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月を恋い、啼くけもの。 6

 とても端正な顔立ちをしている。


 背の中ほどまである髪は黒く染められていたが、銀の瞳はごまかしようがないから布を目深にかぶることで布にひだを作り、影で隠してきたのだろう。


 月光界人は地上界人と比べて格段に寿命が長く、中でも月光力に一番共鳴力のある月光聖女とその伴侶となる警備の若者たちは、死して散る瞬間まで外見に変化は起きない。

 千年近く生きている者もさほどめずらしくないのだ。


 月光聖女の司たる聖女も、外見だけで言うならせいぜいマテアより五つか六つ上に見えるだけだ。


 ただし内側では日々浴び続ける月光の純化をくり返していて、その輝かしくも美しい光は内面からその者を変えていく。さながら苔むした岩のように静かながらも重厚な存在感を放ち、マテアのような若輩者とは似ても似つかない存在となる。


 リウトと名のった彼もまた、そういう者だった。


 若々しい外見とは裏腹に、内側にため込まれた光から相応の歳月を生きてきた者であるのが一目でわかり、マテアは息を飲む。


 間違いなく、自分の三倍は生きている。


 そう感じると同時に、ああそうかと腑に落ちた。

 こちらの者は見た目をとても気にする。この外見では、地上界で生活をする上で都合が悪いのだろう。


 ぼんやりとそんなことを考えるマテアの前で、リウトは頭をふるい、前髪を掻き上げて、覆面でつぶれていた髪に空気を含ませる。


 わあっ、と入り口の方から一際高い歓声が上がって、一瞬でマテアを正気に返させた。


「な、何?」


 騒ぎは、実のところマテアがこの部歴に押しこまれた直後からはじまっていた。ただ、この部屋は騒ぎの場所から相当離れているらしく、言葉の片鱗すら届かず、ときおり強まる悲鳴とも歓声ともつかない声を拾うだけで、何がどうなっているのか見当もつかないでいたのだ。

 それが、一気に強まった。


「ああ」


 マテアの関心を引いた声の方を見やり、リウトは頷きながら笑う。

 それは、これから口にする事がどれほどの衝撃を彼女に与えるか見越していて、それに愉悦を感じている酷薄な笑みだった。


「たぶん、宴が最高潮になったんだろう。今日襲った隊はでかくて、かなり良質な物がいろいろそろってたからな。明日の残党狩りではもっといい物が手に入るだろうと、みんな浮かれてる。で、ひさびさに始まったのさ。

 月光聖女のお嬢さんにはちょいと刺激が強すぎるだろうと思ってお誘いしなかったんだが、なんなら行ってみるか?」


 おれはどちらでもいいが、との提案に、マテアはひるんだ。


 何か、よからぬことをしている。

 リウトが入ってきたとき、酒の臭いに混じって血のにおいが鼻をついた。リウトの体には、これまで出会ったことがないほど濃い死臭が染みついていて、そのにおいかと思ったりもしたのだけれど、もしかするとその血臭は、今行われている事に関係しているのかもしれない……。


 歓声をあげているのは、昼間隊を襲った男たちだろう。少女たちを襲い、喉を掻ききった姿は今も視床に焼きついている。そんな獣たちの前に我が身をさらすことを思うと身がすくんだ。


「何を、しているの…」

「ブタ作り」


 おそるおそる訊いたマテアに、リウトは即答した。それだけではマテアにはわからないのを承知していながら口にして、次の質問を引き出すことでマテアの不安を引き伸ばし、さらには増長させて、楽しんでいる。


「…………それは、なに……」


 いやな予感にきゅうっと胸が締めつけられた。裾を握りこんで、最後まで問う勇気を出す。

 しかしリウトの返答はその勇気すら愚かと嘲嗤う、凄惨さを極めたものだった。


「素っ裸にして、肘と膝から先の手足と男性器を切り落とすのさ。

 なに、焼きゴテをあてて止血してやるから死にはしない。

 知っているか? 舌をちょん切って、歯を全部叩き割ってやったら人間ってやつはブタそっくりの声を出すんだぜ」


「やめてーーっ!!」


 堪えきれず、マテアは耳をふさぎ顔をそむけた。

 想像をはるかに凌駕する現実に圧倒され、満足に息ができず胸を押さえる。


 リウトは意地悪だが、そんな低劣な嘘をつくようには見えない。だからこれも、自分をいじめようとついた嘘ではないだろう。

 悲鳴と歓声……自分には助ける力も止める力もない。


 こんな近くにいて、何をされているか知りながら、何もしてあげられない。


 くやしくて、なさけなくて。

 ぼろぼろと涙がこぼれた。


「泣いてやっているのか」


 ちがう、と頭を振る。

 これは、自分がかわいい、己に対する憤りだ。


「泣いてやる必要はない。あれは、おまえをどこぞの金持ちへ売りつけようとしていた奴隷商人だ。それがおまえのためだと言っていた。

 たしかにこうしておまえのためにはなったが、やつのためにはならなかったようだな」


 はじめて優しい響きをした言葉を発して、リウトは泣き続けるマテアの元まで行き、顎に手をかけた。上を向かせ、顔を近付ける。


「なにを――」


 唇が触れあう寸前リウトの行為に気付いて、あわてて彼の胸を突き飛ばした。


「なに、って。おまえ、知らないのか? 輪をはめているくせに」


 マテアが本気で驚いているのを見て、リウトの方こそとまどった。


 月光聖女に性交の知識がないのは知っているが、手首にはめられた銅輪は世話女の身分証だ。

 表には『レンジュ』との名前も刻印されている。彼女は世話女としてあの隊にいるレンジュという名の男に買われていたのだ。なら当然のこと、夜の相手もしていたはずではないか。


「輪? これに何か意味があるというの?」

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