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No.13 第6話『花街』-1



8割以上が遊郭を占める、赤色の光で花やぐ街。

その入り口に不釣り合いな大きい鳥居をくぐって、いつも通り行きつけの店へと歩き出した。




第6話『花街』




この街では非常に珍しい、青色がメインの内装。

それを眺めながら、無意識にほっと一息ついて肩を下ろす。


最初に店へ入り奥まで走って行った南が、楽しそうに笑いながら梅の手を握って戻ってきた。


「俺たちの姫様連れてきたぜー!」

「いらっしゃい。橘、藤」

「梅さん、こんばんは!お久しぶりです!」

「こんばんは、藤。ささ、暑かったろ。中へお入り」


花街にいるにしては地味な着物を身に纏い、俺たち3人を奥の部屋へと案内しようとする梅。

いつも通りと言ってはなんだけど閑散としている店内で、本当に俺たちの相手をしていて大丈夫なのかと心配になった。


「…前より客減ってねェか?」

「まあここは春を売ってないからね。普通の男性客は遊郭に流れるもんさ」

「酒飲ませて金とるのが仕事だろ?唯一飲む谷さん今別の店行ってっけど良いのかよ」

「あんたに飲ませりゃ問題ない」

「飲まねェって」


酒代はねェんだよ。


そう困った顔で呟きながら、ポケットに入れていた下流階級の紙幣を手渡す。

受け取った梅が軽く指で数えて確認した後、確かに、と微笑んで着物の胸元に差し込んだ。


完全に紙幣を隠しきった直後、店の奥でドタバタと騒がしい音が響き始める。

奥から慌てて出てきたメガネの男が、裸足で自分の下駄に躓いて豪快に転んでいた。


若い衆の新人だろうが、どんくさい男だな…

何度かこの店には邪魔してるけど、その度にこの男が転んでいるのを目撃している。


今日で通算3回目だ…下手すると藤よりどんくさい。

同じ事を思っていたのか、藤が隣から僕よりヤバイ人いる…と指を差して耳打ちしてきた。


やっと下駄を履いて近くまで走ってきた男に、梅が何かを耳打ちし始める。

すると慌てていた顔が急に青くなり冷や汗まで流し始めて、短期間でコロコロ変わる表情に、南がおもしれー!とケラケラ笑い始めた。


「いや梅さん!酒飲む人いなきゃ流石に中は通せねェよ!!」

「リュウマのくせに言うねー。自分は仕事ほっぽって裏で休憩してたくせに。1時間前に私が客から代わりに金受け取ってやったことチクッてやる」

「~ッ、おいお前たち!いつもの酒飲む男はどうした!」

「違う店行ってんだよ」

「あのなぁ!こっちはいっつもあの親父1人分の酒代でお前らガキんちょ3人分も負けてやってんだぜ?」

「ゴホッ、兄ちゃん、俺たち何も食ったりしてねェよな?」

「もちろん。僕たちお金ないもん」


南と藤の会話を聞いて急にメガネを外しだした男が、片手を両目へ当てて真上を向く。

中流階級の男だが涙脆いのか、一瞬言葉に詰まってから気を取り直してメガネをかけ正論を言い始めた。


「飲食してなくても部屋代っつーか女代っつーか…あああ゛もうとにかく!うちの楼主が死ぬほど優しいから許してもらえてんだよお前ら!それを更に酒飲まねェなんて許されるわけないだろ!」

「女の私が3人まとめて相手でも構わないって言ってんだよ?」

「部屋行って花札するだけでしょう偉そうに!」

「ピーピーうるさい男だね。大好きな楼主様は留守だろ?あんたが黙ってりゃわかんないよ」

「あ゛ー!もうどうなっても知らねェかんな!」


最終的に若い衆の男が折れて、奥にある部屋へと案内される。

ついでに楼主が帰って来た時は障子を3回叩くから、裏口からこっそり出て行けと説明された。


どんくせェけど無駄に親切だなこいつ…

助かったと一言だけ例を述べて座敷に上がる。


その数秒後、俺の靴をビニール袋に入れて手渡され、ヤベー時は窓から逃げれるようにしとけと世話を焼かれた。

どっかの中流階級女と似てんなこいつ。


「リュウマさん、ありがとうございます!」

「ケホッ、リュウマ!サンキューな!」

「うるせェ!!歓迎してるわけじゃねェかんな!!ったく…」


パシンッと障子が閉められた直後、またあの男がスッ転ぶ音が聞こえる。

別の部屋の障子に穴でもあけたのか、おんぎゃあああ!と聞いたことも無いような叫び声が聞こえてきた。


「…あいつこの仕事辞めた方が良くねェか?」

「なんか訳あって花街でしか働けないみたいだよ」

「…?中流階級なんだからどこでも働けんだろあいつ」

「さあねー。…中流階級にも、私らの知らないルールがあんのかもしれないね」


俺と梅が話す後ろで、藤と南が腹を抱えて畳に転がっている。

ヒーヒー笑いながら、僕あの中流階級の人好きかもーと涙まで出し始めた藤に、俺もー!大人になったらあの人指名したい!と南が共鳴して、兄弟揃って失礼極まりない会話をし始めた。


「ふっ、さあさあ2人とも。笑ってないで花札と布団の準備しな」

「はーい!……ついに谷さん抜きで無賃利用し始めちゃったね、僕たち」

「一緒にすんな。俺は払ってんだろ」

「えー、橘のは酒代じゃないし店には一千も入んないじゃん。無賃と同じ!悪いことしてる!」

「兄ちゃん、ゴホッ…橘はいっつも何代で梅に支払ってんの?」


押入れから布団を引っ張り出してきた藤へ、花札を取り出してきた南が問いかける。

きっとイヤラシイ理由で支払ってんだよ無視しな、と小声で耳打ちしているのが聞こえて、後ろから藤の頭に座布団を投げつけた。


「情報代と知識代かね?例えるなら」

「じょうほうだい?と、ちしきだい??」


純粋な眼差しで首を傾げて質問を返す南に、もっと理解しやすい言葉はないかと梅が数秒考える。

ああ、と手を合わせて思いついた梅が、南の持っている花札を手にとって指を差した。


「南はこれをするために出来役を覚えて、点数も覚えたろ?」

「おお!月見で一杯は5点だ!」

「そう。それを覚える前に数字を覚えたろ?足し算も最近は出来るようになった」

「うん!ゴホッ、梅に教えてもらった!」

「そうやって色々知ったことが知識だよ」

「…!」


理解した途端、慌てたように梅の手を握りだす。

心底申し訳なさそうに梅の目を見た後、少し俯きながら声を発した。


「ごめん、梅…。俺、知識代…払えない」

「ああ、そんなこと。…南は男前だからサービスしてんだよ。来てくれるだけで十分さ」

「俺が不細工だから金取ってるみたいな言い方してんじゃねェよ」

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