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ねぇシスター。あなたは“きゅ”の付くアレですか?
黒月天星
ホラーホラーコレクション
2024年07月18日
公開日
7,593文字
完結
「大変なんだ! 吸血鬼っ! 吸血鬼が出たんだよっ!」
「……よし。帰りたまえ馬鹿兄」

 私の至福の時間(読書タイム)は、憂鬱極まりない馬鹿兄の一言で終わりを迎えた。

 面倒事をさっさと終わらせて、速やかに至福の時間を取り戻したい。これはそんな私のお話だ。



 こちらは小説家になろう、カクヨム、ハーメルン、ピクシブ等にも投稿されています。

ねぇシスター。あなたは“きゅ”の付くアレですか?

 ペラリ。ペラリ。


 静かな部屋の中に本のページを捲る音だけが響く。


 ああ。なんて心地の良い時間か。時折テーブルに置いたお気に入りの果実水でのどを潤しながら、ひたすら文字の羅列の中にのめり込んでいく。


 この至福の時間を守る為なら、病弱の身ではあるが私もモンスターの一体や二体に立ち向かうこともやぶさかではないね。なので、


 ドンドンドン!


「…………はぁ」


 突如部屋に響き渡る騒がしいノックの音に、私は盛大にため息を吐いて本をぱたりと閉じる。そして憂鬱な気持ちで今もノックの続く扉を開け、


「大変だ! 大変なんだ聞いてくれよ! 何が大変ってもう」

「落ち着け馬鹿兄」

「へぶしっ!?」


 いきなりまくし立てるように何やら言おうとしている馬鹿兄を、とりあえず読みかけの本の角を頭に叩きつけて黙らせる。


 本は実に良い。何せヒトの知識と願いの塊であるだけでなく鈍器にもなる。本の角は凶器である。


「落ち着いたかい?」

「いててて。もう少し優しくしてくれても良いじゃん!?」

「優しくしてほしいならもっと村を治める貴族の嫡男としての礼節を知ることだね。そうしたら次は本ので叩いてあげるよ」


 どっちにしても叩いてんじゃんと涙目になって言う兄にさっさと用件を言えと目で語ると、兄は少し落ち着いたのか軽く咳ばらいを一つ。そして、


「大変なんだ! 吸血鬼っ! 吸血鬼が出たんだよっ!」

「……よし。帰りたまえ馬鹿兄」


 何が悲しくて至福の時間をそんな面倒事で潰されなくてはならないのか。


「……次に村に行商人が来たらお前好みの本も取り寄せるよう頼むから」

「何をしているんだ。さっさと入りたまえ兄上」


 それなら話は別だ。未来の至福の時間の為、多少はこの煩わしい時間も許容しようじゃないか。うん。


「それで? 何がどうして吸血鬼などという話になったのかね?」


 私はゆったりと椅子に腰掛け、果実水を優雅に口に含みながら尋ねる。我が兄上、チック・クオーツはこれでも貴族としての教養くらいは学んでいる。それが何を見たら吸血鬼などという話になるのか。


「この前村にふらりとやってきたシスター。お前も一度見たことあるだろ?」

「……ああ。エイラ・フィフだね。教会に父上の許可を取って住み着いたシスター。この辺りでは珍しい家名持ち元貴族だから覚えているよ。……まさかあのヒトが吸血鬼だとでも言うんじゃないだろうね?」


 一人で教会を切り盛りしていた先代の司祭が亡くなり、半年近く管理する者の居なかった教会。


 この村が国のはずれの辺鄙な場所ということで長らく引き継ぎの司祭も来ない有り様だったが、エイラが来てから少しずつ立ち直ってきている。


 多少独特の性格をしてはいるが、まだ二十歳程度でありながらも引き継ぎが来るまでの代行として職務に励み、村人からもそれなりに慕われつつあるエイラを疑うのかと半分からかい混じりで言ったのだが、兄上はこくりと首を縦に振った。


