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2-2【残りは一週間】

 つい、エレンは大声をあげてしまう。

 動かせる、というアデルの言葉を疑っていたわけではない。しかしそれでも、バベルは何十年何百年と放置されて久しい建築物なのだ。もしかしたら壊れてしまっているかも、とどうしても心の隅に不安な影が差していた。

 興奮するエレンに対し、アデルはあくまで冷静なまま。

「まだ不明。少し待機していて」

「お、おう、悪い。なんか手伝えることがあったら言ってくれ」

「現状は特にない。周囲の警戒のみ要求」

 片手はパネルの上に置いたま、アデルはまたカタカタと片手でホロキーボードを叩き出す。エレンは正直あたりへの警戒どころではない心持ちで、そわそわとそれを見守る。

 しかし、どうやら今度は難航しているようだ。

『不明なエラー。管理者権限コードを入力してください――第三種権限を確認。再起動を試行、不明なエラー。【Bifrost】の運行ができません――不明なエラー。原因の特定――失敗。不明なエラー――』

 十数分ほど、スピーカーは何度も『不明なエラー』というのを繰り返した。アデルは無表情のままキーを叩き続けるが、どうにも動きが鈍ってきている。

 かと思えば、いきなりぱっと手を離して操作をやめてしまった。

「ど、どうしたんだ? やっぱりダメだったか……?」

「否定。システムに異常はないが、エラーが発生する。解析も失敗した」

 動かない上に原因も分からない。それはつまりダメということではないのか、というエレンの思考に先んじて、アデルは「しかし、」言葉を続けた。

「説明……無線を使用し、自分の余剰メモリでエラーを解析している。恐らくは、これで原因を特定できるだろうと推測」

「アデルが?」

「肯定。自分のシステムはこの塔のメインシステムよりも性能が良い」

 はあ、と曖昧に頷くエレン。塔はあまりに大きく、アデルはエレンよりも小さい。だというのに性能はアデルのほうがいいというのは、やはり特別なレイヴンだからなのだろうか。

「その解析はどれくらいで終わる?」

「回答。推定値だが、およそ一週間」

「一週間!?」

 精々半日くらいだろうと予想していたエレンの驚く声に、アデルは「ム」と口をとがらせた。

「通常であれば何年かかっても完了しない処理。それを一週間というのは、自分の高いスペックに依ることであり――」

「いや、アデルを責めてるわけじゃなくって! ただ、それだと手持ちの食料が足りないんじゃねえかな、って……」

 ゴドリックから譲り受けた保存食はまだまだバイクに積まれているが、アデルは毎食とんでもない量を食べるのだ。狩りも交えて節約してなお五日で半分食べたのだから、残り半分で一週間というのは無理な話だろう。

 納得してくれたようで、こくりとアデルが頷いた。

「提案。ログによれば、この周囲には【パライソ】なる集落がある。そこで待機するのは?」

「いいとは思うけど、バベルから離れても平気なのか?」

「説明、およそ半径十キロ以内であれば、無線接続に問題はない。ゆえにパライソまでの距離次第」

「ああ、なら大丈夫だ。ここから北に数キロ行ったところだから」

 ふむ、とアデルはなにやら思案顔になって首を傾げた。

「推測……検索……その集落は、小規模な旧文明遺跡に形成されている?」

「ん、そうだな。小さいビルがいくつか並んでて、よく分からん機械がごろごろ転がってて、少しだけど生きてる生産プラントもあって……なんで分かるんだ? ここに来たことはないんだったよな」

「肯定。しかし恐らく、そこは元々、この塔……軌道エレベーター【Bifrost】の運行管理および保守点検をする技術者のための宿舎にあたる施設だったのだろう」

「なるほど……ああ、だから機械がたくさんあるのか。このでっけえ塔を直さなきゃいけないから……すげえな、旧文明……」

 ともかくとして、どうやらここに長居しても仕方ないようだった。移動するならば暗くなる前がいいだろう、というエレンの言葉にアデルも頷き、パネルから手を離して立ち上がる。

