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No.15 第6話『花街』-3



「梅、誘導尋問ってどういう意味か知ってるか?」

「誘導尋問?……明確な意味は私にもわからないね。直訳するなら誘導する尋問なんだろうけど」

「質問するやつが答えてほしい内容に誘導していくってことだろうが…洗脳とはまた意味が違うのか」

「どうだろうね…。またお客にどういう意味か聞いてみるよ」

「おう、助かる」


いつも知識や情報を入手してくれる梅には本当に頭が上がらない。

梅がいたお陰で学歴のない俺でも何とか世の中を理解して生きてこれたんだと思う。


算数の出来ない下流階級の人間から、騙して価格よりも多く紙幣を支払わせる人間だって相当数いる。

俺たちが詐欺に合わずに生活が出来てんのも、梅がこうやって面倒を見てくれているからだ。


「他には?まだ聞きたいこと溜まってたんじゃないのかい?ここへ来たの久しぶりなんだから」

「ああ、あと1個。……墓穴は?」

「……?何だい?」

「墓穴掘っちゃった、って…どういう意味」


小さい声で尋ねたせいで、1回目の質問は聞き返される。

2回目に発した声はかろうじて聞き取れたみたいだが、面食らったような顔つきでこちらを凝視された。


「……その言い方から察するに、女から言われた言葉なのかい?」

「…そうだけど」

「へえ……下流階級の女じゃなさそうだね」

「んなこたどうでもいいだろ。梅は意味知ってるか?って聞いてんだよ」

「……知ってるさ」


でも教えない。


そう素っ気無く返事をされて、平仮名を書いていた紙から目線を外して梅の方を見る。

下を向いて花札の準備をしている梅へ、何でだよ、と問いかけても一切こちらを見ようとしてこなかった。


それどころか、返事すらしようともしない。

意味がわからず、少しずつ眉間に皺が寄っていく。


何か答えにくいような…まずい内容の意味だったのか?と思い悩んだところで、急に梅がヒントだとでも言うかの如く別の話題を切り出し始めた。


「それを教えてやれない代わりに、この花街の入り口にある鳥居について教えてやるよ」

「…?」

「赤くてでっかい鳥居。何で花街なんかにあるんだって不思議だったろ?」

「…?ああ、まあな」


手札を配る作業を藤へ任せて立ち上がり、梅が俺の隣へと戻ってきて座り始めた。

帯の隙間から何かを取り出して目の前に出され、思い切り首を傾げる。


「何だこれ」

「えんむすびのお守りだよ。変わった形してるだろ?月を模してるのさ」

「へえ」

「この花街はね。元々はえんむすびの神様がいたところなんだそうだよ。だから入り口にあの鳥居が残ってるってわけさ」

「ふうん」

「このお守りはあんたにあげる」


適当に相槌を打っていたら、胸ポケットにお守りを突っ込まれた。

何で、と言い返す前に梅が立ち上がり、藤と南の方へと戻っていく。


「梅のだろ、これ」

「そう。私が買った。だからあんたにあげるんだよ」

「…?」

「ご利益あるといいけど」


全く意味のわからない梅の言動に、もう一度お守りを取り出してじっと眺める。

黄色い満月の形をした変なお守りを観察して、再度首を傾げてから胸ポケットへ戻した。


今まで、梅が知っていることを教えてくれなかったことなんて一度もない。

そんな意地の悪いことをするような奴ではないし、ましてやへそを曲げたように無視をしたことなんてさっきの時以外一度もなかった。


たぶんよっぽどの、ひどい内容だったんだろう。

えんむすびの神様話なんかよりも、よっぽどそっちの方が気になる。


「それで、何で教えてくれねェんだよ。墓穴の話」

「橘、鈍感すぎるよ」


驚くほど眉間に皺を寄せた藤に、軽蔑したような眼差しで突っ込まれる。

信じられないというような動作で首を左右に振っていた。


「兄ちゃん、えんむすびって何だ?」

「耳貸して南」


本当にこっちへ聞こえないよう耳打ちし始める兄弟。

藤の話を聞いた後の南の表情が、みるみる俺を軽蔑するような表情へと変化していった。


「ゲホッ、橘……女心の勉強しようぜ」

「クッソ腹立つなお前ら」


梅が教えたがらない理由をわかった上で、尚も俺には教えようとしない2人にイライラが増す。

出来るだけしないように気をつけていた舌打ちをして、残りの平仮名を書ききり梅の方へと持って行った。


「何が悪かったのかはわかんねェけど……ごめん。悪かった」

「ふっ…いいさ、今はわかんなくても。……うん、綺麗な平仮名だね。全部間違ってない、合ってるよ。さすがだね」

「…お前らが花札やってる間に谷さん探してくる」


障子を開けて出て行こうとする俺の後ろから、えー橘も花札やろうよ!という藤の暢気な声が聞こえてくる。

振り向き様に中指を立ててふざけながら舌を出せば、ガキなんだからもーと呆れたように笑われた。


楼主が帰ってくる前に谷さんを連れて来た方が、まだまだ遊びたいあいつらにとっては都合が良いだろう。

安全に長居出来る状態を確保するため、裏口から外へと足を踏み出した時だった。


「…!!」


真っ赤な液体が、地面に落ちて点々と続いている光景。

それは怪我をした何かが身体を引き摺るように通って行った痕跡のようで、得体が知れず薄気味悪かった。


どう考えても、厄介事の臭いがする。

にも関わらず、この時の俺は怪我をしたものの正体を確かめるように足が動いていた。


普段の冷静な自分なら、絶対に後を追いかけるようなことはしない。

真っ先に藤と南の元へと戻り、この場から離れるよう促して指示を出していただろう。


どうして血痕の跡を辿って追いかけたのかと問われても、何一つ明確な理由はわからなかった。

追いかけた先に倒れている何かを助けたかったからだとか、怪我をした何かの正体を知りたかったからだとか、そんなことは一切頭の中には存在しなかった。


ただただ、胸から響く心臓の音が早くなって、急げ急げと急かすように音量が増していく。

店の裏口から少し離れた路地裏まで走ったところで、血痕のような赤い跡は急に途切れていた。


人目の少ない、死角になっているような物陰辺りを探し回る。

取り憑かれたように勢いよく駆け出して、古い建物の角を曲がった瞬間…


「ッ…!!」



血塗れになっているあの女が……意識も無く、軒下で地面に蹲って倒れていた。

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