大きな水音を鳴らして川へ落ちていったシオンに、どうか無事で逃げてくれと心から祈る。
ここから生きて出られたら、何が起こったか全部聞いてやる。
もしこっから出れて生きて帰れたら、お前が言ってた夢の話に協力してやる。
そう約束したのに叶えてやれなかったことが、ひどく心残りだった。
第12話『始まり』
「ッ…!」
反動で川近くから崖の方へ戻っていく途中、握っていたロープから異変を感じる。
その直後、ガクンと身体が一瞬浮いて浮遊感を感じた時、走馬灯のように今までのことが頭の中を駆け巡った。
谷さんが小さい俺の手を握って、夜中にトイレまで歩く横顔。
ちょっとした段差で躓き、こけてばかりいる小さい藤の泣き顔。
毎晩熱を出して寝込み、それでも笑っている南の寝てる顔。
最後に浮かんだのは、濡れている俺の頭をタオルで拭こうとしていたシオンの顔だった。
あの時頷いて協力してやれていたら…こんなことにはならなかったのかもしれない。
こんな無茶をやらかす前に親身になって話を聞いてやっていたら…止めてやれる可能性だって十分にあった。
理由があってやったことだと予測は出来ても、あの日あの時信じてやれなかった所為で、詳しい理由を知ることも出来ない。
全部が遅かった。間に合わなかった。
もし昨日の晩に戻れるなら、もう一度やり直したい。
助かった。ありがとう。一緒に夢を叶えたい。詳しく話を聞かせてほしい。
そう素直に伝えることが出来たら…どんなに良かったか。
「……ごめん、みんな」
自分の身体が重力に従って落ちていく中、打つ手ない現状に覚悟を決める。
上空に光る綺麗な満月が、俺へ寄り添うみたいに輝いているように見えた。
胸ポケットに入れているものが何だったのか、思い出してそっと手を当てる。
もし神様がいるのなら、もう一度チャンスをくれと、温かく感じるお守りに願いを馳せた。
その時…
「ッ…?!」
信じられないような奇跡が起こった。
「ッ…止まっ、た…?」
ガクンともう一度衝撃があった後、落下していた身体がピタリと止まる。
崖に両手をついて上を見上げた瞬間、あり得ない光景に目を見開いた。
「…マ、ジかよ」
フックに括りつけていた部分のロープが輪っか状に絡まり、崖から生えている小さな木に引っかかっている。
辛うじて止まっている現状に冷や汗を流しながら、バッと下を確認した刹那…
「嘘、だろ……」
心臓が、止まりかけた。
俺の身体から地面までの距離が、1メートルもない。
咄嗟に手を放していた所為で、木から俺までロープは一直線に伸びきっている。
もし、ロープが木に引っかかってなければ…
もし、木が今より低い位置に生えていれば、ロープが今より長ければ…
今頃俺は、助かってなんかいなかった。
バクバクと激しく響いてくる心音に、ハッハッと少し荒く息を吐く音。
それを数秒耳にして、今は考えてる場合じゃないと自分に言い聞かせ、震える手でロープを解いた。
低めの位置から降りて、無事に着地する。
無傷で終わった今の出来事が奇跡過ぎて、本当に、見えない何かに守ってもらえたような……神様に守ってもらえたような気持ちになった。
「ッ…シオン!!」
ハッと正気に戻った直後、川の方に向かって全力で駆け出す。
「……シオンのことも、頼む…」
呟いた願いを叶えるかのように、暗い水辺を月の光が照らしていた。
探しやすいように明るくなっている気がして…だからこそ一目でわかる。
最後に見た、シオンが落ちた場所。その付近にシオンの姿は見当たらない。
だとすれば、かなり遠くへ流されたか、あるいは…
「ッ……!!」
頭を打って、川底に沈んでいるかだ。
気付いた瞬間、勢いよく駆け出し川へ飛び込む。
少し進むだけでかなりの深さに変わった川底を見て、シオンの身長なら頭をぶつけて気絶している心配はないかと思えた。
ただ、それだけで安心は出来ない。
いくら姿を探しても見当たらないことに焦りを覚える。
一度浮上して水面から顔を出し、再び月明かりで探してもシオンの姿は見当たらなかった。
「シオンッ!!聞こえるか?!聞こえたら返事しろ!!」
力の限り叫んで耳を澄ませる。
返答がないということは、溺れている可能性も拭いきれない。
急いで川の流れと共に泳ぎ、辺りを見渡しては潜るを繰り返す。
もう一度、一際大きく名前を呼んで返事をしろと叫んだ瞬間、シオンの声ではない何かが耳に入ってきた。
「……なんだ、この音」
人の声ではない。動物の音でも自然の音でもない。
出来る限り耳を澄ませて考えを巡らせた瞬間、途切れ途切れに聞こえてくる音の正体がわかった。
「ッ!…笛の音か!!」
遠くから聞こえてくる、弱々しい笛の音。
それは吹いている人物の呼吸が整っていない、危険な状態を示していた。
南が首から下げていた笛を、シオンへ渡していた記憶。
ここに来ても俺たちを助けてくれる南へ感謝して、笛の音を頼りに泳ぎだす。
シオンが川底にいるわけではないことは確定した。
だとすれば、既に川から抜けて岩場の方に行ったのかもしれない。
そう思った瞬間、暗闇の遠くから音の発信源が見えた。
「ッ…?!シオンッ!!」