「いや嘘じゃないんだってっ! ……実は昨日の夜、見ちゃったんだよ。エイラさんが真っ赤な血を美味しそうに飲んでいる所を!」


 兄上の言い分はこうだ。昨日の《偶然》教会の近くを通った兄上は、明かりが消えているのにも関わらず中で物音がするのを不審に思って中を覗き込んだらしい。


「何が偶然なものか。兄上が日課の剣の鍛錬の帰りに毎回必ず教会の方に寄っていく事は知ってるよ。どうせ今回は鍛錬に身が入り過ぎて遅くなったけど、それでも愛しの君の姿を一目見ようとしたんだろ? 毎度毎度ご苦労な事だよ」

「なっ!? い、愛しの君とかそんな……」

「顔を赤くしなくて良いから早くしてくれたまえ。それで?」


 話を戻すと、兄上が覗き込んだその先では、エイラが教会の窓から月明かりで照らされながら、口元を血で真っ赤に染めていたのだという。


 その瞳は真紅に輝き、長く鋭く伸びた犬歯が僅かに唇の隙間から見える。そして何かに気づいたかのようにエイラは兄上の方をチラリと見て、そのままどこか妖艶ににっこりと微笑んだのだとか。


「それを見て俺慌てちゃって、そのまま逃げるように家に戻ってきたんだ。すぐに相談しようとしたんだけど」

「ああ。昨日の夜は私は早めに就寝していたからね。それで気が付かなかった訳か。父上や母上に言い出さなかったのは兄上にしては英断だね」


 実際もしそんなことになったら流石に私もフォローの仕様がなかった。


「あのね兄上。落ち着いて考えてみたまえ。知り合いがその吸血鬼である可能性と、兄上が単に見間違えた可能性のどっちが高いと思う? 子供でも分かる簡単な計算だよ」

「それは……そうだけどさ。だけどそれだけじゃないんだよ!」


 むう。普段の馬鹿兄ならこれで大体終わるのだがまだ何かあるらしい。こっちはさっさと片づけて至福の時間の続きと行きたいんだけど。


 これを見てくれと兄上が一冊の本を取り出す。それは、


「『子供でも分かる吸血鬼の見分け方』……か。これなら昔私も読んだけど、半分悪ふざけで書かれたような本だよ?」

「そうかもしれない。それでも気になって俺も急遽読んでみたら、物凄くエイラさんに当てはまるような点が多いんだ! 例えば……ほらここ!」


 兄上が指差す本の一文。そこには吸血鬼の特徴が記されていた。


 曰く、吸血鬼は真紅の瞳を持ち、その眼を見た者を魅了できる。


 曰く、吸血鬼は長く鋭い牙をヒトに突き立て血を啜る。


 曰く、吸血鬼は通常ヒトとよく似た姿で見分けがつきにくい。


 曰く、吸血鬼は日の光に弱く、日中行動できる者も居るが総じて動きが鈍る。


 曰く、吸血鬼はコウモリなどを主な配下とする。


 曰く、吸血鬼は見た目よりも怪力である。


 その他にもニンニクが嫌いだとか、流水の上を渡れないとか、招かれないとヒトの家に入れないとか、まあそういう妙な特徴ばかりだ。ここまで来ると弱点が多すぎてあまり脅威に感じられない。


「……で? この与太話のどこが当てはまってるって?」

「まずエイラさんは昨日見た時真紅の瞳と長く鋭い牙があった」

「兄上が見た。普段のエイラはそうじゃないだろう?」


 エイラは金髪碧眼で決して赤い目ではない。牙がやや鋭いのは事実だが、それでも常人の範囲内だろう。


「それに俺は毎回エイラさんに見つめられてニコって微笑まれると幸せな気分になって気が遠くなる」

「それは単に兄上だけではないかな?」

「まだあるんだ」


 このしつこい馬鹿兄め。もうこうなったらとことん論破してやろうじゃないか。


 シスターなのに朝に弱い? 私だって弱いぞ! そういう体質なんだろ?


 よく教会にコウモリが飛んでる? 前々から村の近くにコウモリの巣があったね。しばらく教会は無人だったんだから、その間に巣の移動でもしたんだろきっと。


 一人で大の大人でも苦戦する大きさの材木を運んでた? シスターは見かけによらず体力勝負らしいからね。自然と鍛えられたんじゃない?


