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第七章③

 全部終わった気になっていた瑛璃に、航は何度か口を開き掛けては閉じてを繰り返し、──覚悟を決めたように話し出した。

「……瑛璃ちゃんは知らないんだよな? 俺の、こと。叔母さんも何も言ってない?」

「な、に?」

 彼の言葉の意味がまったく掴めない。「航のこと」とは一体何なのか。

「俺、この家のホントの子じゃないんだ。養子」

 一瞬、その内容が理解できなかった。そんな、いきなりそんなことを……。

「聞いたことないかな、『子どもできたけどいらない人』から『子ども欲しい人』に渡すルート、っていうか」

「あ、えっと。うん、なんとなく。養子斡旋、とかそういうの?」

 瑛璃がどうにか呟くのに彼が首を縦に振る。

「そうそう。うちの親、父さんと母さんの両方に原因あって子どもできないんだって。だからそういうとこに頼んで、赤ちゃん産んでも育てられないって人から生まれてすぐに引き取ったんだってさ」

 写真を見た時にも、ここに来て初めて会った時にも。

 確かに航は両親のどちらにもあまり似ていない、と感じていた。身長にしても、伯父と伯母は決して長身の部類ではないにも拘らずかなり高い方だ。

「……いつから」

 いつから知っていたというのだろう。瑛璃なら、高校生になった今でさえ聞かされれば平静を保てない気がした。

「小学校入るちょっと前くらいかなあ。中学生になったらちゃんと説明するつもりだったらしいよ。でもその前に、おせっかいな人が母さんに『あんた、他人の子を育てて偉いね。大変ねえ』って言ってるの聞いちゃってさ。それで──」

 みんな知ってるから、周りの人は、と航が苦笑しながら口にするのを瑛璃は黙って聞いているしかできなかった。

 いったい何を言えるというのか。

「大変だったね、でもこの家で良かったね」

 そんな中身のない、ただ心を上滑りするような言葉を、わざわざ表に出す意味があるとは思えなかった。

「最初の、いや次の日かな? 瑛璃ちゃんが『よその家だから、ここは俺の家だから』って言ったとき、なんか……、そんなこと言うなよ! って急に思っちゃって」

「うん。あったね」

 よく覚えている。当時も妙だと感じたからだ。

 どう好意的に解釈しても、瑛璃は邪魔な「余所者」でしかなかった筈なのに何故、と疑問だった。

「俺は『この家のホントの子』じゃないけど、この家の子だと思ってる。だから瑛璃ちゃんにもそんな、よそなんて言って欲しくなかった。勝手だよな」

「あのときはよくわからなかったわ。でも、──勝手なんてそんなことない」

 瑛璃が告げるのに、彼はぎこちない笑みを浮かべて頭を左右に振った。仕切り直すかのように。

「で、その斡旋だかの仕組みは俺もよく知らないんだけど、つまり『悩んでる女の人を助けるため』が一番なのかな。だから俺を産んだのがどういう人かは教えてもらえなかったって」

「そう、なの?」

 朧気に、出産した女性が新しい両親になる夫婦に「この子をよろしくお願いします」と渡すドラマ的なシーンが浮かんだが、現実には違うのか。

 あるいは航のケース以外にも様々な状況が考えられるのかもしれない。

「『一人で赤ちゃんできて困ってる若い人だった』ってだけ。完全にここんちの子になってるから、戸籍見てもホントの親のことはわからないしな」

 子どもなんて絶対一人でできねえじゃん? 俺のホントの父親もどうしようもねえ奴だったんだよ、きっと、と俯く航。

 声は明瞭であっても、心の中では涙を流している気がした。

「伯父さんや伯母さんは、その……。なんて言ったらいいのか、あの」

 言葉にするのは困難な瑛璃の胸の内が、航に通じればいいのに。

 彼らも、当然承知の上だった筈の母も、匂わせることさえしなかった。

 伯父と会っているときに、「瑛璃より一つ年上の従兄がいる」と話に出ていたがそれ以上の言及は何もなかった。

 瑛璃に知らせたくない以前に、普段はそれこそ「養子」だと認識することなく自然に親子として過ごしているからではないか。

 ひた隠しにしていたわけなどではなく。

 希望的観測かもしれないものの、それは外れていないと感じた。

「大丈夫! 俺は今幸せだし、瑛璃ちゃんもこれからは叔母さんと二人で、今までの分も幸せになればいいんだよ!」

「うん。ありがと」

 このために今、話してくれたのだろうか。いつ打ち明けようかとタイミングを見計らっていたのかもしれない。

 そこまで訊いていいのかわからない、という瑛璃の当惑が表情に出ていたのか。

「父さんと母さんには、瑛璃ちゃんに話すかどうかは自分で決めればいい、って言われてたんだ」

 航が黙っていたくない、教えたいわけでなければ、わざわざ説明することでもないという考えなのだろう。

「あ、なあ! 今度街行かないか? なんか食べようよ。こっちにも美味しい店あるよ! 慣れたとこがよければモールにチェーンいっぱい入ってるし」

 いきなり声のトーンを変えた航に、瑛璃もどうにか頭を切り替える。

「行きたい。航くんのおすすめのお店がいいな。私、好き嫌いないし」

 答えながら自然に笑みが浮かんだのがわかる瑛璃に、彼も安心したように笑顔で頷いた。

「じゃあ明日にでも行く?」「航くんがいいんなら。私は他に予定なんかないし合わせるよ」

 明日は航の部活もないということで昼食ランチに行こうと合意して、瑛璃は自室に戻った。


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