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3-2【銃に心は必要か】

「——んで、それが急にオンナ連れて押しかけてきた理由か?」

 不機嫌なのを隠そうともせずに、老人はプレハブ小屋の中から睨めつけるような視線を向けてきた。

「否定。当機は雌性体をモデルとしているが、そこに子孫を残す目的はなく——」

「かァっ、ぺっぺっ、小難しい話しやがって。坊主が若いオンナを連れてきた、それ以外に説明があるかよ?」

「いや……じいさん。あのさ」

 エレンはちらりと横のアデルを見やる。

 あいも変わらず、あの赤いエーテル光は少しもない。右手がレールガンに変形していたり、両足がミサイルになったりもしていない。

 が、しかし、背中の機械翼は健在である。この距離で見落とすこともないだろう。

「この子、レイヴンなんだけど。そこに対しての感想は?」

「坊主、良いことを教えてやる。驚くってなぁ、未来にこうなってほしいっつー希望を持ってるケツの青い若者の特権だ」

「……よく分かんねえ」

「俺ァもう、ちょっとやそっとじゃビビらねえってこった」

 それで、と老人はようやく厳しい視線をやや緩める。

「この嬢ちゃんの修理、だったか? 見たトコ、手も足も付いてるように見えるがな」

 愛想というものも老化でなくなっていくのかな、という勘違いをエレンに植えつけた老人の態度を真っ向から受け止めても、アデルは一切怯むことなく真っ向から見つめ返す。

「解答、戦闘システムが破損している。修理を要請したい」

「はん。ガラクタ弄りの俺に、まさかレイヴンサマの中身を診ろってか。今の今まで、その羽根が鉄なのかダイヤなのかナノマシンなのかも知らなかったってのによ……こっちに来い」

 口では嫌そうにしながらも、老人は何やら青く光るリング状の機械を取り出してアデルへと手招きした。

 なんだかんだで、彼は技術者なのである。

 時折エレンが破損した旧文明の遺物を持ち帰るたびに、いそいそと分解やら分析やらしているような人物なのだから、謎多きレイヴンを解析できるとなれば断らないはずがないのだった。

 開けた扉から中に入ろうとしたアデルは、しかし、ガツン! という強烈な音と共に立ち止まった。

「…………む。リイングラビティが」

 自身の機械翼が引っ掛かっているのに気付いたらしく、ぐいぐいと引っ張ったり体を捻ったりしてみる。が、おんぼろプレハブ小屋に相応しい小さな出入り口には、左右に大きく広がるそれを通すだけの物理的余裕がなかった。

「仕方ない……」

 そうアデルが呟くと同時に、カタカタと歯車が噛み合うような響いた——かと思えば、いくつもの金属めいたパーツで構成された機械翼が、まるでパズルか何かのように細かく折りたたまれていく。

 ものの数秒で一つに組み合わさり、まるで時計の中身のように複雑なオブジェクトと化した双翼は、すうっと溶けるように彼女の背中の中へと消えていった。

「収納、完了」

「……ふん。わざわざ一部だけナノマシン密度を下げて、収納余地を作ってるってか? 酔狂だな」

「流民でありながら天人の機構を理解するあなたも、中度の異端にあたる」

「百も承知だ。オイ、モタモタしてんじゃねェ」

 小難しい会話をしながら、老人がアデルに光る機械を近づけたり、あるいは先端でつついてみたりする。

 いつもは壊した銃やらなんやらの絵が浮かび上がるモニターに、まるで世界で一番複雑なパズルのような紋様が緻密に羅列されているのを、エレンはぼんやりと眺めながら待っていた。どうせ理解の及ばないことだ。

