突然胸を押しつぶそうとしていた膨らみが弾け、ぎゅうぎゅうにつまっていた光が飛び散るように、その瞬間マテアはこれから何が起きるか理解した。
見覚えのある光景。月光母の顔が浮かぶ。
こちらへきて、いろいろな事が起きすぎて、忘れていた。
「いやっ、はなして!!」
自由なもう片方の手で拳を作り、相手の胸らしきところを必死に叩く。金属ではないが、固い鎧の感触が手を伝わる。その手もたやすくとられ、骨がきしむくらい強く握りこまれて、マテアはあっけなく抵抗する力を失った。
『すげえ! こんな美女、見たことねえ!』
苦痛に喘ぎながら上を向いたマテアの面を見て、男が喜声を上げる。
『やった! 今日からおまえはおれのモンだ。いいか、逆らうなよ、こんな細い腕なんざ、簡単にぽつきり折れちまうんだからなっ』
身をよじるマテアのなまめかしい胸元を覗きこんで、興奮気味に男はまくしたてる。そのままぐっと重心をマテアの方へ移し、のしかかって、マテアを地面に押し倒した。
「……っ、ぃやあっ……!」
死に物狂いでマテアは手足を動かす。
月光界の者は皆神月珠より生まれ、<
――レンジュ!!
「いやっ! 放して!」
誇りも体裁も、とうにかなぐり捨てていた。盲滅法、真白になった頭でとにかく動く限り手足をばたつかせ、触れるものを押しやる。
熱にひるんでいる間はなかった。ひるめばますます男はその肌を押しつけてくるのだ。
耐えられるわけがない!
『くっ、そ。このアマあ、いいかげん観念しやがれっ』
これでもかとばかりに服の上から胸をわしつかまれて、マテアは悲鳴を上げた。握りつぶそうとでもしているかのように手にこめられた力は強く、激痛が走る。
「いやあああああああああああ……っ!!」
四つん這いになった男の唇が噛みつくように鎖骨に触れた。がさつく指がスカートをめくり、太腿をまさぐって内側へ侵入を図ったとき。極限へ達した恐怖に叫声を上げる。
刹那、どかりという重い衝撃が男から伝わった。
びくびくっと男の体がはね、胸や足にのっていた腕がだらりと落ちる。
温かくてぬるりとした何かがマテアの顔や手や足を伝った。雨滴のように幾筋も伝い、流れ落ちていく。
男の動きはとまっていた。一瞬前まで体中に脹っていた、あの鋼のように硬く熱い力がすっかり消え失せている。
死んでいるのだ。死んでしまって、自分で自分の体を支える力もないはずなのに、男の体はいつまでもかぶさろうとしない。
理由は一つ。それを許さない力が、男の襟首にかかっていたからである。
「レン、ジュ……」
危機を救ってくれたのはあの男に違いないと、信じて疑わないか細い声が、安堵の息とともにもれる。
きっと心配してくれているだろう、彼の面を見ようと男の下から這い出したマテアは、そこに立つ者が誰なのかを知った瞬間肌を粟立たせた。
『へっヘへ……。
おまえは、おれのもんだよなあ』
にたり。
悦に入ってマテアを見下ろした顔は、あの奴隷商人・ゼクロスのものだった。