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5-3【三人寄れば】

 荒野の上。

 一台のフロートバイクが駆けている。

「二十、三……!」

 光弾が牙蟻を貫き、即死させる。それを確認もせず、エレンはすぐ次の獲物を探す。

「牙蟻を倒しまくれば、パライソの滞在は安定する。そうしてあと数日したら、アデルがバベルの解析をし終わる。そうしたら、俺は天に行ける……」

 それから――それから?

 ぶつぶつと呟きながら、何かを振り払うようにして、エレンはバイクを走らせ続ける。


 †


「それで、どうしてあたしが不審者男のための料理を手伝わなきゃなんないのよ」

 明くる朝、やはり口数の異様に少ないエレンが牙蟻討伐に向かうのを見送ったあとで、アデルとルクスは例の【学舎】を訪れていた。

 そこにいたのが、やたらと不満げなファナゼットである。

「だって、わたしもアデルさんも料理なんてしたことないし。ファナはほら、毎日ここに通い詰めてるから、料理の記録も見たことあるんじゃないかなあって……あと、お客さんを不審者呼びはダメだよ?」

「うっ……ルゥの頼みでも、嫌なものは嫌よ! っていうか何あいつ、さっきすれ違ったけど、やけに根暗そうな顔してたし……ん、いや」

 拒否の言葉を並べ立てていたファナゼットが、唐突に口ごもる。

「そう、ね……でもまあ、あたしは優しいんだから、ちょっとくらい手伝ってあげないこともないわ」

 どういう心境の変化かは分からないが、ともかく助力はありがたい。猫の手も借りたい、というやつなのだ。

「でも、いったい何を作るわけ? 加熱して抽出調味液をかけるだけ、とかじゃあないんでしょ?」

「そのことだが、できれば【コロッケ】を作りたいと希望する」

 それは、一番初めにエレンが振舞ってくれた、アデルにとって思い出深い料理である。

 しかし、アデルのデータベースに材料や起源や種類についての簡素な情報はあるものの、肝心の製法までは分からないのだ。そういう情報はこの【学舎】にあることを期待するしかない。

「……コホン。コマンド!」

 すると、さっそくファナゼットが壁を這いまわる蜘蛛状機械に声をかける。

「システム起動、検索。コロッケについてのメモリを要請!」

『了解シマシタ』

 すぐに機械はマニピュレーターをうごめかせ、棚からいくつかのメモリを運び出してきた。

 その堂々たる命令コマンドっぷりに、ルクスが感嘆の声をあげる。

「わあ。ファナ、いつのまに機械蜘蛛と仲良くなったの? わたしも話せるなんて知らなかったのに!」

「そ……それは、ええと」

 ちらり。

 ファナゼットがアデルへと視線を向ける。それもそのはず、つい先日に資料検索をやってみせたのも、そのあとやり方を教授したのも、他でもないアデルなのだから。

 どうやったら機嫌を取れるだろうか、と考えてみて。

「自分も知らなかった。物知りだ、と感嘆する」

 果たしてファナゼットからの反応は、『何企んでるのよコイツ』という文字が読み取れるまでの非常に怪訝かつ警戒心に満ち満ちた表情であった。

 やはり流民との、特にこの個体との意思疎通は困難だな、とアデルはこの任務の難関さを改めて感じ入るなどした。


 ひとつ目のメモリは幼い子供向けの学習用で、ふたつ目は空想小説と思しきテキスト群だったが、幸いみっつ目に仔細な製法が記されていた。

 曰く、芋を茹でたうえで潰し、細かくした肉や食用植物を混ぜこんで丸め、穀物粉と卵と穀物加工品を砕いたもので包み、最後に油脂を用いて加熱する。

 エレンの作ってくれたフル・ペースト揚げに比べて随分原料も工程も多いのは、やはり文明の崩壊する中で正しい情報が失われていったからなのだろうか。【学舎】は明確に特異な場所で、これほどの情報が残っている場所はもはやどこにもないだろう。

 芋、それから肉に食用植物。これはパライソ内のプラントで十分な量を生産しており、エレンが牙蟻を倒す対価として渡される食料の中にも入っている。

 穀物粉およびその加工品。パライソ内では入手できないようだったが、幸いエレンとアデルの荷物にはブロックフード――すなわち穀物粉に様々な栄養素を混ぜ込んで加工したものが結構な量残っており、これを粉砕すれば代用できるのではないかと思われた。

 しかし、問題は卵である。

 この集落には蛋白質の供給源として十分な規模の培養肉生産プラントがあり、かつてのレヴィのように蜥蜴の変異生物を家畜化して飼育したりもしていないらしい。もちろん無から肉が発生しているのではなくて、細胞を培養するための液には蛋白質が溶け込んでいるが、それの大本は虫だという。プラント内部を見せてもらったが、バッタの近縁種だろうという分析結果が返って来た。その卵を利用して、とはいかないだろう。どうしても食用の卵がいる。

