無事宿営地までたどり着いた。
一日の報告と今夜の見張りや明日の事などを話しあい、ようやく務めを終えたレンジュは配給された夕飯を手に自分の天幕へと戻る。
夜半をとうにすぎているため、入り口で火を焚いた天幕はちらほらしかない。レンジュの天幕も同じで、火はついていなかった。仕切り布をめくり上げたとき、中に人の姿がなくて一瞬ぎくりとしたが、すぐ横で、幕布にもたれかかるように座したまま眠っているのを見つけられて、詰めていた息を解いた。
ユイナのおかげか、服が新しい物に着替えられ、面の汚れもおちてこざつばりとしている。月明かりを受け、ほのかに金色に輝く姿は初めて会ったときを思いださせてくれて嬉しかったが、膝の上に投げ出された骨と皮しかない両手を見て、胸がつまった。
衝動的、手を重ねそうになったが、寸前で思いとどまる。
触れてはいけない。
昨夜、苦痛に歪んだ彼女の面から腕の火傷に気付き、治療をしていたとき、その不自然な形からレンジュはそれを悟った。よくよく見れば、指の形をした小さな火傷の跡が胸元や腕、足にぽつぽつとある。
体温というものを感じさせない、氷のような肌の持ち主である彼女にとって、きっと人の体熱すら凶器となるのだろう。思えば、指を浸したなら数秒で感覚を失うようなあの清水に、彼女は平然と腰まで身を浸していた。
そんなまさかとのとまどいはあったが、異世界生まれの彼女をこの世界の常識にあてはめて考えようとすること自体が間違っている。
触れてはいけない。
彼女は汚れた自分には触れることすら許されない神聖な存在なのだ。
それは、いっそありがたいと思えた。
触れることが許されていたなら、おさえきれたかどうか……。この身も心も焦がそうと燃え上がる恋情の炎にあかせて、彼女の意も問わず獣のように躁躍してしまっていたかもしれない。
でも、どうしても触れて、彼女がここにいることを夢でないとたしかめたかった。
思いとどまった指で、横の髪を=房すくう。寝顔を見て、これくらいなら大丈夫ということを確認してから、瞼に押しつけた。
――ルキシュ。
生涯、そばにいてくれとは言わない。
兵士の寿命なんて知れてる。十年生きる者は少なく、十五年生きれば奇跡に等しい。もしかすると、明日にも死ぬ運命かもしれない。
だからせめて、それまでつきあってくれ。女々しいことをと啖ってもいい。身勝手と罵ってもかまわない。そのかわり、おれにできることならなんでもする。だから、だから……。
何度も、何度も、レンジュは胸の中で哀願する。
彼はまだ知らなかった。
月の光もとどかない闇の中で、獣が虎視眈々と時を待っていることを……。