「レイヴンっつっても、基本の設計理念はそう特異じゃねエな……中枢機構に従って、まァ細かいサブの制御系が……六十前後ってトコか?」

「否定。補助系統の数は合計で八十八、設計上で仮想構築されたものを合わせると百を超える」

「チィ、けったいな。んで……戦闘システム、だったか?」

「肯定。遠距離攻撃の際に照準を合わせるためのなんらかが破損していると推測」

「となると眼……いや、三半規管ってセンもあるな。処理系列だったらお手上げだが……」

 ガチャガチャ、ピロピロ、ギュイーン。

 駆動音やら電子音やらが一通り鳴り響く中、老人の表情はどんどんと難しいものになっていく。

「なんだァこりゃ、鋳型がほとんど人間じゃねえかよ……俺ァ医者じゃないんだぜ」

「制御系を人間の脳に似せて作られている、とは聞いている」

「似せて作られ、つっても……なんだ、天の連中はここまで再現できんのか? ……こりゃ、俺にゃア無理だ」

 呻くように言うなり、老人は急に使っていた機械類を放り出してしまった。

「無理……不可能? 質問、せめて故障箇所の特定はできないか?」

「言っただろ、俺ァ医者じゃねえんだ」

 頭を横に振りつつ、部屋の隅にあるコンテナの上にどかりと座り込む老人。

「嬢ちゃんは、間違いなくナノマシン兵器だ。中枢機構に設計図が入ってて、その通りに細胞にあたるナノマシンが配置されとる。そういう意味じゃ、そら」

 老人はエレンが腿に差した例の光子銃を顎で示し、

「坊主の銃。そいつと一緒だな。そして、ナノマシンの配置自体にミスはなかった……俺の見る限りでは、だが」

「……つまり?」

「中枢機構自体と処理系統のどっかに問題があるんだろ。そんな重要パーツ、俺みてえなガラクタ弄りには荷が重すぎって肩ァ外れっちまう」

 言葉通りにボキボキと肩を鳴らして見せる老人。

 そのタイミングで、エレンは気が付く。アデルの顔が、僅かに――ほんの僅かにだが、俯いたことを。

(……落ち込んでる?)

 状況からしても、そう見るのが自然だと思う。

 本人は、人間のような感情などないと言い張ってはいたが……やはり、どうにも人間じみている。動作や話し方なんかの節々からそれを感じる。

 しかし老人の話では――エレンにはちっとも意味が分からなかったが――自分が下げている光子銃と同じ要領で作られているという話で、まさか銃に感情があるはずもないし……。

(ああ、ややこしい……)

 エレンは頭を振って思考を追い出す。分からないものはいくら考えても仕方がないのだ。

 だから今は、それよりも。

「でも、天まで辿り着いたら直してもらえるんだろ? だったら、とっととバベルに出発しようぜ」

「肯定……同意」

「オイ。ちょっと待て」

 小屋から出ていこうとした二人に、老人が口を挟んだ。

「ん、なんだよじいさん? 遠出しなきゃなんないってのは、さっき説明したよ?」

「そうじゃなくてだな……ハア。おめえら、まさか着の身着のままで行くつもりか」

 まさか、とエレンは笑う。

「嫌だなあ。ちゃんと、拠点に置いてる携行食と水くらいは持ってくさ」

「……ガキのお散歩じゃァねえんだぞ」

 向う見ずにもほどがあるだろうが、と毒づきながら、老人はどこからか浮かんだホロキーボードを叩く。すると、いつものモニターになにやら地図が浮かび上がった。

「俺らが今いるのがここ、旧巨大都市遺跡。んで、」

 びーっと赤い帯が伸びる。

「オメエらの言ってるバベルがあるのはここ。滅びてなきゃ、パライゾっつーデカい集落があるはずだ」

「知ってるよ。前に行ったことがある」

「だったらなんで分かんねえんだよ、ガキ」

 呼び名が『坊主』から『ガキ』に呼び名がランクダウンしたのを訝しみつつも、エレンは「何が?」と首を傾げた。純粋に、老人の言う意味が分からなかったのだ。

 しかし一方で、アデルのほうは分かったらしい。「ああ」と小さく声を洩らしてから、

「……距離が遠すぎる」

「正解だ。歩きじゃ早くとも百日かかる」

「百日ィ!?」

 悲鳴のような声をあげたエレンを、老人はじろりと睨んだ。完全に、馬鹿を見る目だった。

「それも、なんの問題もなかった場合だぞ。途中にゃ“竜の巣“もありゃ汚染区画もある。迂回したら倍はかかるだろうな。……一応訊くが、レイヴンの嬢ちゃんは飛べたりすんのか?」

「否定。リィングラビティはエーテルがなければ稼働しないし、そもそも本来は母船を拠点とする以上、長距離移動を目的として設計されていない」

「となると、移動手段がいる。さっきの話じゃ、嬢ちゃんの食い扶持も相当なんだろ……あアもう、なんだって俺がこんなガキの子守みてえな……」

 老人がぶつくさ言うのももっともなことで、エレンとしてもなかなか恥ずかしい心持ちだった。昔バベルを訪れたのは事実だが、その頃は多数の旧文明製バギーを有するキャラバンに同行させてもらっていたため、実に悠々と移動していたのである。

 しかし考えてもみれば、そのときもバベルからこの付近まで辿り着くまではひと月ほどかかっており、そりゃあ徒歩で踏破できよう距離ではない。

「何かしら、移動手段がいる……それに装備も。となると……」

「アルカに行くしかねえだろ。交換できるモンくらいあんだろ、ええ?」

「まあ、ちょっとした遺物くらいは……でも、アルカに乗り物なんて置いてるか?」

「集落の連中は移動しねえんだ、その割に放浪もんが住み着いてたりする。入るばっかで出ねえんなら余らせてるだろ」

 話に付いていけなくなったらしいアデルが、きょろきょろと左右の二人を交互に見やる。

「質問、“アルカ”とは?」

「ああ、この近く……都市遺跡を出てしばらく行った荒野にある集落だよ。俺も元々そっちに住んでたんだ……マトモな人間は、レイヴンやらいつ崩れるかもわからん廃墟だらけの都市に住もうだなんて思わないからな」

