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No.52 第19話『毒され』-1



夢を見た。

白無垢の花嫁衣裳で、幸せそうに笑う自分の姿を……


いつだったか彼が写真で教えてくれた純白の衣裳は、何故か私の夢では少し赤に染まっているように見えた。

不思議に思い自分へ近づいて、赤色の部分に手を伸ばす。


何でこんな色に染まっているのかを確認しようとした刹那、突然目の前で笑っていた私が子供のサイズに縮んだ。

驚いて顔に視線を向ければ、相手は子どもの時の私なんかじゃない。


乳幼児施設から移送されたあの時の…最初に隣で座っていた、あの子が目の前に立っていた。


『施設ん中ばっかで外に出たこともないようなあんたなんかに、これからやっていけるとは思えないけどー』


彼女が纏っている大きな白無垢が、どんどんどす黒い赤へと変色していく。


「ッ……?!」

『えーやだ!これくらいでショック受けてんの?』


右目と頭部が溶けるように崩れ出して、彼女から赤が溢れ出てくる。

瞬く間に白無垢が赤一色に染まり、顔が崩れている状態で…身震いするような言葉を吐き捨てられた。


『私はあんたの代わりに殺されたんだからさー……』



あんたは私より苦しんで死ねよ。




第19話『毒され』




「ッ…?!!……はあ…はあ……ッ、はあ…」


勢いよく布団から上半身を起こして、震える身体を自分で抱きしめる。

隣で寝ている彼を起こさないように、必死で声を抑えて身を縮めた。


荒れている呼吸が、一向に治まらない。

それどころか、見ていた夢がまた鮮明に頭の中へ浮かんできて吐き気が襲ってきた。


「う゛ッ、ぐ……おえ゛ッ…」


急いでゴミ箱を手繰り寄せて嘔吐く。

我慢しようとしたことが逆効果になり、盛大に胃の中のものを吐き出してしまった。


私の声を聞きつけた彼がゆっくりと目を覚まして、緩やかな動作で起き上がる。

半分閉じているような目でこちらを見つめてから、彼らしくない掠れた声で問いかけられた。


「……また吐いたのか?」

「……!」


発せられた呆れたような声に、ビクッと一瞬身体を震わせる。

起こしてしまったことへ小さく謝って、再びゴミ箱をぐっと抱え込んだ。


いつからだったか、彼は私が辛そうにしていても背中を擦ってはくれなくなった。

私が軽く怪我をしても薬を買いに行ってくれることはなく、大丈夫かと形だけの声かけはしても、行動では示してくれなくなった。


「ぐッ……う゛ッ…」

「はあ……。アピールか何かのつもりなのかな、それは…」

「うッ…ぐ、ぅ……ちが、う…よ!」


必死に首を左右へ振りながら、胃から逆流してくるものを口から出さないように耐える。

アピール、と捉えられてしまったことが悲しくて、嘔吐している私を介抱しようとしてくれないことが辛くて、自然と涙が溢れ出てきた。


「ほら……また泣いてる」

「ちが…違、う…ッ!これは!」


思い切り右腕で両目を擦って、次から次へ出てくる涙を拭った。

彼の手で拭ってもらえなくなったのもいつからだったか…はっきりとは思い出せない。


「何度も言うようだが…本当にすまないとは思ってる。でも待ってもらうしかないんだ」

「わか…てる……ちゃんと、わかってる、よ…ッ」

「……。」


彼に助けてもらって、長い年月指名を受けたあの日から……もうとっくに、8年が過ぎていた。


独占予約を終えたのは約2週間前。

丸8年が過ぎたその日に、私は身請けをして結婚してもらえるのだとばかり思っていた。


いつもより念入りにめかし込んで、その日の夜は彼を出迎えた。


またあの時のように、感動が押し寄せてくるプロポーズをしてもらえると思っていたから。

その日の夜が、やっと自由になれる最後の日だと思っていたから……


けれどそれは、大きな間違いだった。


『すまない……まだ身請け金の金額まで達していないんだ』

『……え?』


順調に進んでいると思っていた私たちの未来は、その日から少しずつ歩みが止まり始めた。


『ま、まだ…身請け金が用意出来てない…って、こと…?』

『ああ、本当にすまない……身内が病気になってね。その治療費を支払った分、八の身請け金が思うように貯まっていないんだ…』


理由を聞いた時、ああ優しい彼のことだから有り得なくないとは思った。

身内の治療費を肩代わり。困った人を見捨ててはおけないという彼らしい理由に納得はした。


けれどやはりどこかで期待していた分、ショックは大きかったのだろう。

頭が真っ白になって脱力し、呆けるようにその場へへたり込んでしまった。


『すまない…大丈夫かい?』

『……。』

『八と結婚したいとは思ってる。ただそれにはお金がいるんだ。だから……もう少しだけ、待っていてほしい』

『…もう、少し……だけ?』

『ああ、もう少しだ』

『……。』


もう少し、という言葉は……その時初めて言われたわけじゃない。

何度も何度も、何年も前から言われ続けていた言葉だった。


『ねえ……ジュンイチ、さん…』

『ん?どうした?』

『もう少しって……』


いつに、なるのかな…?


そう小さく問いかけながら、私の顏を覗き込もうとする彼を見上げる。

自然と頬を伝い落ちてしまった涙が、彼の大きな手で拭われた時だった。


『…お金が貯まってからだよ、八』


あのいつも通りの、優し気な表情で微笑まれる。

なんてことはない、と表現するかのごとく見せられた笑顔が、私にはひどく……歪んで見えてしまった。

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