「はぁ。はぁ」

「どうした? もう終わりか兄上。結局全部無理やり本の内容にこじつけただけじゃないかね? まったく病弱な私の貴重な時間を無駄にしたよ」

「そんな涼しい顔しておいて何が病弱だよ!」


 失敬な。これでも外に出て少し走っただけで倒れ込んでしまう病弱っぷりだぞ! 口喧嘩では冷静に要点だけバッサリ指摘すれば良いからまだ楽なだけだ。


「とにかく、これで分かっただろう馬鹿兄。冷静に論理的に考えれば、エイラが吸血鬼である可能性は極めて低い事が」

「……そうだな。やっぱり俺の見間違いか」


 何とか兄上も落ち着いたようだ。これでひとまずは一安心だろう。


「そもそもだ。我が兄上様よ。仮に、仮にだ。エイラが吸血鬼だとしよう。それで?」


 ヒトと吸血鬼は相容れない。根本にあるのが捕食者と被捕食者の関係だからだ。


 吸血鬼にやられる前にやるとでも言うのだろうか? それとももっと穏便に村から出て行ってもらうとか? まあ兄上は優しいからな。どちらかと言えば後者を選びそうだが、


「えっ!? ? 昨日は見間違えたのかもしれなくて驚いて帰ったけど、別にエイラさんが吸血鬼だったとしても悪い人には思えないしな」

「……ちょっと待った。じゃあ何で私に相談を?」

「そんなのもしもの時に知恵を貸してもらう為に決まってるだろ。吸血鬼だったら正体がバレないようにしなきゃだし、吸血鬼じゃなかったら疑った俺のフォローをしてもらうつもりだったさ!」


 何だ。兄上ときたらどっちでも良かったのか。いつの間にか窓の外は真っ暗。こんなことに折角の至福の時間を潰され、ドッと疲れが溜まっていく。


「…………はああぁ」

「おいどうした? そんなデッカイため息ついて。付き合わせた分の本は後日ちゃんと取り寄せるからな! よっし! そうと決まれば早速明日エイラさんに聞いてみるか!」

「聞くって……何を?」


 何だか嫌な予感がして私が尋ねると、この馬鹿兄ときたら笑ってこう宣ったのだ。


「そりゃ勿論、ねぇシスター。あなたは吸血鬼ですか? ってさ」

「……せめてもう少し捻りたまえ。例えば“きゅ”の付くアレですか? とかね」



 ◇◆◇◆◇◆


 ペラリ。ペラリ。


 静かな部屋の中に本のページを捲る音だけが響く。


 ああ。やはりこうでなくては。うるさい馬鹿兄がなにやら明日エイラに聞きに行くとか言っていたが、それに関しては私がどうこう言う問題ではない。


 さて、もうすっかり夜になってしまったが、窓から差す月明かりとロウソクの明かりで本を読むというのも一興だ。私はゆったりとした気分でまた次のページを捲り、


 コンコン。コンコン。


「…………はぁぁ」


 今日はすこぶる邪魔が入る。もういい加減にしてほしい。私は先ほどよりも大きくため息を吐き、本をばたりと閉じる。そして憂鬱な気持ちで扉……ではなく今もノックの続いている窓に歩み寄る。


 そして、窓の外を見ると、


「大変大変! 大変なんですよ! 何が大変かって言うとそれはもうとんでもないことがですね」

「落ち着けアホシスター」

「アホとはひどいっ!? お願いですからひとまず部屋に入れてくださいよ! んですって!」


 ひとまずこのにへばりついて涙目になっているへっぽこ聖職者を何とかしないと至福の読書タイムには戻れないようだ。


 私が仕方なく部屋に入る許可を出すと、このアホシスターは霧状になって窓をすり抜け、そのまま部屋に実体化して降り立った。


「ありがとうございます! もしこのまま部屋に入れてもらえなかったらもうどうしようかと」

「そうしたら無理やりに入るだろう? 許可がないと入りづらいだけで、くせに」

「だって人様の家に勝手に入ったらいけないじゃないですか。不法侵入ですよ!? これでも神に仕える身ですからね。悪いことはしちゃいけません」


 そんなことを言って胸を張るアホシスターだが、それならこんな夜に窓から訪問するのは悪いことではないのだろうか? あと私の至福の時間を邪魔した罪は重い。


「それで、何があったんだい?」

「そうそうそれなんですよ! 実は……アナタのお兄さんにワタシの正体がバレちゃいそうなんです! このワタシ、だっていう事がっ!」

「……よし。帰りたまえアホ吸血鬼」


 さっきも似たような話に付き合わされたばかりなんだ。もう勘弁してほしい。だというのに、


「そんなっ!? お願いですから知恵を貸してくださいよっ!? 友人じゃないですか! いずれ引き継ぎの司祭様が来てワタシがまた旅に出る時は、言っていただければ好きな本を買ってきますから」

