ラヤは嘘をつかない。
彼の言葉にも気持ちにも偽りはなく、きっと彼はその言葉通り、いつもマテアのそばにいてくれるだろう。彼の心のように透明で輝かしい<
「帰りたい」
ぽつり。言葉が口をついた。
「帰りたいわ、ラヤ。ずっとそう思ってた。月光界に帰りたい、って」
皆のいる、あの草原に。地上界も、レンジュも知らなかった、あの穏やかな暮らしに……。
「そうだね。帰ろう。今すぐつれて帰ってあげる」
ふわりとラヤが宙に浮かび上がる。
さあきみもと、促すようにマテアに手を差し伸べたそのとき。マテアは背後に人の気配を感じて振り返った。
そこにいたのは、眠っているはずのレンジュだった。いつからそうしていたのか、天幕の入り口の柱に手をついて、じっとこちらをうかがっている。
峠を越えたとはいえ熱は下がりきっていないし、菌が完全に消滅したわけでもない。これで体力が落ちれば再び繁殖をはじめてその猛威を奮うだろうし、外の風にあたって別の菌に感染するということも十分あり得る。
傷口自体、うっすらと膜が張っただけで、少し衝撃を加えれば、ぱっくりとまた口を開けてしまうだろう。
そんな体で立って歩いたと知って、マテアの顔から一気に血の気がひいた。
「レンジュ!
だめよ、天幕の中へ戻って!」
ラヤの誘導に従って差し出していた手を引き戻して、レンジュに正面を向く。
レンジュの手に、銀の刃のきらめきを見たのはその刹那だった。
『ルキシュ……。なぜかな。正気をとり戻して以来、きみの苦しげな心の声が響いてくるんだ。
きみがおれの中に入った<
きみは、優しい人だから。命が失われることの意味を、誰よりもよく知ってるから。
「ああレンジュ。おねがいよ、戻ってちょうだい……あなた、死んでしまう……」
しゃべるためには肺に大量の空気をとり入れなくてはならない。その行為が折れた胸骨に響くのか、脇腹の傷を圧迫するのか。浅い息をつなげ、聞くだけでこちらの胸が苦しくなる喘鳴をもらしながら、かすれ声でしゃべるレンジュに、マテアは懇願するよう両手を握りあわせる。
けれどレンジュはそれを無視して柱から背を起こすと、マテアへ一歩近付いた。
『おれが即死せずにすんだのがきみの帯のおかげなら、こうして助かったのも、あるいはきみの<
でも、こんなもの、おれはいらない。
これがおれの中にあるせいできみが苦しみ、悲しむのなら、なおさらだ』
そしてレンジュはほほ笑んだ。
これから行う事に対して一点の迷いもないと言いたげな、優しい笑みに目を奪われて、一瞬マテアは彼の手の中の銀刃のことを忘れてしまう。
『持って帰れ。おれの命など、いくらでもやる。
いや、返す、だな。きみと出会ったあの夜から、これはきみのものだった』
そう言って、レンジュはためらうことなく水平にした刃を己の胸に埋めた。