 集落の外ならば変異生物の一体や二体くらいいるかもしれないが、バイクはエレンが使っているし、徒歩で探すのは――いつもならば可能かもしれないが、今、アデルは脚にとある問題を抱えていた。

 手詰まりか、と思われたところで。

「……ちょっと待ってなさい」

 言うなり、ファナゼットがどこかへ去っていってしまった。

 どうしたのかとしばらく待ってみれば、ものの数分で戻ってくる。その手に抱えられた布を開くと、そこにくるまれていたのはなんと、

「卵……?」

 集落内では入手できない、と聞いていたそれがあっけなく持ってこられたのを見て、アデルはこてんと首を傾げる。

 その一方で、ルクスの顔がみるみるうちに青ざめた。

「ふぁ、ファナ! それ、その卵、まさか……」

「……お父様の“白光“のだけど」

「追放ものでしょ追い出されちゃうでしょ盗んじゃったら!」

 むむむとファナゼットが言い返す。

「盗むって、あたしもお父様とおんなじ家に住んでるんだし、家の中にあるものを取って来ただけだし。ルゥにとやかく言われることじゃないわよ」

「でも、白光の卵って、孵化させるためにいろいろ試してるんでしょ!? 食べるなんて言ったら、わたし達全員罰当たりで半年は機械牢送りだよ!」

「言わなきゃいいのよ、言わなきゃ。どうせ割れたりなんだりでよく処分してるし、だいたい、つがいでもない一匹だけの卵が孵るわけないもの。変異生物でない神聖な生き物だから単体で完結しているだろうって理屈、普通に意味わかんなくない?」

「そ……それはまあ、いや、でもやっぱり、」

 コツ、コツ、と足音。

 それが聞こえた途端、ファナゼットとルクスは弾かれたように卵を布で包み直した。一瞬前まで言い争っていたのが信じられないほどに見事な連携だった。

「あれー、お嬢さんたちにお客さんじゃないッスか。なにしてるんスかそんな集まって、っていうか……あー、服? なんて大事そうに抱えて」

 まさか合成繊維の布の中に卵を隠しているとは思わなかったのだろう、パライソ住人たる若い男が怪訝そうに眉根を寄せた。

「な、なんでもっ、なんでもないわよ! 乙女の秘密を探るなんて、男の風上にもおけないヤツね!」

「ひどい言いよう……質問しただけじゃないッスか……」

「あ、あの、ほんとになんでもないので! ちょっとお話してただけなので!」

「……まあ、お嬢さんはともかく、ルクスさんが言うなら」

「ルゥの名前を気軽に呼ぶんじゃないわよ!」

「うぉ、いつもに増して理不尽ッスねお嬢さん! いやすみませんねお客さん、騒がしくって。自分は退散しますんで、それじゃ!」

 男がすたすたと立ち去ると、二人は揃って大きくため息をついた。その動作が、人間より分析力の高いアデルからしてもあまりにそっくりだったものだから、これが流民同士の友人関係かとよく分からない驚嘆を抱いてしまう。

「……それで、白光とは何を意味する言葉? 白く眩しい光、ではないと推測された。それに、機械牢というのも自分のデータベースにない言葉」

「ええと……白光は、天から……レイヴンのいる偽の天じゃなく、神様のいる本当の天から贈られた――ということになっている、神聖な生き物です。数年前にふらっと現れて、でもどう見たって変異生物じゃないから、パライソを祝福する奇跡の存在だ~って騒がれたりして」

「空を飛ぶのよ、あいつ。災竜でもレイヴンでもないちっちゃな体の癖して」

 横からファナゼットも説明に加わった。

「なんかこう、丸っこくて口が尖ってて、翼があって……」

「それは鳥類――つまり、鳥なのでは?」

「トリ? トリって、情報メモリに出てくる架空生物のこと? ……言われてみると、確かに特徴は似てるけど……でも、あれは空想上の生き物なんだから、現実にいるわけないでしょ」

「……理解した」

 アデルのデータベースにも記されていることだった。鳥類は、【黄昏】を引き起こした大戦が始まるよりずっと前に、特殊な伝染病やら餌場の消失やらを原因としてほぼ絶滅している。現代の空を飛べるのは、リィングラビティなりロケット燃料なりを搭載した人為的存在だけだ。

 しかし、その白光という生き物は、やはり鳥類――挙げられた特徴と卵の形状からして、ハト科の何かしらだと思われるのだが。どこかで細々と生き残っていたのだろうか。

 ということをアデルはほんの数秒で分析したが、特に興味のないことだったので、低重要度タグをつけてストレージへと叩き入れた。

「それで、機械牢っていうのは、そのまま牢屋ですね。ロックが旧文明の機械製ってだけです」

「それは……脱出が困難そう」

「そもそも捕まらなきゃいいのよ、別に」

「白光の卵持って言う台詞じゃないよね、絶対」

「バレなきゃいいのよ。ほら、コロッケだっけ? 作るんでしょ。バレる前にルゥの家に行くわよ」

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