『サナン……』
たやすく気圧され、続ける言葉を失ったマテアを嘲るようにサナンは冷笑を浮かべる。
『何度でも言ってあげるわ。事実だもの。あのひとの真実の相手はわたしで、あなたは単に横やりを入れただけなの。あのひとってとても優しいから、見るからに弱々しいあなたをほうっておけないのよね。それを愛情と錯覚してるだけなのよ。でもそれも今のうちだけ。すぐに返してもらうわ。『月誕祭』にはね。
…………ねぇ。わたしがなぜ<
ふん、と鼻を鳴らして作業に戻って行くサナンに、マテアは何も言えなかった。それは、既にラヤから思いをうちあけられ、申しこまれている負い目と同情ゆえか、それとも、彼女の言葉は真実であると、心のどこかで思ってしまったゆえなのか……。
その後、作業室へ戻ったマテアは傷の痛みがひどいからと偽って部屋にこもり、一昼夜考えた。サナンの言葉と月光聖女としての戒律がマテアの中でせめぎあい、息をするのもつらいほど胸を苦しめる。
一昼夜考え続けて、そしてマテアは決めたのだ。地上界の月光を浴びることを。
サナンの言葉は真実であると信じること。これは大前提だ。そしてレイリーアスの鏡はこの時間、ちょうど地上界につながっていると、サナンは言っていた。
近寄ることも禁じられた鏡。これをくぐれば、地上界がある。命の尊さも知らない、野蛮で、粗野な人間たちが、のべつ暇なく互いを殺しあっているという、おそろしい世界……。
「大丈夫、なんでもないことだわ。行って、月光を浴びたらすぐ戻ってくればいいの。ほんの少しの間よ。誰も気がつかないわ。あの香木が燃え尽きるより早い、ほんの少しの間だけだもの。…………簡単なことだわ」
がたがたと震えのとまらない肩を抱き、言いきかせるように呟いて、マテアはおそるおそる鏡面に手を伸ばし、触れた――。