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No.56 第20話『散り逝く』-1



ジュンイチさんからの指名が無くなって、一週間が過ぎようとしていた。

私はあれから泣くこともなく、笑顔で彼のことを待ち続けられている。


理由は、まだ私の最後の手段がここへ通い続けていてくれるからと……


「八!ほら、薬…!今日は多めにもらえたんだ!違う種類のもあるよ!」


同期の遊女が客から手に入れてくる、薬があったからだった。




第20話『散り逝く』




一番最初のきっかけは、私がジュンイチさんから来店回数を減らすと言われた翌日のことだった。


泣き腫らした私の顏を見て、あまり話したことのない遊女が上機嫌に声をかけてくる。

どこで酒を手に入れたのかはわからないけど、少し酔っぱらっているようで、不躾に頭を撫でられて不快になり眉間へ皺を寄せた。


「どうしたのー?目こんなに腫らしちゃって!辛いことでもあった??」

「触らないで」

「ええー?私のこと覚えてない?あんたがいつまで経っても服脱がないからさー、私が脱がしてやったんじゃん!ほら、覚えてない?私ら同期だよー?」

「……。」


触るなと言ってもベタベタとくっついてくる酔っ払いに、思い切り溜息をついて両腕で突っぱねる。

その時に言われたことと顔を確認したことで、微かに昔の記憶を思い出した。


『ちょっと!あんたが遅いとまた誰か殺されんだよッ!』


警察官に殺された女の子たちを見て放心状態になっていた時、動けないでいる私の代わりに服を剥ぎ取ってくれた右隣りの子。

あの時の子は確か、私とは別の遊郭に買われて連れて行かれたはず……


けど目の前にいる酔っ払いの遊女は、幼い頃の面影をかなり残して成長していた。

間違いないと気付けるほどに、あの頃とほとんど変わっていない。


「あんた…別の遊郭に買われたはずじゃ……」

「それがさー、他の遊郭にいたんだけど、なんか最近ここの楼主に買い取りされたんだよね…実年齢の割には見た目が幼いとかどうとかで価値があるとか何とか…」

「……。」


確かに、彼女はかなり歳若く見える。

私と同い年…20から21歳のはずが、15歳…いや、化粧を落とすとおそらくそれ以下の年齢にまで見えるほどの幼さだった。


まるで成長が止まったかのように見えて、少し不気味さを感じる。

本人は私の不審がってる様子を気にするわけでもなく、ケラケラと笑いながら話を続け出した。


「でもね、実は若さを保ててる秘訣があんの!」

「……そんなことどうでも良いからほっといて」

「まあまあまあ聞きなって!あんた泣いてたんでしょ?なんか嫌なことでもあったんでしょ?それならあんたにも効くはずだからさー!ちゃんと聞きなって!!」


細い腕を肩に回されて、無理やり話を聞けと強要される。

振り払って立ち去ろうとした途端、顔の目の前に色鮮やかな何かを見せられた。


「何…これ」

「薬だよ。見たことない?」

「消毒液ならある」

「そんなのとは全然違うって!飲み薬!嫌なこととか忘れられたり、不安な時に安心出来たり…あとは眠れない時もぐっすり眠れるやつ」


赤、黄、青、白、黒。

とにかくカラフルな色の薬を片手に乗せられて、片っ端から効果を説明される。

明らかに怪しくて胡散臭い…そう表情に出していたからか、あはは!と顔を指差しながら笑われた。


「嘘だと思ってんの?」

「こんな変なもの飲むわけないでしょ……そもそもどこからこんな大量の薬…手に入れたの?」

「前の遊郭で客にもらったんだよね。まだまだ大量にあるから、それはあげるよ。同じタイミングで花街に来た誼みだしね」


なんなら心配そうだし、それのどれか私が飲んであげようか?


そうにこにこと笑いながら薬を指差されて、ぐっと眉間に皺を寄せる。

じっと様子を観察した後、無言で黄色の薬を指差せば、ああ!若返りの方ね!と叫んで、簡単に口の中へと入れて飲み込んでしまった。


「ね?何ともないでしょ?」

「……若返りってなに」

「知らなーい。そう教えられたから。たぶん若さを保てる栄養剤か何かじゃない?実際私はよくこれ飲んでるし、若さの秘訣って感じする」

「……。」


実際に飲んで見せられても、やはり言っていることはどこまでも怪しい。


いらない、と突き返そうとした瞬間、また酔っ払い特有の絡み方で肩を組まれて、青はよく眠れるやつ、白は不安な時に安心出来るやつ、赤は嫌なこと忘れられるやつ…と聞いてもいない説明をされた。


「即効性はあるけど効き目の弱いやつと、遅れて効くけど効果が絶大なやつもあるから、まあ上手く使い分けなよ。持ってるだけでも安心出来るかもだし?損はないでしょ」

「……黒は?」

「ん?」

「黒は?どんな効果があるの」


他の色に関しては説明があったのに、1つだけ教えられなかったことに違和感を覚える。

怪しむ目ではっきりと問い質せば、ニヤッと悪巧みをするような顔で微笑まれた。


「なーんだ!嫌そうな顔してやっぱ興味あるんじゃーん!」

「……。」

「黒はねー!全部の効果ある!私は黄色の次にこれよく飲むけどさー、一番おすすめー」


教えられた内容には常に眉間へ皺を寄せていたけど、一先ずは布に包んで懐に仕舞う。

自分で飲むことはなくても、これから先何かに使えるかもしれないと…そう思って、この時は捨てずに取っておいた。


この薬がきっかけで、全ての状況が悪い方向に進んでいくことになるなんて……この時の私は、思いもしていなかった。

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