「あの……」
何も言葉として組み立てられないまま、とにかく何か言わなくてはとのあせりから口を開いたマテアだったが。
『それ、気に入ってくれた?』
男の人差指が、突然マテアの胸元を指した。指を追って見て、ようやく抱きしめたままだった布のことを思い出す。
ああそうだ。これの礼も言わないといけないんだった。
言葉が通じないかわりに、感謝の気持ちが少しでも伝わるように願って、笑顔で男の目を見返した。
男はマテアからのはじめての感情表現にとまどいながら、それでもぎこちなく、笑みを返してくれる。
「あの……名前を、教えてもらえないかしら?」
『ハリ! レンジュ! さっさとこい!』
遠慮がちに発せられたマテアの言葉に重なって、男の後方から怒声がした。マテアの声はいともたやすくかき消され、男は声に応じてふり返る。
『おっと、集合だ。
さあ行くぜ、レンジュ』
首にかかっていたユイナの手をはずして背を正した隣の男が、ぽん、と肩をたたく。
背を向けて彼女のもとから去ろうとする男の姿に、マテアの中で急速に何かが集積し、弾けた。
「待って!!」
まだ何も言ってない。ありがとうも、ごめんなさいも。何一つ、伝えてないのに。
お願い、まだ行かないで。
マテアの叫びを耳にして、何事かと男がふり返る。
「…………あの……、あの。
気を、つけて。『レンジュ』」
まただ。マテアは、まるで他人からの借り物のように、思うがままを言葉にしてくれない己の口を恨めしく思い、唇を噛みしめる。
けれどもマテアが不安気に発した言葉の中から「レンジュ」との音を聞きとった男は、照れたように口端を歪め、それから、ためらいがちに手を振ってくれた。
きみが伝えたかったことはちゃんと伝わったから、心配しないでとその手は言ってくれているように見えて、マテアも急ぎ手を振り返す。
男の姿が見えなくなるまで振って、そして下ろしたその手を、ぎゅっと胸元で握りこんだ。
わたしは今まで何をしていたのだろう。言葉など通じなくても、目を合わせて、ちゃんと見返して、端々に気を配り、相手が言わんとしている意味をくみとろうとさえしていたなら、気持ちは通じあうものなのに。
今夜は、寝たふりなんかしないで、座って、彼を待っていよう。これまでのことを全部話して、たとえ何時間かかろうと、通じるように努力して、話しあおう。
そう、あらためて心に誓う。
早く夜にならないものかと願っていたマテアの肩を、ユイナが祝福するように抱きしめた。
『ルーキシュっ。あなたに笑ってもらえて、レンジュってばきっと今頃有頂天よ。男って、ほーんと単純なんだから』
「ユイナ……」
『だからそんな顔しないで。すぐ戻ってくるわ。大丈夫よ。今までだってそうだったもの』
言葉の意味はわからない。でも、喜んでくれている、その気持ちは伝わる。
『さあ、行きましょう』
「ありがとう」
早く帰ってきて、レンジュ。
ユイナや他の少女たちとともにきた道を戻る。マテアの胸は地上に降りてはじめて希望に満ちて、今にも踊り出したいくらい軽やかにはずんでいた。