあれ食べてからスコーンなんて入ったな……。メニューの写真のスコーン、結構大きくなかった?」

「うん、全体的に量多い? 私もうお腹いっぱい」

 航の言葉に、瑛璃は「これ以上は無理だ」と意思表示して見せた。

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