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波打ち際のMelancholy
りん
現実世界現代ドラマ
2024年07月18日
公開日
50,971文字
連載中
初めて来る町、よく知らない親戚。 
私はここでひと夏を過ごす。
安心して帰れるところがあるのなら、きっとただ楽しいだけの日々。

──愛されている、必要とされている自信が欲しい。


 *毎朝更新します。

Prologue

「はじめまして。浅香あさか 瑛璃えいりです。厚かましいですがお世話になります。よろしくお願いします」

 伯父の家に着くと、瑛璃は出迎えてくれた伯母に母から託された箱と封筒を渡して挨拶した。

「瑛璃ちゃん、いらっしゃい。遠いところお疲れ様。何もない田舎だけど景色と空気はいいから。もうすぐわたるも部活から帰って来るし、お夕飯の前にちょっとこの辺り案内するわね」

 間近でも「とりあえず化粧はしている」程度にしか見えないのに美しい彼女は、少なくとも表面上は優しい笑顔と口調で瑛璃を歓迎してくれている。

 事前に伯父一家の写真は見せてもらっていた。

 伯母は一切着飾ることもせず気楽そうな普段着そのままで、髪は後ろで無造作に束ねている。

 もしかしたら化粧もしていないのではという印象にも関わらず、驚くほど綺麗だった。

 真の美人とはこういうものなのだろうか、とつい感心してしまった。

 伯父と同い年夫婦で、母と伯父は少し年の離れた兄妹のため伯母は母より七歳も年上だというのに。

 母も娘の瑛璃の目にも四十過ぎの割には若く見えて、端正な容貌だとは感じている。それでも流石に「目を引く美貌」というほどではない。

 そして、特別大柄ではない伯父とごく平均的に見える伯母の間で一人頭が出ていた従兄。

 真っ直ぐな黒い髪は、後ろはすっきりしているようだが少し長めだった。

 白い半袖シャツと紺のパンツの制服らしい格好で、彼は何とも表現し難いぎこちない笑顔で写っている。

 従兄は伯父にも伯母にもあまり似ていないと見受けられる。顔立ちはかなり整っていたものの、真面目で気難しそうな印象だった。

「あ、はい。でも──」

「ただいま〜、っと。え、ああ! 今日来るって言ってた従妹の子、だよね? もう着いたんだ」

 お気遣いなく、と言い掛けたところに突然玄関ドアが開けられ、青いTシャツにグレーのハーフパンツの背の高い少年が現れる。

「おかえり、航。そう、瑛璃ちゃんよ」

 これが従兄の航か。

 確かに顔は同じなのに写真の印象とは少し違って見える。実物は口調も陽気で、しかし浮ついた感じまではしなかった。

 写真が苦手なのか、それとももしかして瑛璃に見せるためにわざわざ撮ってくれたから強張った表情になってしまった?

 そして伯母と航も瑛璃の写真を見ている筈なのに、伯母はともかくこの従兄の言い方や反応はまるで初見のようだ。

 瑛璃が彼の画像との差に驚いたのと同様に、瑛璃の方も写真とは何かが違ったということかもしれない。

「お邪魔してます、瑛璃です。よろしく──」

「聞いてるよ〜。いらっしゃい」

 伯母の紹介に続こうとした瑛璃に彼が言葉を被せた。

「あ、俺は航。間に合うように帰って来たつもりだったのにな」

 突然自分の家に「異物」が入り込むなど、面白くないと感じても不思議ではない。

 実際に、瑛璃なら身構えてしまいそうだ。

 しかしこの家では、本心は隠していたとしても皆がごく普通に迎えてくれていたのだ。

 伯父は母と同じく髪も瞳も茶掛かっている。伯母と航は写真では髪が黒いことしかわからなかったものの、瞳も黒いようだ。

 瑛璃は同じ茶系でも母と伯父よりかなり明るい色だった。父はどちらも黒いのに。遺伝的には「濃い、黒い色のほうが強い」という。航も伯母の方の黒髪なのだからそうだろう。

 ……父より母に似たのは良かったと考えているが、可能なら同じ色が望ましかった。

 背中の中ほどまで伸ばした髪は、普段通り上部を二つに結ぶハーフツインアップにしていた。

 夏なので、首筋に掛かる髪が暑くて完全に纏め上げることもある。しかし今日は長旅ということもあり、後頭部で結ぶと座って背もたれに身体を預ける際邪魔になってしまうので避けたのだ。

 服もやはりある程度きちんとしたものを、と半袖の襟付きシャツワンピースを選んでいた。

 とりあえず、第一印象として悪くはなかったのではないか。

 精一杯の笑顔を保ちながら、瑛璃は今日から始まる「特別な夏休み」について思い巡らせていた。

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