目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
No.25 第11話『折れんな』-1



南の腹に片腕を回して、地下から連れ去った人物。

逆光で顔は確認出来なかったが、妓夫と同じ服装をしていたことは僅かな光で垣間見えた。


この遊郭の警備をしている人間なら、確実に南が危ない。

ドクドクと心音が激しく耳に響いてくる中、シオンを背負ったまま全力で階段を駆け上がった。




第11話『折れんな』




「南ッ!!!」


開錠された出入り口の鉄格子を通り抜け、奥にある扉を勢いのまま蹴り開ける。

暗い地下から明るい光を一身に浴びた瞬間、遊郭の赤い内装と共に、抱えられている南の姿が視界に入った。


「ッ…橘か?!」


叫ばれた自分の名前に、幼い頃から聞き慣れた安心する声。

まさか…と驚いて目を見開いた時には、相手も驚いたように足を止めてこちらを振り返っていた。


「谷さんッ!!無事か?!」

「そりゃこっちの台詞だ!バカヤロー!!」


妓夫の服装を身に纏った谷さんが、急いで俺の元へと戻ってくる。

おそらくだが、南を見つけて抱え込んだ後、最優先で外へ逃がすために走り出したんだろう。


俺たちが既に地下牢から抜け出せていたとは思っていなかったのか、焦ったように目を見開いては嬉しそうに涙ぐんで怒り、たった数秒の間で百面相をしている。

後ろ向きで抱えられている南が、谷さんの背中をバシバシと叩いた。


「ゴホッ、ほら!谷さん、橘いたろ?!落ち着けって!!」

「ッ…そうか!お前ら全員無事か!!」

「谷さんの方は?!警備の奴らどうしたんですか!」

「俺の方に来た奴らは3人いたが、その程度なら両手使えば簡単にのせた!服奪って新人のフリして正面から入って来たが、今のところバレてねェ!南だけなら連れて行けそうだ!!」

「谷さんほんと…やっぱすげェな、あんた…」


短時間、しかも素手で武器持ち3人相手に無傷。

昔から全く衰えない腕っ節の強さに、改めて称賛の声をあげる。


「気絶させて縛っては来たが、他の警備に見つかればまずい」

「私や橘さんは顔が知られてます。別行動で、このまま一般客の子供と新人の妓夫を装った方が、お2人は逃げられる可能性が高いかと…」


ずっと黙っていたシオンが、後ろから2人に向かって早口で説明する。

その間、俺の首に巻き付いているシオンの腕が謝るように擦り寄ってきて、言いたいことを全て察した。


大丈夫。俺も同じことを考えていた。

この2人が出来るだけ安全にここから脱け出せるなら、俺らは囮になりながら逃げた方が良い。


地下牢に閉じ込めた妓夫が1人。谷さんが気絶させて縛った奴らが3人。

少なくとも、認識してるだけでもあと4人は警備している奴らが残っている。


「谷さん…俺らが囮になります。分かれて逃げましょう」

「……橘」

「絶対生きて帰ります。だから谷さんも…藤と南のことを頼みます」


俺の願いを聞いて、ほんの数秒、谷さんが押し黙る。


悩んでいる時間はない。

そう表情に出していた俺の顔を見て、苦渋の決断というような顔つきで谷さんが頷いた。


「……わかった。リュウマの情報だと、出入り口の鳥居以外にも花街の出口はあるらしい」

「…!」

「昔神社だった頃の裏門で、鳥居とは真反対の位置にあるって噂だ。直接見たことはないが、今も残ってるはずだと…これを知っている奴も少ないそうだ」


ここにきて、全員逃げられる可能性が色濃くなってくる。

シオンも同じことを感じ取ったのか、息を呑むように谷さんの話へ耳を傾けていた。


「俺と南と藤は、入って来た鳥居から脱け出す。橘たちは一か八か、裏門を探して出ろ。表はすぐに張られる。2人は面が割れてて万に一つも出れねェ」


このリュウマの話に、全部賭けろ。


そう谷さんが声を発した直後、シオンと一緒に意を決して頷く。

鳥居とは真反対の位置。幸いこの遊郭は鳥居から直線状に位置している。


つまり遊郭の入り口から反対方向へ脱出できれば、あとは真っすぐ走ったら裏門につく。

谷さんと南が堂々と正面から出て行くのなら、反対側へ囮をしながら走って逃げればいい。


そうすれば、全員生きて帰れる。

本当に、リュウマの言う裏門が存在するならの話だが…


「…あります、絶対。行きましょう橘さん!」


俺の不安を一瞬で拭い去るように、根拠のない自信で勇気づけてくる。

反射で火傷した拳を握って上へ上げたのか、いたた…忘れてた、と間抜けに呟く声を聞いて、思わず笑みが零れた。


不思議で仕方ない。こいつが言うなら本当に、全部上手くいきそうな気がしてくる。


「今から約5分後に騒音を響かせます。音を聞きつけた警備が追いかけてくると思うので、南くん達は警備が減った隙に入り口から出てください」

「ゴホッ、そんなの!橘やバンビちゃんが危険だろ?!」

「いえ、5分あれば十分です。私はここの内装を知ってますから、人がいなくて入れそうな部屋も熟知してます。私達が遊郭から逃げるのと同時に音を発しますので、心配も無用です!」


シオンが早口で説明を終えたのと同時に、真上の天井からドンッと奇妙な音が響く。

全員で上を見上げた直後、シオンが苦し気な表情で呟いた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?