 ふっ、と。

 同時に、あれだけ眩しかった照明が今度は全て消え失せて、部屋はまた真っ暗闇に覆われる。

「うお……!?」

「説明。エラーのために外部バッテリー使用による起動しかできなかったため、自分がバッテリーの役割を果たしていた。離れればまた消える」

「……さっきゼリーを食ってたのは、そのためのエネルギー補充だったのか」

「肯定」

 とんだ発電方法だな、なんて考えながら、エレンはさっき落とした懐中電灯を手探りで拾い直した。ひょっとしてこれの充電も、アデルに頼めばできるのだろうか。

 二人は暗闇の中を引き返す。アデルの一つしかない瞳は、やはり導き星のように輝いてエレンを先導してくれていた。血の赤ではない、どこか優しい色だった。


 †


 ぽつりぽつり、地面に人工物が散見されるようになった。

 最初はネジやら歯車やらの簡単なものだったが、すぐにそれらが組み合わされたガラクタの塊になり、まだ動きそうな正体不明の機械になり、そして仰々しい建物へと変わる。

 エレンはフロートバイクのありがたみを噛み締めていた。というのも、普通のバイクでここを少しでも走ろうものなら、ネジか何かがタイヤに刺さってあっという間にパンクしてしまうのである、基本、乗り物はこの集落――パライソから離れた場所に置くしかない。

「質問。随分と規模が大きい?」

「そうだな。アルカは地下にある分小さいし、レヴィは……まあ、全盛期でも一まわり小さいくらいだな。これより大きい集落は俺も知らないよ」

 パライソは、大規模な生産プラントを有している。それもエナジー・バーなんて味気ないものではなく、豆やら芋やらの自動農園が旧文明時代から未だ残ったままなのだ。

 どうしてそんなに状態がいいのかと不思議だったが、あの巨大なバベルを守っていた技術者たちの住んでいた場所だというのなら、なるほど納得だというものである。他よりもさらに進んだ技術の注ぎ込まれた施設だったのだろう。

 旧文明遺跡は資源を求めるレイヴンやら餌を求める変異生物モンスターを呼ぶ。ゆえに旧都市遺跡にマトモな流民は寄り付かない。しかし、生きるために資源や食料がいるのは流民とて同じことだ。

 安全と安定。その二つのうちの後者に最も比重を傾けているのが――エレンの知る限りでは、だが――このパライソという場所だった。

 なんて話しているうちに、人の姿まで見られるようになってきた。完全に集落の中まで入り込んだのだ。みな、見慣れぬエレン達を示してなにやら話し合っている。集落を離れる流民はごく少ない以上、当然の反応だった。

「おい、止まれ止まれ!」

 緩やかに徐行していたフロートバイクを、目の前に飛び出してきた男が止めた。ここの住人のようだった。年齢からして、リーダーにあたる立場なのかもしれない。

 敵意はないということを示すため、エレンは素直にバイクを停止させ、両手を軽く持ち上げる。話が通じる相手だと分かったからか、男はほっとした表情を見せた。

「お前たち、何者だ? どこから来た」

「俺はエレン、後ろはツレのアデル。アルカ近くの旧都市遺跡から来たんだ」

「なぜここに? 移住か」

「いや。でも、少し滞在させてほしい。一週間くらい」

 こういうのは無駄を挟まず、簡潔に答えたほうがいい。キャラバンで培われた会話スキルは、今もエレンの舌を滑らかに回転させてくれた。

 そうやって会話している間にも、ぞろぞろとパライソ住人が集まってくる。アルカと違って敵意はないが、それでもよそ者相手だ。好奇と警戒を足して二で割ったような居心地悪い視線があちこちから注がれる。

「ううむ……しかし生憎、建物は全部埋まってるんだよなあ。誰かに頼んで泊めてもらうか、そうでないなら外で寝泊まりしてもらわんと」

 ぐう、とエレンは内心唸る。毛布を失ってしまったために、昨夜は夜風がこたえたのだ。それに食料の問題もある。できれば野宿は避けたい。

「……質問。力の差を見せる?」

 背後のごくごく小さなささやき声に、エレンは断固としてかぶりを振った。当然、それは絶対にダメである。

 目の前の男――エレンより数十歳は年上だろう――も、どこか気まずそうな態度だった。冷たくしたいわけではない。しかしよそ者はどうしたって不穏分子であり、もろ手を挙げて歓迎、というわけにもいかない。

「――あの!」


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