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No.24 第10話『ざまあみろ』-2



俺よりも視力の良い南が、同じようにシオンを視界に入れて焦ったように叫びだす。

その声を耳にした瞬間、今浮かんだ可能性が間違いではないと確信して、すぐさま最上段から飛び下りた。


震える両手で必死に鍵をかけようとしているシオンの頭上に、鉄格子から伸びてきた汚い手が見える。

駄目だッ、間に合わない――


「シオン!!伏せろッ!!!」


俺の声を耳にしたシオンが、一瞬ビクッと体を震わせる。

頭上に迫っていた危険へ気づいた瞬間、勢いよく上半身を伏せて間一髪で妓夫の手をかわした。


その数秒交えた攻防の隙に、ポケットから折り畳みナイフを取り出す。

もう一度シオンへ伸ばされる汚い腕に向かって勢いよく投げ飛ばした。


「ぐあああッ!クソがあああ゛ッ!!」


真っ直ぐに腕へ刺さったナイフが、怒り狂った妓夫の手によって引き抜かれる。

すぐに来る反撃に備えてシオンの身体を引っ張って抱きかかえ、後方へ下がらせた時だった。


「ッ…出来ました!!」


攻防の間も、諦めずに屈んだまま手を休めることなく動かしていたシオンが、施錠完了の声を発する。

抱えていた身体が安心するように脱力して、膝から地面へと崩れ落ちた。


「殺すッ!!ブッ殺す!!!」


怒りで理性を失ってる妓夫が、火傷と糞尿で汚れた腕を振り回し、唯一手にしていたナイフをシオンの顔に目掛けて投げつけてくる。

シオンの頭を片腕で守り、楽にかわして柄の部分を掴んだ後、直ちにすべき行為へと移った。


「…俺を殺しに来たってことはお前、持ってんだろ」

「ああ゛?!!」

「…脳味噌まで焼けたか?……元々持ってた牢の鍵、こっちに投げろ」

「ハ、ハハハハ!!!今すぐ出てブッ殺してやる!!!」


思い出したように自分の持っていた牢の鍵を取り出して、鉄格子に腕を差し込み錠へ手を伸ばす。

こいつが本当に理性を失ってくれてるお陰で、簡単に鍵を奪い取れた。


伸びてきた糞尿塗れの手にナイフを突き立てて、少しでも動けば指から切断してやる、と呟く。

俺に散々言ってきた台詞を本気の目で言い返された妓夫は、震える手で鍵を手放してその場に崩れ落ちた。


「あとちょっとで…あとちょっとでブッ殺せた…」

「……。」


放心したように目を見開いたまま、妓夫が恨みを零す。

言われた内容には、全くその通りだと同感して肝が冷えた。


本当に、全てが紙一重だった。

あの時シオンが俺の声に反応して避けていなければ…

俺がシオンを抱えて下がらせる直前に、施錠出来ていなければ…


今のこの状態は、絶対に叶ってなんかいなかっただろう。


「ぅ゛ッ……」


後ろから聞こえてきた、声を嚙み殺すような悲鳴に、バッと勢いよく振り返る。

俺から見えないよう隠すようにして背中を向けているシオンが、南から預かったリュックを開けて何かを取り出そうとしていた。


何かを、なんて…目で確認しなくても察しがつく。

すぐさまシオンの前へ回ってリュックを取り上げ、目的の物を代わりに取り出した。


リュウマが入れてくれていた道具のひとつ。

ペットボトルの飲料水を取り出して、透かさずパキッと蓋を開ける。

元々血のりで赤く染まってはいたが、明らかにそれ以外の要因で赤く腫れ上がっている小さな両手に、少量ずつ水をかけた。


「うぁ゛…」

「痛むか?」

「大、ジョブ…です。このくらい…ッ」

「お前……こうなることわかっててやったろ」

「……。」


わざとらしく口笛を吹こうとして吹けていないシオンへ、思い切り眉間に皺を寄せて睨む。

観念したシオンが、そうです…でも上手くいったじゃないですか、と口を尖らせたままゴニョゴニョと呟いていた。


「この程度で済んだのだって奇跡だろ。服に引火してたらお前も終わってたんだ」