「重ねて質問。では、エレンはなぜここに?」

 いやあはは、とエレンは笑う。

「なんつーか、追い出されちまってな。レイヴンを捕まえるんだって言ったら、そんな危ないコトするヤツと一緒に住めるか、って」

「……つまり」

 赤い目がただ真っ直ぐに、エレンを射抜く。

「あなたが当機に友好的なのは、境遇に近しいものを感じたからか」

「……だとしたら?」

「勘違いしている、と忠告する」

 アデルは立ち上がり、出入り口の前に立っているエレンを押しのけた。凄まじい、まるで巨大なコンクリ塊にでも押されたかのような力に、思わずよろけるエレン。

「当機は兵器。ゆえに、情はない――と、再三言っている。分かり合うことは不可能」

 それだけ言うと、アデルは小屋から出て行ってしまった。

 数秒、低い駆動音だけが響いた後。

 最初に響いたのは、老人の笑いを含んだ揶揄の声だった。

「難しいじゃねえか、女心ってのは。なあ?」

 あの不愛想な老人の喉から発せられたとは思えない、たっぷりと感情の乗ったその言葉に、しかしエレンは驚く心の余裕もない。

「……いや、そういうのじゃなくないか? そもそも、レイヴンには女しかいないわけだし……機械に雌雄なんてないし」

「バァカ。俺ァ天の連中が考えることなんざ分からんが、意味もなく女の形にするかってんだ。それに嬢ちゃん、あの気難しさは俺の家内に似てるぜ」

「じいさん、結婚してたのかよ!?」

「昔の話だ、昔の」

 愕然とするエレンを無視して、老人は突然声を潜める。

「……坊主。オメエにゃひとつばっかし言っておきてえことがある」

「な、なんだよ。言っておくけど俺、機械と付き合う趣味はねえぞ? 仲良くしたい、くらいには思うけど……」

「そうじゃねえ……いや、まったく違えとも言い切れねえが……」

「なんだよ、もったいぶって。俺、早くアルカに行きたいんだけど。アデルも待たせてるし」

 老人は少しだけ悩むようなそぶりをした後、ますます声を小さくした。まるで、アデルに聞かれるのを恐れているかのように。

「……嬢ちゃんは、確かにナノマシン製だ。人間じゃあねえ……だが、おかしい点がある」

「なんだ? 故障の詳細は分からなかったんじゃなかったのか?」

「そうじゃない。設計理念がイカレてんだよ」

「はあ?」

 ますます意味が分からないという気持ちをたっぷり乗せた声音にも、老人は構わず先を続ける。

「嬢ちゃんは、人間に似てる……あんまりにも、似すぎてる。ぞっとするくらいにな」

「どういう意味だ? 俺、難しい話はあんま分かんねえんだけど……似てちゃダメなのか?」

「お前が銃を作るとしてだ。わざわざ、意識を持たせようって思うか?」

 老人はエレンの答えを待たずに話し続ける。

「思うはずがねえ。攻撃できりゃ十分だ、銃なんざ……兵器なんざ。そうだろ、なあ」

「……レイヴンに意思があるのがおかしいってことか?」

「ああ。最初はてっきり、表面上だけ人間を真似してんのかと思ったが、そうじゃあなかった。嬢ちゃんはしっかりと、自分自身で思考してやがる……つまりな。嬢ちゃんは、レイヴンは、ただの兵器じゃねえ」

「それじゃあ、アデルは一体なんなんだ?」

「俺に分かるかよ、馬鹿。……まあ、言いたいのはそんだけだ。とっとと行け」

 自分から呼び止めておいてなんつー態度だ、とも思いながら、しかしエレンは素直に小屋の扉に手をかける。わざわざさらにひと悶着起こす必要もなかろう、と思ったのだ。

「それじゃあ、アルカに行ったらもう一回戻ってくるよ。時間からして、明日になるとは思うけど」

「はよ行け、はよ。俺ァ今から寝るんだからよ」

「……また昼夜逆転してたのかよ。ほどほどにしとけよ、年なんだから」

「るせえ、まだまだ現役だ、俺ァ」

「はいはい」

 いつものやり取りに呆れた笑みを浮かべながら、エレンはプレハブ小屋を後にした。

 それがエレンの人生において、老人と交わした最後の会話だった。


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