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No.20 第8話『結び』-2



「おい、嘘だろ……」


信じられない光景に、一瞬頭の中が真っ白になる。

幻覚を見てるんじゃないかと自分の目を疑ってシオンの方に視線を向ければ、同じものが見えているのか絶句した状態で目を見開いていた。


そんな俺たちに向かって歩いてきた人物が、嘘ではないと言いたげにこちらへ手を振り始める。

思わず鉄格子に勢いよくしがみ付いて、爆音を響かせる心臓を抑えるためにその人物へと両腕を伸ばした。


「南ッ!!!」


小さい身体を掴んで引き寄せて、鉄格子を挟んだ状態で抱き締める。

ドッドッと異常に早い心音に、大丈夫だ、まだ南は無傷だ、と必死で自分に言い聞かせた。


「あ、この人が橘のバンビ?」

「何でッ、お前がここに?!1人か?!」


落ち着けとでも言うかのごとく、小さな手が俺の肩を叩く。

この状況がどれだけヤバイ状態なのか理解出来ていなさそうな南が、シオンを指差して可愛い!橘すげェな!と笑いだした。


「お前!どうやってここに来た?!」

「ケホッ、ここな!小さい穴あんだよ、あそこ!俺しか通れねェくらい小さい!たぶんバンビちゃんもギリギリ無理だな」


南が指差す先に視線を向けたが、牢の中からは丁度死角になっていて見えない。

ただシオンが通れないくらいの大きさの穴、という情報だけでおそらくだが何に使う穴なのかはわかる。


牢の中に転がっている死体を解体して、その穴から外へと出す。

つまり、秘密裏に死体処理をする目的のための穴だろう。


そんなとこから入ってきたことも、凄惨な地下牢へ1人忍び込んできた事実にも、ひどく胸が締め付けられる。


笑ってはいるが、鉄格子を挟んで抱き締めた身体がほんの微かに震えていて、もしかしたら南は現状を理解した上でやっているのかもしれないと思った。


「そしてぇー!じゃじゃーん!鍵もあんだぜ!すげェだろ!!」

「…ッ!!」


南が背負っていたリュックの中から、鍵が複数付いたキーホルダーのような物を取り出す。

展開についていけず目を白黒させていたシオンが、素早くそれを受け取って錠のある鉄格子付近に腕を突っ込み鍵を試し始めた。


再び南の身体に目線を向ければ、胴の辺りに巻きつけられているロープと首から下げている笛が目に入る。

これはどうした?と尋ねれば、よく聞いてくれたと言わんばかりにVサインをして、胴に巻かれたロープを指差し説明を始めた。


「俺に何かあった時はこの笛吹くことになってんだ!そしたら谷さんがこのロープ外から引っ張ってくれるんだぜ?ゴホッ、だから俺の脱出も完璧!」

「んな危険なことやってんじゃねェよ…お前ら見つかればどうなるかわかってんのか?」

「今は深夜で警察がすぐ来ない可能性高いから、殺されずに逃げ出せんのは今だけだってリュウマが言ってた!」


だから危険でも、今のうちにみんなで協力して助けよう!ってなったんだぜ?愛されてるよなぁ、橘は!


そう笑いながら言った南が、再び鉄格子ごと俺に抱きついてくる。

生きててよかった…と零した声がまた微かに震えていて、再び痛いくらい俺の胸を締め付けてきた。


「遊郭の場所教えてくれたのと、道具用意してくれたのはリュウマなんだぜ?ゴホッ、それから谷さんが偵察して、上から下に繋がるこの地下牢の穴見つけてさ。そっからバンビちゃんの声聞こえて、居場所つきとめてくれたんだ!」

「…!」

「その間に楼主っぽい人からあの鍵掏ったのは兄ちゃんで、兄ちゃんが掏りやすくするために楼主惹きつけてくれたのは梅!」


格好良いだろ俺たち!早業だぜ!