「何をしているんだ。友人の件は置いておいてさっさと細かい所まで話したまえよ」


 些か心配だけど、このシスターは嘘はつかない。なので買ってくると言ったら行商人が入手困難な物でも全力で買ってくるだろう。それなら多少は手を貸すのも我慢しようじゃないか。うん。


 さて。目の前のシスターはだ。その特徴は先ほど兄上が持ってきた『子供でも分かる吸血鬼の見分け方』にもおおよそ当てはまっている。


 何故私が知っているのかは……うん。話すと長くなるから省略だ。アホな吸血鬼がアホな事をして私にバレ、色々あって勝手に友人扱いするようになっただけの事だ。


「まずは何故バレそうだと思ったのか、そこから話してほしい」

「はい。最初にそう思ったのは、村の教会にチック君が毎日立ち寄ってくる事からなんです。あれは間違いなくワタシを怪しんでるのです」

「それは……単に兄上がエイラに気があるからじゃないかい?」

「ワタシに? まっさか~! そんなことある訳ないじゃないですか」


 そう言うとエイラはからからと快活に笑いながら手を振る。兄上よ。残念ながら肝心のシスター本人に好意が伝わっていなかったようだ。


「他にもあるんですよ! 毎回立ち寄って軽くお話をするんですが、いつもすぐに顔をそむけてしまうんです。あれは吸血鬼の魔眼対策に違いありません。……ワタシ魔眼使うことあんまりないですけど」

「単に兄上が照れてるだけじゃないかい?」

「照れる? なんで?」


 不思議そうに首を傾げるエイラだが、このシスターときたら自分の顔が人並み以上に整っている事に無自覚だ。あと自己評価がかなり低い。


 他にもいくつか怪しまれているのではという根拠を挙げるエイラだけど、私に言わせればどれもこれも微妙と言わざるを得ない。


 教会の修繕用に材木を運んでいる時、一瞬驚いた後手伝ってくれたとか。使い魔のコウモリが近くの巣のコウモリと会っている所を見られたりとか。どれもこれも状況証拠ばかりだ。これならまだ誤魔化せるが、


「それに……実は決定的瞬間を見られてしまったんです。それは昨日の夜の事」

「昨日の夜?」


 先ほどの兄上の話を思い出す。兄上も昨日の夜、エイラが教会で血を飲んでいるらしき姿を見たと言っていた。まさか、


「まさか……飲んでしまったの? あれほど飲むなと言っておいたのに?」

「…………はい。どうしてもこの喉の渇きを我慢できなかったんですよ」


 ちょっときつめの言い方をすると、エイラはしょんぼりした顔をして縮こまる。そんな情けない目をしないでほしい。


 そのまま少しの間部屋に沈黙が流れ、


「……まったく。またこっそりとはね」


 この吸血鬼。吸血鬼ではあるもののほとんど血を飲まない。本人曰く一日に一口舐める程度の少量で足りるとか。しかもヒトでなくても良いから最悪獣の血でも事足りる。


 ただ代わりにとんでもない程のワイン好きである。中毒と言っても良い。血の代用品ということかもしれないが、血の様に真っ赤なワインに血を数滴垂らしてがぶがぶ飲む。おまけに凄まじく酒に強い。


 シスターがワインを飲んではいけないという法は無いが、それにしてもワインの瓶を一日一本空けるのは多い。という訳で酒の量を減らすように言っていたのだが、この通り教会でこっそり飲んでいたらしい。


