だんだんと、イライラしてきた。
「ああ、もう!」
だんっ、とコップを手荒に置くファナゼット。
「あたしは、アンタに! 訊いてるのよ、分かんない? いくらまだ子供だからって、なーんにもできないってことはないでしょ。ほら、何かないの?」
「……なんにもできないです。お姉ちゃんに比べたら……だから、わたしと話しても、いいことなんてないよ、です」
「いいとか悪いとか、なんでアンタが決めるのよ。だいたい、誰が比べろって言ったの? ルクス、アンタの話を聞かせろって、このあたしが言ってるの! もう、得意なこととか好きなこととか、なんでもいいわ」
一気にまくしたてるのをびくりと硬直して聞いたルクスは、どうしたのか目をまん丸にしてぱちぱち瞬いた。驚いているようだった。少し大声を出し過ぎたかもしれない、とファナゼットは内心いくらか反省する。
ほんの少し、ルクスが首を傾げた。
「……機械の修理とか、なら。少しだけ、できる、じゃない、できます」
「なんだ、あるじゃない」
「……でも、お姉ちゃんのほうが、上手です」
「それが? あたしは機械のことなんてぜーんぜん分かんないし、このあたしができないことができてるんだから、まあ、ちょっとくらいは凄いんじゃない?」
言ってから、ファナゼットはいいことを思いつく。
立ち上がって「ちょっと待ってなさい」と言い置くと自室に戻り、大切にしまってあった『それ』を用心深く携えると、またルクスのいる部屋へ。
「これ。機械だと思うんだけど、直して」
「ふぇ……」
ずいっと押し付けるように差し出したのは、ファナゼットの小さな両手からギリギリはみ出るくらいの大きさをした、黒っぽい四角形のかたまりだった。金属のような鈍い光沢があるが、軽いしひんやりもしていないので、恐らく別の何かだろう……と、ファナゼットは睨んでいる。
「これ、は?」
「さあ。ここがスイッチだとは思うんだけど」
ぱちん、と上部にあるつまみを弾く。
すると、ザザ、ザザザ、と砂嵐が舞うような音が両側面に空いた穴から鳴り始めた。
「こんな、ヘンな音しかしないのよ。壊れてるってことでしょ?」
「多分……。電波集積機とかの仲間、みたいですね。スピーカーの動作はしてる、から、見た目が壊れてもないし、充電でもないし、中身、かな……えと。これ、一回ばらばらにしちゃっても……ふぁ、ふぁなぜっと、さん?」
機械を検分し始めたルクスが、ファナゼットのことを見て首を傾げた。ファナゼットがくすりと笑みを零したからだ。
「ふふ。何よアンタ、いっぱい喋れるんじゃない!」
「っ! あ、あの、ごめんなさい……」
「なに謝ってんの?」
ただの質問のつもりだったのだが、ルクスはますます申し訳なさそうにしゅんと顔を俯けた。ファナゼットとしても責めたいわけではなかったので、話を戻す。
「そんなことより。その機械箱、ばらばらにしても戻せる?」
「それは、はい、もちろん」
「なら好きにしちゃって。あたしは横で見てるから」
こくんと頷くルクス。
肩にかけていた鞄からなにやら袋を取り出すと、それをゆっくりひっくり返す。中からがらがらと出てきたのは、多種多様な工具類だった。ドライバーやらネジやらナノマシン分解剤くらいならファナゼットにも分かるけれど、尖っていたりぐにゃぐにゃしていたりするなんだか分からないものが大半だ。
それらをいくつか使ってかちゃかちゃやると、機械箱の外装がばかっと開いた。中を覗けばぎっしり金属線やらぺかぺかした部品やらが詰まっていて、目がしぱしぱしてくる。
辟易とするファナゼットをよそに、ルクスは手早く金属線を抜き取ったり新しいものを差し込んだりを繰り返していった。迷いのない動作だ。
「網状回路が、負荷で、焼けてる……? ヘンな電波が、ある、かな。じゃあいっそ、外からの受信系統を、外しちゃって……内部データだけに、アクセスさせれば……あ。ここの線、切れちゃってる……」
かちゃかちゃ。かちり。ぱちん。
ルクスが何をしているか、何を言っているのか、生憎とさっぱり分からない。けれど、ファナゼットが暇をすることはなかった。
機械に向き合うルクスの横顔が、やけに真剣で、やけに楽しそうで、さっきまでの臆病はひとつだってなくって。まるで、機械と流暢に話し込んでいるようで。
いいな、と思った。
金瞳に浮かぶ温かい色。どうにもキツい表情をしてしまうファナゼットにはない、きれいな色だった。長いまつ毛だって金色で、光の粒を帯びているようだ。窓からの斜陽を反射する金髪も、なんだかぽかぽかした感じがする。自分のだって金色ではあるけれど、とつまみ上げたひと房の髪には、冷え冷えと冴えた輝きしかない。
ファナゼットには友達がいない。
集落には同じくらいの歳をした子供だってそれなりにいるけれど、仲良く話す相手というものはいない。なにせ、ファナゼットはリーダーの娘である。えらくて立派なのである。その辺の子供と遊ぶだなんてのは――それがいくら楽しそうに見えたって――えらくも立派でもない。
でも、この子は。
機械を直せる人間なんて、集落の中にもひと握りしかいやしない。そしてこの機械箱は彼らに見せても何が何だか分からない、と突っ返されてしまって、つまりそれを迷いなく修理している目の前の彼女は凄いということだった。
凄いというのは、立派だ、ということだ。ミリだとか言ったか、彼女の姉がなんだというのか。間違いなく、ルクスはえらくて立派なのだ。ただ、それにルクス自身が気づいていないだけで。
それならまあ、ちょっとは認めてやってもいいのかも、なんてぼんやり思ったところで。
「できましたよ、はなぜ、ふぁなぜっと、さん」
ぱちん、と機械箱を元のかたちに組み直したルクスが、それをずずいと差し出してきた。
「ええと、電波を受け取るための部分はワザと動かなくした、けど、中にもデータがあるです、ので、それにアクセス、できるです、じゃない、できます!」
「何言ってるか分かんない」
「うう……す、スイッチを押してくれれば、動くはずです!」
単純な指示。ファナゼットがぱちんとつまみを弾くと、ざざ、とあの砂嵐のような音がした――けれど、それはすぐに止まる。
代わりにあふれ出したのは、金属線を弾いたような音だった。
いや。それよりももっと穏やかで、くぐもっていて、連なっている。
その音を、音の並びを、ファナゼットは知っていた。
ちりちり、と、記憶の深い場所にあるものが刺激される、くすぐったいような感覚。
ルクスが小さく首を傾げ、呟いた。
「……曲?」