しかし、特定の薬品やら植物やらならともかく、酒を嫌がる
「……推測。
「天から? やだ、それじゃレイヴンみたいじゃないの」
「肯定。レイヴンの類型として設計されたが、暴走して地上へと廃棄されたと推測。翼のシステムが、レイヴンのリィングラビティに酷似——もが」
エレンは肩やら腕やらが痛むのを堪えつつ、慌ててアデルの口を塞いだ。
天というものへの一般的な知識は、天人と呼ばれる神だか悪魔だか人だかも分からない奴らが住んでいることと、レイヴンを送り込んでくることの二点程度だ。あまりに詳しいと疑われる、どころかバレかねない。
「りーんぐらびてぃー? って、レイヴンの羽根のこと? へえ、そんな名前なのね。知らなかったわ」
幸い、シャリーが疑うことはなかったようで、エレンはほっと胸を撫で下ろした。
「でも、それとトカゲの酒嫌いに何か関係があるの?」
「説明……語彙を構築……生物兵器というのは、大元の生物の要素——戦闘力などを強め、代わりに必要ないなんらかの要素を弱体化させる。恐らく災竜と呼称されるアレは、肝臓に何らかの処置が施され、アルコールへの耐性を喪失しているのでは、と推測」
「……ええと、つまり?」
「災竜にとって、酒は猛毒にあたる。……留意を要求……あくまで推測」
「いいえ、多分正解ね」
シャリーが逞しい両腕を組み、アデルに向けて頷いた。
「というと……?」
「アタシ、あのクソデカトカゲに喰われかけたのよ。ここに戻ったばかりのときに」
「……しかし、生きている。酒を使用した?」
「使用したってか、たまたまだけどね? 持ってた瓶を噛み砕いた瞬間、尻尾巻いて逃げてったのよ。その後しばらくは、飛んでるとこすら見なかったわ」
それから、酒の匂いを嗅ぐと逃げるようになったのよね——と、シャリーは締めた。
少しの沈黙の後。
「……ね。お姉さん、二人にお願いがあるのよね?」
そう、シャリーが太い首を傾げた。
「それは……まさか、災竜を退治しろとか、そういう?」
「もうエレンくん、話を急ぐ男のコはモテないわよ! ま、その通りだけど」
「承認できない」
エレンが何かを言う前に、アデルがバッサリと切り捨てた。
「自分の戦闘力では、アルコール飲料を用いても安定した勝利は望めない。益にもならない。そもそもアルコールが毒になるという確証もない。ゆえに、その依頼の受託は承認不可」
「ほら、そもそも命を助けてあげたわけじゃない?」
「それに関しては感謝する。けれど……否定。別の話。そもそもエレンは負傷が激しく、動ける状態ではないと判断」
「古い言葉にも、『人のためにならぬは情けない』ってあるわけだし」
「……該当するデータなし。『情けは人のためならず』ではと推測」
「もう、頑固ねえ。……じゃ、こういうのはどうかしら?」
シャリーがついっと指で撫でたのは、部屋の隅に置かれていた円盤状の何かである。
大きさからして、てっきり大きめの椅子か何かかと推測していたそれの表面に、赤い光が走り抜ける。
金属めいた表面に亀裂が走り、カタカタと音を立てて歯車が浮き出て、回り、どんどんと複雑に形を変えていく。その様子を、エレンは前に一度見たことがあった。正確には、この逆だが。
「……レイヴンの機械翼に似てるな」
「そりゃなんてったって、天人が置き去りにしていった、神の光のバイクだもの。レイヴンも神の光で動いてるんだし、そりゃあ似るわよ」
「バイク? この丸っこいのが——いや」
話している間にも、円盤だったものは丸い箇所が二つに分かれ、座席とハンドルが出現し、細かいパーツもどんどんと増えていく。ういいいん、と低い駆動音。変形が止まった頃には、もはやあのシンプルな形をしていた面影は一切残っていなかった。
全体的に、二輪車の形状だ。ただ、タイヤに当たるのだろうリングが縦ではなく横になって付いており、下部から赤い光を放ってふわふわ浮いている。
「……エーテル式のフロートバイク。天で使われているものに類似する」
「風呂?」
「否定。フロート、浮遊の意」
「拾っただけだから詳しくは知らないけど、ま、めちゃくちゃ凄いバイクよね。トカゲ退治の見返りにこれをあげるって言ったら——どう?」
む、とアデルは低く唸る。
現状、乗り物の確保が何より優先される。この上ない見返りだった。
「質問。どうして、自分達にこれが必要だと?」
「だってアンタ達、着の身着のままよりもほんのちょこっとマシみたいな装備じゃない! どこに行くのか知らないけど、レヴィで足を手に入れようとしてたんじゃあないの?」
「……概ね正解している。しかし」
不可解極まりないという思考を如実に声へと滲ませながら、アデルはシャリーとフロートバイクを交互に見て首を傾げた。
「コレがあるのならば、他の集落に行くことも可能と推測。わざわざ
「あら! さっき言ったじゃないの、レヴィはアタシの生まれ故郷だって。あーんなクソバカトカゲの好きにさせてたまるもんですか」
「生まれた地だとして、滅びているのだろう。災竜を討伐せしめたと仮定して、人が蘇るわけではないと忠告」
あんまりにもあんまりなその言い方に、エレンは「おい、アデル!」と割って入った。
しかし、当のシャリー本人が「いいのよ」とそれを諌める。
「ま、無意味なコトかもしれないけどね。でも、アタシの気が済まないのよ」
「質問。それは人間のするという、復讐というとのか」
「んんー、そりゃあ叶うなら? あのクソ忌々しい羽根と手足もぎ取ってミミズみたいにのたくらせたあとブチ殺してやりたいけど——アタシは非力な乙女だもの、そんな贅沢言えないわ」
筋肉に覆われた両肩をすくめてみせるシャリーへと、アデルはフードの下から赤い瞳を向ける。
「では、なぜ」
「だって、弔ってあげないと」
微笑みは絶やさないまま、シャリーはそう言い切った。
「こーんなクソッタレの世界でも、野晒しで死ぬなんてあんまりだわ。まあ、体が残ってるかは分かんないけど……でも、お墓くらいは、ね」
その低い声は、いくらかの湿り気を帯びている。
「だって、あんまりじゃない? ただ暮らしてただけで、いきなりあんなとんでもない変異生物に襲われて、食べられて、後にはなーんにも残らないなんて」
「残らないのが、悲しい?」
「ええ、悲しいわ。それに、あーんなトカゲが頭の上を飛び回ってたら、うるさくってゆっくり眠れないじゃないの」
「……よく、分からない」
「そう? でもまあ、とにかくこのバイクよ。これが必要なら手伝ってもらうわ。だってアタシ、見ちゃったもの。アデルちゃんがクソトカゲを殴り飛ばすところ! こーんな細っこい腕で、あの鋼みたいなウロコを砕いちゃってて、そりゃもうビックリしたわよ」
「解説……あれは特殊機能を用いた瞬間的な出力の増加で――」
エレンはむんずとアデルの腕を掴み、自分のほうへと引き寄せた。レイヴンであることを隠す気があるのかないのか――いや、恐らく人間にとって何が普通で何が異常なのかを理解していないだけだろうが。
「あー、アデルはナントカ拳っていう、秘伝かつ極秘の武術が得意でな! その、ちょっと二人で話し合いたいんだが……」
「あら、内緒話? 妬けちゃうわね。いいわよ、アタシは外にいるから」
シャリーは酒瓶をひとつ掴み、終わったら呼んでちょうだいね、の言葉を残して部屋の外に出た。