「ちょっとだけ! ほんのちょっと喉を湿らせた程度ですって! ちょっと口から垂れちゃって勿体ないからペロッと舐めましたけど……痛っ!?」

「そんなものを夜見たら兄上が見間違えるのも分かるよまったく」


 次は一週間断酒させてやろうかこのアホシスター。誤魔化すように笑っているエイラの頭にとりあえず本の角を叩き込む。


「も~ぅ。痛いじゃないですか!? 本の角は凶器ですよ!」

で叩かなかっただけありがたく思う事だね」


 私はさっきまで読んでいた表紙に十字架の付いた本。『子供でもできる吸血鬼の倒し方』を持ち直し、大きくため息を吐いて顔に手を当てる。


「ところで、兄上が明日エイラに直接問い質すとか言っていたけど」

「えっ!? な、何とか誤魔化せませんかね?」

「一時的に誤魔化すだけならどうとでも……だけど」


 私はそこでエイラを鋭く見据える。本来吸血鬼と視線を合わせるのは危険なのだけど、目の前のアホシスターはそんなことはしないという妙な信頼感があった。この窮地に兄上に魔眼を使って誤魔化そうという発想すら出てこないのだから。


「兄上は馬鹿だけど勘は鋭い。明日誤魔化したとしても、いずれはまた同じことの繰り返しだろうね。いい加減素直に話しても良いんじゃないの?」

「……話せませんよ。ワタシが吸血鬼だなんて知ったら、怖がらせてしまいますもの」


 その時のエイラの顔は、いつもの明るくのほほんとしたものではなく、どこか達観したような切なげなものだった。


 エイラがいつ頃から生きているのは知らない。だけどそれこそ何度もヒトと接し、そして彼女が言うように怖がられて……いや、きたのだろう。


 ヒトと吸血鬼は相容れない。根本にあるのは捕食者と被捕食者の関係なのだから。それをよく知っているからこそ、エイラはこんな表情をするのだ。なので、


「……じゃあ、とりあえず明日頑張ることだね」

「え~っ!? 何か雑っ!? 投げやりじゃないですかっ!?」


 アホシスターが何やらブツクサ言っているが、実際明日誤魔化すだけならエイラだけでも何とかなる。こんなアホではあるけど少なくとも父上より人生経験は豊富だ。


 今回私に泣きついたのだって、一人で何とかなるけど念の為といった所だろう。だが、


「心配しなくても、どっちに転んでも何とかなるさ。エイラは普段通り教会の勤めを果たして兄上が来るのを待って居れば良い。ほらほら帰った帰った! 事が済んだら報酬を忘れないように」

「そんな~!? ……はぁ。分かりましたよ。帰れば良いんでしょう帰れば! 明日本当にマズイことになったら助けてくださいよ!」


 バレようがそうでなかろうがほぼ上手く行くような話を心配するのは実に面倒だ。それならさっさと終わらせた方が良い。


 結局エイラは入ってきた時と同じく霧状になり、窓から外へ出て行くことで今日の話し合いはお終いとなった。


 ペラリ。ペラリ。


 今度こそ静かになった部屋で、私は静かにページを捲る。そして、


「……ふぅ」


 ぱたんと本を閉じ、心地よい読了感を味わいながら背もたれに身を委ねる。やはり本は良い。


 あとはベッドに入って寝るだけという頃合いで、ふと先ほどまで付き合わされた馬鹿兄とアホシスターの事を思い返す。


「本当に、兄上もエイラもなんで私に話を持ってくるのやら。普通に話し合えば互いに解決できる話だというのにまったくもう」


 傍から見れば実に単純な話なのに、下手に私という緩衝材を挟もうとするからややこしくなる。私から口を出すのも筋が違うし、その意味では今回の件は丁度良かったのかもしれない。


 ……それにしても、明日は兄上は一体どうエイラに切り出すつもりなのだろうか?


 いくら何でも私が適当に言ったような“あなたは“きゅ”の付くアレですか?”などと聞くほど兄上も馬鹿ではない……と言い切れないのが怖い。


 もし最悪の場合、二人に話を聞いた手前面倒だが……実に面倒だが私も多少ながら尽力するつもりだ。


 そう。申し遅れたが私の名はローナ・クオーツ。一応ではあるが吸血鬼の友人にして、クオーツ家次期当主チック・クオーツのシスターである。


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