「お前ッ!何人追われてんだよ!!」
「頭打ってから追いかけられたので記憶が定かじゃないんですが!たぶんあのー……うん」
「何人?!」
「大きい遊郭の警備してた人全員!」
「クッソ!!」
また飛んできた小型のナイフを避けて右手で掴む。
今度は死角側じゃない右から飛んできたことで怪我なく済んだが、これで間違いなく確定した。
複数人。しかも飛び道具持ちの奴らに追われている。
投げられたナイフはご丁寧に折りたたみ式のものだったので、ありがたく収納してポケットに突っ込んだ。
その俺の行動を見た相手が悔しそうに顔を歪めた後、首から下げていた笛を咥えて大きく吹き鳴らす。
遠くに見えていた鳥居の前に、ザッと男が複数人姿を現した。
複数から追われている事実を知って予測してなかったわけではないが、やっぱり先回りして唯一の出入り口に待ち伏せされていた。
「最ッ悪!」
だからといって、ここ以外逃れる場所なんてない。
路地裏に逃げ込もうが袋の鼠になるのが落ち。一般客の人目がない分、やられる暴行もえげつなくなる。
それなら、一か八か。
ここ突っ切る以外方法なんてねェだろ!!
「血のりッ!もうねェのか?!」
「え?!たぶん1つだけ残って…あ、あります!衝撃を与えるとすぐに破けちゃいますが!」
「んなことそのなり見りゃわかる!!貸せ!!」
女が服の中から取り出した血のり入りの球体を奪い取り、正面から向かってくる男の顔面に投げつける。
その隣から向かってきた男には飛び蹴りをする形で突っ込み、包囲の空いた隙間の先に鳥居の奥が見えた。
いける!!
そう、確信した時だった。
「う゛!!!」
「ッ…!シオン!!」
後ろから引っ張られる感覚に振り向けば、女の細い首に輪っか状の紐が掛けられていた。
輪投げの要領で引っ掛けたんだろうが、透かさずナイフを取り出して男の手に繋がっている紐を断ち切る。
すぐに反応出来たことで女の呼吸は正常に保てたが、一瞬足を止めてしまったことが仇になった。
「橘さんッ!!」
俺の頭に向かって飛んできた石を、女が小さな両手で庇おうとする。
石の大きさから察するに、どう考えても女の手が無傷では済まない。
良くて打撲、悪けりゃ粉砕骨折。
そう判断した刹那、ほぼ無意識に女の両手を掴んで身を屈めていた。
女の身と自分の頭上に意識が集中していた所為で、足元に差し込まれた棒にバランスを崩して転倒する。
女の首に細工をされたあの時点でかなりの人数に追いつかれていた。
左腕に抱えていた女は無事かと確認した頃には、俺たちを包囲するように大柄の男7人が立ちはだかっていた。
「やっと止まりやがったかこの罪人が…」
ゆっくり近づいてきた1人の男が、俺の髪を鷲掴んで地面へと押さえつける。
こっから逆転する方法を何とか頭の中で繰り広げて試行錯誤するが、どの方法も失敗する光景しか脳裏に浮かばなかった。
だとすれば、これから待ってるのは死ぬほどきつい拷問だろう。
警察に引き渡されて死刑の方がマシだと感じさせられるくらいには、痛めつけられて殺される未来が待っている。
せめて女だけでも逃がせないか…
俺の頭を掴んでいる男へ、やめて下さい!と勇敢に叫んで噛み付こうとしている女に視線を向ける。
抵抗すればひどい目に合う矛先が自分へ向くとわかっていて、それでも俺を庇い暴れようとする女に…絶対何とかしてやる、と歯を食いしばった。
「そいつは上流階級の令嬢だぞッ!!」
「ッ…何?!」
「手上げた奴はそいつの親に命狙われると思え!!専属の殺し屋も雇ってる家系だ!!指一本触れるな!!」
俺の叫んだ虚言をまんまと信じた男が、女を殴ろうとしていた腕をピタッと止める。
振り上げていた腕を止めた拍子に俺の髪を掴んでいた力も緩んで、隙を見逃さず男の手から離れ、もう一度周囲に向かって聞こえるように叫んだ。
「上流階級の御令嬢に!!中流階級のテメーらが暴行したなんて知れたらどうなると思う?!」
出来るだけ遠く離れた一般客達の耳にも入るように、状況をわかりやすく説明する。
話を聞きつけた何も知らない奴が警察に通報してくれれば御の字。女の命は助かる。
俺が拘束死刑になろうとも、このまま2人で嬲り殺しにされるよりはマシだ。
そう強く思いながら、女と怯んだ男の間に自分の身体を差し込み、危険から遠ざけた時だった。
「…絶対殺す」
最悪のタイミングで、俺が気絶させた妓夫の男が身体を引き摺って姿を現した。
頭から血を流している妓夫が、俺の目を見て殺意に満ちた声で叫びだす。
「下流のクソ野郎が!!楽に死ねると思うな!!頭の天辺から足の先まで体中生きたまま切り刻んでやる!!」
「待て…!この女は上流階級だとこいつが…」
「んなもん嘘に決まってんだろ!!ボディガードも同伴させてねェ上流階級がどこにいる?!」
「…!!」
「髪も短ェ御令嬢なんかテメー見たことあんのか?!」
「ない、な…」
「チッ、こんなしょーもねェ嘘に怯みやがって…」
捕らえろ。後で俺が嬲り殺す。
そう低く呟いた男の声を皮切りに、一斉に身体を組み敷かれる。
声を出せないよう口に手拭いを入れられたが、女だけでも逃がそうと全力でもがいて身体を翻す。
女に覆いかぶさる男へ体当たりする直前で、腹に思い切り一撃を食らわされ、抵抗も虚しく膝から崩れ落ちた。
クソッ、どうすることも出来ねェのか…
そう一瞬諦めかけたその時、聞き覚えのある声が一般客のいる遠くから叫ぶように聞こえてきた。
「い、違法だ!!違法拘束だ!!嬲り殺すって俺聞いちゃった!!」
「……。」
「警察に引き渡さねェのは違法拘束だぞ!!今すぐ通報してやる!」
「おい、そこのうるさいテメー……どこの店のもんだ」
「お、俺の店はどうでもいいだろ!それよりあんたんとこの店は違法営業してんのか?!ど、どこの遊郭かもわかるぜ!!あのでっかいとこだろ?!通報してやるッ!」
ざわつく群集の中で微かに見えた若い衆の姿。
メガネをかけたあの男が、血相を変えてその場から逃げるように走り出した。