「でも手の火傷だけで無事に済んだじゃないですか…」

「鍵もまともに握れねェくらいの火傷な。無事のレベルじゃねェんだよ」


清潔な水をかけながら、わからないなりに怪我の様子を見る。

これから脱出して病院に行くまでの間、シオンには手を使わせるべきじゃない。そう心に刻んで、グッと歯を食いしばった。


「殺す…殺してやる…」


牢の中で、未だに恨みをぼやき続けている妓夫へ視線を向ける。

俺と同じように視線を向けたシオンが、スッと大きく息を吸い込んで口を開いた。


「私は!今までどんなひどい相手にする行為でも!暴力は反対って!思ってました!!」

「……。」


そう叫んだシオンに対して、走馬灯のようにゴミを投げられた記憶や風呂に入れと殴られた記憶や噛み付かれそうになった記憶が蘇る。

おい…と突っ込みかけたが、話の腰を折りそうだったので渋々口を閉じて押し黙った。


「でも!今は違います!!あまりにも残酷なことをしようとする相手には!お灸を据える必要があるって思ってます!!」

「なあ俺には初対面からゴミ投げつけてなかったか?」


やっぱり黙って聞いていられなくなり、眉間に皺を寄せながら尋ねる。


あれは痛くないように細工してたのでノーカウントです、と真剣に呟くシオンに、いや普通に痛かったけど?と間髪入れずに返事をしたが、俺の言っていることは無視したまま再び妓夫に叫び始めた。


「あなたもお仕事で、遊女を逃がした私を捕まえたんでしょう?!そこまではわかりますが、警察に引き渡さず罪人をこんな風に痛めつけて殺すなんて、納得できません!残酷過ぎます!今まで苦しんで死んでいった人たちの分も!報いを受けるべきです!」

「…俺らも犯罪者だから偉そうに言えねェけどな」


ぷくうっと頬を膨らませて、シオンが俺の方へ顔を向ける。

橘さんは私の味方するべきでしょ…と拗ねるシオンへ面倒そうに顔を顰めながら、さっさとこの場からずらかるぞと背中へ乗るよう合図をした。


腰を抜かしていたことに気付かれた腹いせか、背負われた瞬間に火傷をしていない腕の部分で首を圧迫される。

メンタルはいつも通り元気そうで何よりだと内心ほっとして、シオンが戦闘で投げ捨てた複数の道具を回収し、リュックを持ちながら立ち上がった。


「えっと…だからその…もう!橘さんが変な合いの手入れるから言いたいことわからなくなったじゃないですか!!」

「俺の所為かよ。……おい、耳貸せ」


長々と捨て台詞を言うシオンへ、短くて簡潔に済む言葉をボソボソと伝える。

後ろから身を乗り出して俺の口元に耳を寄せていたシオンが、見たこともないような悪い顔をして頷いた。


2人揃って、恨みをぼやき続ける妓夫に顏を向け、大声で叫ぶ。


「「ざまあみろ!!!」」


相手の反応を見ることなく、その場からすぐに駆け出して階段を上る。

一番厄介な妓夫は何とか出来たが、ここからの問題も山積みだ。グズグズなんてしていられない。


「橘!バンビちゃん!開いた!!いつでも行けるぜ!!」


脱出の方法を脳内で組み立てている途中、最上段から南の声が響いてくる。

それに反応したシオンが感極まって、涙ぐみながら俺の耳元で叫びだした。


「南くん!さすがです!!助かりました!!」

「へへっ、だろ!」


本当に頼もしい2人で助かった。これなら脱出できるかもしれない。

そう……希望が湧いた時だった。


「ッ……南?!!」


開錠してこちらへ嬉しそうに報告していた南の後ろに、黒い人影が見える。

地下への扉を開けて入ってきた何者かが、南の後ろから腕を伸ばして腹の辺りを抱え込んだ。


「わっ……橘ッ!!」

「待てッ!!やめろ!!!」

「南くんッ!!」


階段の半ばにいた俺とシオンを残して……


最上段にいた南は、何者かに外へと連れ去られた。

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