月光神・リイアムと月光母・リオラムによって創成された
月光界のすべてに慈愛の光・月光を与え続けてくれる月光神に感謝の祈りをささげるため、そして天地創造の疲れを癒すため眠り続ける月光母の閨房たる白珠を守護するために存在する月光神殿の、青月の宮と呼ばれる奥宮の一室で、マテアは目を覚ました。
寝床から身を起こし、二度、ゆっくりと瞬いた後、窓の方へと目を向ける。やわらかな月光がカーテンを透過して寝台のすぐそばまで差しこんできており、室内はほのかに明るい。己が身を包む光<
うっすらと青みがかった銀の瞳、遠目にも明らかなきめ細かな白い肌。そして全身を覆い、あたかも彼女を保護するかのように間断なく放たれている<
それは、この月光界においてもっとも両月光神に愛され、月光の加護を受けていると言われる月光聖女の証である。
黒や赤の真珠のついたピンをいくつも使い、ふっくらと結い上げ、寝着から着替えて身支度を整えたマテアは、昨夜、寝台に入る前に用意してあった花篭を腕にかけて廊下へ出た。
神殿から一歩出た瞬間、この月光界をあまねく照らす、万物への慈しみに満ちた月光を全身で受け、その心地良さに目を細めながらも、浮かんだ月の位置に、室内での予想が間違いではなかったことを確認して、きゅっと口端を引き締める。
急がなくてはいけないと思ったが、かといって走るのははしたないし、距離がある。だが急がないわけにもいかないと、はしたなく見えない程度に足を速め、西門を抜けて道を歩いた。白く砂をかぶった道は、やがて緑の草花が生い茂る草原に行きつく。マテアは目を細めて草原を見回し、どこまでも続いているように見える草の波の中に、埋もれるように座って花を摘んでいる聖女たちの姿を見つけて、近付いて行った。
「マテア!」
彼女の歩み寄りに気付いた聖女の一人が顔を上げ、嬉しそうに名を呼んだ。その声を聞きつけ、他の聖女たちも遅れて顔を上げる。
「まぁマテア。無事だったのね、よかった」
傍らに腰をおろしたマテアを見てエノマがほっと安堵の息をついた。
「無事?」
言っている意味がわからないと、マテアは問い返す。
「だって、あなたが一番最後だなんて、この三百年間ではじめての事でしょう?」
「みんなでおかしいわねって言いあってたところなのよ。あなたはとても真面目な人だから、さぼるなんてありえない、何かあったんじゃないかって……。ああでもよかった。なんともなくて」
先を奪うようにして言ったのはイリアである。おっとりとしたエノマは喋べる速度もゆっくりで、せっかちなイリアにはまだるっこしいのだ。
マテアは納得して、頷いた。
「心配かけて、ごめんなさい。少し寝すごしてしまったの。今度からこんな事が起きないよう、気をつけるわ。
遅れてしまったけれど、ご一緒してもいいかしら?」
笑顔でにこやかに話しかける彼女を拒む者などいはしない。先を争って開けられた場所に腰をおろしたマテアは、他の聖女たち同様、草の合間に咲く小花の中から蕾を選び、その中でも今にも咲きそうな蕾だけをよって、一つ一つ両手で摘みとっては篭に並べはじめた。
先端にうすく金色の縁取りが入った白い花弁を持つこの小花は『光雫華』と呼ばれており、月の微力を内にためこんでいる。葉や茎から月光を吸収し、蕾に集めるのだ。これ以上ためこむことができなくなるまでふくらみきったとき、蕾は弾けるように開花する。
開いてしまった花は月光力を放出しており、役にはたたない。彼女たち月光聖女は、壁などで遮られるため月光力のうすれがちな宮の内部を力で満たすため、そして間近に迫った『月誕祭』のために、毎朝この花を摘まなくてはならないのだ。
たおやかな、まるでその指で摘みとるあわい蕾のような聖なる乙女たちは、たわいのない談笑をしながらそれぞれの花篭を満たしてゆく。今、彼女たちのもっとも関心の深い話題は、やはり『月誕祭』だった。
『月誕祭』とは、両月光神の偉功を称える月光界最大の祝祭である。
数千年前のこの日、両月光神が天地創造を終えて、はじめて神月珠から命を生み出されたといわれており、毎年月光界各地でその偉功を称えての祝い事が催される。彼女たちも、毎年数ヵ月前から神殿をあげて準備にとりかかっており、近日に迫った今、話題がそれとなるのはあたりまえかもしれないが、今年の『月誕祭』は、彼女たちにとって例年までのものとは意味合いが格段に違うのだ。
なにしろ日々天空を駆け、慈愛の光を与え続けている月神・リイアムが百年に一度のこの日、神殿に降臨し、やはり百年に一度目覚める妻・リオラムとともに、彼等に献身的に仕える聖女たちに、御手ずから祝福の光を与えてくださる、その年なのだから。