あせりに支配された瞳はぎらぎらと殺気立ち、分別という余裕が失われている。
これは異常だ。ルキシュの身を案じているせいだというのはわかるが……。
「どっちだと訊いている!!」
あまりに険立った面に言葉をなくしたユイナに対し、レンジュは怒声まで発する。
今までレンジュは女性に対して腹を立てたことなどめったになく、怒鳴りつけたりしたことは一度もなかったのに。
「おい、おちつけよ」
完全に常軌を逸しているレンジュをなだめようと肩をとろうとしたハリの手を逆につかんで、レンジュは黙れとばかりに睨みつけた。
「レンジュ、彼女は大丈夫よ……彼女は、とてもきれいだから、少しくらい抵抗しても、きっと殺されたりしないわ……」
無事、ではすまないだろう、おそらく。だけど、あれだけの美貌の持ち主なら、殺されることはない。生きてさえいれば、きっと――
「そんなんじゃ、ない」
絞り出すような声。苦汁に満ちたその声を聞いて、ユイナははっと口元をおさえた。
そうだ、彼女はひとに触れられただけで火脹れを起こすんだった。
それを知らない盗賊たちが、よってたかって彼女を凌辱しようとしたなら――。
「心配なのはわかるが、おまえ一人が行ったところでどうにもなるもんか。みんな、じき戻ってくる。明日にでも討伐隊が組まれるだろうから、そのときまで待て」
一人事情を知らないハリは、そうさとそうとする。だがレンジュにそれを耳に入れている様子はない。鬼相の浮いた顔をして、先に捕まえた男の所へとって返し、胸倉を掴んで揺さぶった。
「おいきさま! 他のやつらはどこだ! きさまらの根城はどこにある!!」
「……へっ……、ヘへっ、知ら……えよ。おれらの、……は、一つや二つじゃ、……からな……」
男は痛みと出血にすっかり血の毛の失せた顔でされるがままになりながらも、口元を歪めてレンジュの動揺を嘲る。
「知って……も、おし、えて、やんねえ……」
「やめろレンジュ! 死んじまうだろっ」
殴りつけようと拳を後ろに引いたのを見て、ハリが羽交い締め、男から力ずくで引きはがす。
「はなせ! 彼女が――」
「どうだっていいじゃないか!!」
たまりかね、とうとうハリは叫んでいた。
こんなのレンジュじゃない。
ユイナを怒鳴りつけ、言うことをきかないからと重傷の者を殴ろうとしたり、自分をこんな目で見るなんて……すっかり自分を見失っている。
こんなのは、レンジュじゃない。
「見ろ! もうその鎖帷子も役に立たない! おまえが全財産つぎこんでまで保護してやって、そのせいでおまえは新しい鎧も、冬服も、何一つ買えなくて! なのに感謝もせず、見向きもしない女じゃないか!
きれいなのは外見だけで、あれは心のどこかがイカれてる! そんな冷たい女に、なんでおまえがそこまでしてやる必要がある!
これでおまえが死んであの女が助かったって、誰も喜んだりしないぞ!」
「ハリ、やめて……」
「おれだって絶対喜んだりしない!
怒りたけりゃ怒れ! 斬りたきゃ斬ってもいいが、事実は変わらないからな!
いいか、あの女だって、おまえが死んだところで涙一つ流しはしないぞ! おまえのことなんか、何とも思ってないんだから!!」
瞬間、レンジュは剣を振り上げ、ハリめがけて振り下ろした。
「……っ!」
ハリが殺されると、ユイナは顔をそむける。けれど次の瞬間剣先は地にめりこんで、ハリの肩あてを滑って傷つけただけにとどまった。
「……そんなこと、知っている」
ぼそり、レンジュはつぶやいた。
「だけど、そんなのが問題じゃないんだ……。彼女がどう思っていようと、考えようと、そんなのはどうだっていい。
おれがだめなんだ。彼女が危険な場所にいると、そう思うだけで胸がズタズタに切り裂けてしまいそうになる。
彼女は死んじゃいけないんだ。おれのためにも」
「……おまえが死んでも?」
「彼女のためなら死んでもいい。再会してからずっと、死ぬなら彼女のために死にたいと思っていた。
彼女はきっと、死にたくないだろう? もしどちらかが死ななくちゃならないのなら、おれが死んだ方がいい」
おれが死んでも彼女は死なないが、彼女が死んだらおれは生きていられないから。
そう告げる声がさびしげに聞こえたのは、ハリが彼を哀れんでいるからなのか……。
「……おれにはおまえをとめられないのか?」
「おれにだって、とめられない」
憑きものが落ちたハリの表情に、理解してもらえたと、静かに笑んで背を向ける。
足元の男を見たが、男は痛み堪えかねたのか、とうとう失心していた。ユイナがハリを裏切り、教えてくれるとは思えない。
気を失っていたというのなら、追う手掛かりとなるものは探したところで無駄だろう。足元を見やり、大量の人の足跡や馬の蹄の跡のついた方角を見たが、追跡を惑わすためいったん別の方角へ逃げるのは常套手段だ。そして足跡は大きく東と南の二方向、若干北東にもついている。どれが当たりか、いちいち探索している暇はない。
だがなぜか、レンジュにはわかる気がした。
いや、わかるというより、感じるのだ。強風に揺らされただけで切れそうな、たよりなげな不可視の糸だけれど、たしかに自分と彼女を結んでいるのを感じる。遠くの戦場にいても彼女の身に起きていることが感じとれたように、得体の知れない感覚が自分の中にあることに、レンジュは今はじめて気がついた。
もっとも、それが自分の中に入りこんだ、彼女の<
これは彼女の身を案じるあまりの錯覚と、無視するのが妥当に思えたが、先の白昼夢のこともある。
何の手掛かりもない今、レンジュはそれに賭けることに決めた。
向こうかと、琴線に触れる方角を見据え、馬に戻ろうとする。そんなレンジュの後頭部にハリの剣の柄頭がめりこんだのは、次の瞬間だった。
「ハ、ハリ……?」
てっきり説得されたものとばかり思っていたユイナは、ハリの行動に目を丸くする。
「悪いな、レンジュ。おれは、おまえが死ぬより、彼女が死んでくれた方がずっといいんだ」
足下で気絶したレンジュを見下ろしながら、ハリは冷徹に言いきった。