「大変だな」
レンジュは心から同情する思いで言う。ハリはうんうん頷き、先から香ばしい匂いを漂わせているクカの新芽を一袋買って口に放りこんだ。クカの新芽は栄養価が高く、固い表皮をむいて焼いたのを噛んでいるとわずかに甘みが出てくる、ハリの好物だ。
おまえも食うか? と差し出された袋に手を突っこみ、ほかほかと湯気をたてるそれを奥歯でがりがり噛み砕きながら歩いた。
「で、おまえは何を買いにきたんだ?」
「おれか? おれは、鎖帷子でいいやつがあったらと思ってね」
「ああそういや前の、切れたんだっけ」
二日前の戦いの最中、対峙した兵士の突いた剣先がひっかかり、ちぎれ飛んだレンジュの鎖帷子を思い出す。
「直せなくもないけど、もうずいぶんくたびれてたからな。そろそろ買い替え時だろう」
「それ言ったらおまえの場合、膝あても剣もだぞ。物持ちがいいっていうか、ケチっていうか……一体いつのだ、あれは」
「さあ……三年は使ってるかな」
思い出すように指をおる。いや四年だったかな? とつぶやくのを聞いて、ハリは心底から嫌そうに顔をしかめた。
「随分くたびれてるなと思っていたが。
普通ああいったのは一年で償却するもんだ。二日前を思い出してみろ。受け止めきれずに砕け散って、見てたおれの方がヒヤヒヤした」
レンジュの剣が下から入って相手を切り裂き、即死させたことで事なきを得たが、もし相手のほうが早ければ、無防備なレンジュのほうが裂かれていただろう。
なのに。
「ははははは」
「笑うんじゃない。笑い事じゃないんだから」
「ああごめん。でもあれは傑作だったよな。こう、ばらばらっと落ちて」
そのときの様子を再現するように手を動かす。しかしハリが笑っていないどころかこちらをにらみつけるように見ていることに気付いて、レンジュもそれ以上口にするのをやめた。
何が傑作だって? とハリの目は言っている。
ハリは子どものときから一緒にいた、気のおけない唯一の友だ。こんなことで安心して背中を任せられる彼の気を損ねるのは馬鹿げている。
「わかった。剣も新調する」
全面降伏とばかりに両掌を見せたレンジュに、ハリが人差指をつきつけた。
「手甲も膝あてもだ」
「手甲と膝あても」
これはハリに負けない出費だぞ、とひそかに胸の内で溜息をついたレンジュに、まだ満足できないが今回はそれで我慢してやろうというようにハリは鼻を鳴らし、クカの殻を割って口に放り込んだ。
「で、今度もまた鎖帷子か?」
「ん? ああ……あれが一番慣れてるから」
鎖帷子は隊に配属されて間もない初心者が購入するには手頃な値段だし軽量なのでスピードを武器とする者には好都合だが、薄く、防御力は格段に低い。本来はその上に鉄鎧などを重ね着する物だ。なのにレンジュはいつまでたっても鎖帷子だけで、しかも今回のようにそれが役に立たなくなるほど壊れてようやく買い替える。
金がないわけじゃない。戦闘ごとの褒賞金はひとより多めにもらっているくらい、レンジュの腕はたつ。だから隊の誰もレンジュの鎖帷子姿を嗤ったりはしないし、彼を未熟者扱いする者はいない。
「おまえ今度首とったら星三百だろ? そしたら階級上がって下隊長になるんだぞ? 部下を十五も持つやつがいつまでも鎖帷子姿だと、かっこつかないぞ」
「あー……うん。でも、格好を気にして慣れないことして死んだりしたら、それこそ格好つかないしね」
言うと思った、とハリは首を振り、この事に関してはもう何も言うまいと決めた。
剣も装備も新調させることができたのだから、とりあえずそれでよしとしておこう。あとはおいおいだ。
そうして店先をひやかして歩いていくうち、露店は残り三分の一になった。ここからはレンジュの目的の武具の店ばかりがずらりと軒を構えている。ちなみにそこからさらに先、市の外れに設けられているのは奴隷の即売場で、二人には用のない場所だ。
すでに自分の買い物を終えたハリは、あとはレンジュの買い物に口をはさむだけだ。絶対安物は買わせないと意気込んだ直後、ここを通りすぎたら後は隊へ戻るしかないことを思い出し、買いもらしはないかと袋の中身を点検してみた。
底の底まで引っ掻き回し、案の定だ、と舌打ちをもらす。
「ハリ?」
「悪い、レンジュ。肝心のヤツ買い忘れてた。
えっ、と、なんだっけ。ほら、靴の底に敷いて、踏んで、あったかくするヤツ」
「セリカの葉か?」
「そうそれ。セリカの葉。ユイナに頼まれてたんだった。あいつ、冷え症でさ。二袋。何を買い忘れてもこれだけは忘れるなって言われてたヤツ、すっかり忘れてたわ」
はははと照れ隠しの笑いを一つして、ハリはくるりと踵を返した。
「大急ぎで探して買ってくるから、先に行っててくれ。
いいかっ、もし何か目にとまったとしても、おれが戻るまで交渉するな! 買うんじゃないぞ!」
と言って一歩前に踏み出したあと、
「店主のほうから持ちかけられたとしても無視しろっ。口車に乗せられて、間違っても安売り特価品なんかに手ぇ出したりするんじゃないぞ!」
ふり返ってつけ加えた。
とにかく自分が戻って検分するまで買うんじゃないとしつこく念を押し、反論には一切聞く耳をもたないと言いたげに走り出したハリの姿は、あっという間に対向者の姿に飲まれて見えなくなった。