そう誇らしげに南が言い放った瞬間、ガシャンッと牢の錠が落ちて扉が開く。

ありました!牢の鍵!と叫んだシオンが複数連なった鍵を自分のポケットに仕舞い込み、急いで外へと飛び出した。


南を勢いよく抱え込み、焦ったようにロープが続いている先の穴へと引き摺っていく。

本当は持ち上げて走りたかったんだろうが、軟弱な腕の所為でどう頑張ってもモタモタとふらついていた。


「南くん本当にありがとうございます!!でも危険です!今すぐ戻ってくださいッ!!」

「ゴホッ、バンビちゃん待って!まだ話が!」

「絶対に橘さんは死なせないです!生きて帰します!!だからお願いッ!安全なところに戻って!!」


小さい子どもまで危険な状況に巻き込んでしまっている。

その現状に堪えられないのか、シオンがガクガクと震えながら涙を零して必死に叫んでいた。


すぐに後ろから追いついて南を抱き上げる。

シオンがやろうとしていたことを俺が引き継いで穴の付近へ下ろした瞬間、南がリュックを逆さまにして中身をばら撒き、シオンへ微笑んだ。


「俺が話あんのはバンビちゃんだぜ?ったく、心配性な姫様だな!」

「へ…?」

「リュウマが用意してくれた道具!使えるかはわかんねェけど、無いよりはマシだから渡せって!下流の俺らよりはバンビちゃんの方が使い方わかるだろうからバンビちゃんにって!」


散らばった複数の道具を見て、シオンが数秒固まる。

道具の名称を順に小さく発した直後、頭の中で整理出来たのか、ありがとうございます!わかりました!と返事をして、リュックの中に戻す物とポケットに入れる物、手で持つ物に振り分けていた。


「橘さんにはこれを渡しておきます!私よりもきっと使いこなせますから!」


唯一俺へ手渡したのは、さっき警備の奴から投げられた物とよく似た折りたたみ式のナイフだ。

俺が手に入れていたナイフは拘束時に奪われたから助かった。


他の物に関しては一見ロープ以外何の役に立つんだよと突っ込みを入れたくなるような物ばかり入っていた。


急遽掻き集めたのだから仕方がないが、荷物になるだけじゃねェのか?と首を傾げる。

そう思っていた俺とは対照的に、シオンは南の目線へ屈んで、本当に助かります…と心からお礼を述べていた。


「ゴホッ、あとこれは俺から!もう俺は谷さんとこ戻るから、バンビちゃんにあげる!」


南が首から下げていた笛を外して、シオンの首へとかける。

受け取ったシオンはありがとうございます…と南を抱き締めて、すぐに切り替え立ち上がった。


「橘のこと…頼んだぜ」

「はい…絶対に守ります」


南へそう誓ったシオンに左手を掴まれ、ぎゅっと強く握られる。

俺が守られる方かよ…と内心突っ込みを入れる反面、場違いに胸の辺りが温かくなった。


初めての感覚のはずが、こうやってシオンに手を握られるのは初めてじゃないような気がして不思議に思う。


そんな経験はないのだから記憶になんてあるはずがない。

けど忘れてしまっているだけのような気がして変な感覚に陥った。

胸ポケットに入れている何かが、ずっと熱い。


「さあ、南くん急いでください!安全なところに!」

「俺は絶対帰る。だからすぐに花街から出ろよ」

「おう!じゃあ谷さんとこ行ってく……る」


南がロープを手繰り寄せて引っ張りながら前に進んだその時、本来ならあり得ないことが起こった。

持ってくれているはずの谷さん側のロープが、スルスルと地下牢の穴へと落ちてきて端が見える。


「……え?」

「…こ、れ……どういう」

「ッ…!!谷さん?!!」


異変を察知した瞬間、勢いよく穴に向かって叫び谷さんの安否を確認する。

耳を澄ませば、僅かだが遠くから喧騒が響いていた。


「まずいッ、谷さんが危ない!」

「出入り口の鍵もきっとあります!すぐここから脱出して……ッ!!」


その場から駆け出そうとしたシオンが、急に足を止めて言葉を詰まらせる。

視線の先を追って原因を見つけた瞬間、最悪のタイミングだと奥歯を噛み締めた。


「おいおいおい、下流のチビが増えてんなぁ!切り刻む楽しみが2倍になっちまう!」


鋸を持ったあの妓夫が、出入り口の前に立ちはだかっている。

ビクッと震えた南の肩を抱き寄せて、1歩前にいたシオンの腕を引っ張って下がらせた。


どうすればいい…

どうすればこいつら守りながら逃げられる…


どう動いても詰む光景ばかりが浮かぶ中、妓夫の下卑た笑いが地下牢に響き渡った。

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