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月の乙女は半身を求める 2

「いやっ、はなして! レンジュが……レンジュが死んじゃう!」


 ゆるやかな速度ではあったが、だんだん遠ざかってゆく穴とリウトを交互に見て、マテアは叫び続ける。

 なんとかして胴に回った腕を引きはがそうと躍起になったが、叩いても、押しやろうとしても、腕はほんのわずかも動かない。まるでそこだけマテアと混じりあってしまったかのようだった。


「おねがいよ! おねがいだから、はなして!」


 リウトは何も聞こえないという顔でマテアの哀願を無視し、上昇を続ける。さながら、天上の月に向かって飛ぶように。


「あの男が、そんなに好きか」


 思いもよらなかったことを突然問われて、マテアは驚きに動きをとめる。


「好き……?」


 わたしが? 彼を?


「だからこの世界にいるのではないのか? おまえは」


 重ねての問いに、首を横に振った。


「違うわ……わたし、<リアフ>をとられてしまったの。それをとり返すために、あのひとのそばにいるのよ」

「<リアフ>を、『とられた』?」


 リウトは何かを思い出すかのように遠い目をしてマテアを見て、苦笑した。


「そうか、おまえ、まだ合一前だったんだな……。

 なら、これは知っているか? この地上界の者は、月光界の者と比べて格段に強い。精神も、肉体もだ。特に心は鋼のような強さを持ちながら、しなやかで、柔軟性がある」

「ええ、知っているわ」


 今朝方見た、ユイナとその想い人の姿が胸に浮かぶ。

 彼等は<リアフ>を必要としない。そんなもので保護されたり本意か確かめあったり約束されなくとも、ともに生きる術を持っているのだ。


 自分であったなら、心細くてしかたないだろう。そのゆるがない強さが羨ましく、ねたましくもある。


「でも月光界人は違う。<リアフ>を触れあわせ、合一しないと、完全な安定を得られない。いわば、<リアフ>は防御壁だ。それをはだけられればむき出しの神経しかない。

 ちょうど、今のおまえがそうだ。触れられただけで悲鳴を上げる。


 <リアフ>は、合一することによって完全となる。

 だから、引っ張られたんだ。奴は何もしちゃいない。合一を目前にした、不安定な月光聖女の<リアフ>が、地上界人の強靭な精神に引きよせられたところで、何もおかしくない。


 返してくれといくら言ったところで、やつにはなんのことやらさっぱりわからないだろうな」


 衝撃的なことを聞かされて、マテアはリウトを凝視したまま、硬直してしまった。


 本当は、レンジュはわかっていないのでは、というのはマテアもうすうす感じていた。

 <リアフ>の存在を知らない地上界人に、それを奪おうという意識がはたして生まれるだろうか? あれはきっと、無意識的にしてしまった行為なのだろう。であれば、自覚してもらえたら、きっと返してもらえるだろうと思っていたのだ。


 地上界人は強いから、月光界人は脆弱だから、<リアフ>は地上界人へと引き寄せられる?


 それではいくらわたしが望もうと、もう二度と、わたしは<リアフ>をとり戻せない?


「……そんな……そんなことって……」


 目が熱くなり、じわりと涙がにじんだ。

 何か言わなくてはと思ったが、何もかもが唐突すぎて、頭がついていけない。


「そんな顔をするな……。

 方法なら……ある」


 マテアから目をそらし、月を見たリウトの声から力が消失していた。

 吐息のようなつぶやきを聞いて、彼を振り仰いだ瞬間、ぐらりと大きく傾ぐ。


「リウト!?」


 リウトの体から一切の飛行力が失われていることに驚き、あわててその名を呼んだ。


 マテアの必死の呼びかけに、リウトは答えない。


 大きく横に傾いだと思ったときにはもう地表に向けて落下を始めていた。リウトは落下に身を任せ、目を閉じていて、何をする気もなさそうに見える。


(違う。気を失っているんだわ)


「リウト!」


 はじめのうち、これもまたリウトの悪い冗談かと疑っていたマテアだったが、白蝋のように蒼白した面から、冗談ではないと気付いた。


 加速度をつけて、ぐんぐん近付く地表。

 自分の力で、この速度で、二人分支えきれるだろうか。

 自信はないけれど、でもやらなくては。


 ぎゅっとリウトを抱きしめ、マテアは力のすべてを飛行力に変えて放出した。

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