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No.6 第3話『下流階級』-2



「もうギブか?」

「ッ…全然、ギブじゃない」

「藤、無理すんな!こっからキツイぞ!」

「谷さん1人でやらせる気なら今すぐ運転代われよ。足引っ張んな」

「おい橘、今日なんか当たりキツくねェか?何かあったか」


藤の背中を摩りながら言われた一言に、別に…と顔を逸らして小さく零す。

着いてからいつまで経っても仕事を始められない2人の代わりに、薬剤を入れていたタンクを車から下ろして準備を始めた。


捨てられている遺体があるかどうかを目視せずとも、腐敗した肉から漂う死臭で、必ずそれがゴミ捨て場の中にあることは認識出来る。


中流階級の住宅街とは違い、ゴミが山積みになっているゴミ捨て場へ足を進めようとした時だった。


「僕がやる。橘、ごめん」


ふらつく足取りで俺を追い抜かしていく後姿。

それを追いかけるようについてきた谷さんが、お前昨日の昼間から様子変だぞ大丈夫か?と俺の肩に手を置いて呟いた。


どう考えてもあいつの方が様子変なんで行ってやって下さい、と言い返せば、困ったように後頭部を掻いて谷さんが藤の後を追いかける。


「絶対途中で手止まるんで、そん時は言って下さい。俺、運転席にいるんで」

「ああ、わかった」

「谷さんも……辛かったら言って下さい」

「……ああ」


わかった。と再度呟いた谷さんの声はもう既に震えている。

本当にこの2人へ任せて大丈夫なのかと眉間に皺が寄るが、再度溜息をついて運転席へと戻った。


下流階級のゴミ捨て場は、ゴミと同じように亡くなった遺体も混ざり山積みになっている。

その中からまずはゴミを運び出して収集し、途中で出てきた遺体は規定の薬剤をかけて軽く溶かし、車の後方にある古い圧縮プレスで収集する。


遺体の数が多く薬剤が底をつけば、古い圧縮プレスで細切れになれるよう自力で軽く分解してから車後方へ投げ込む必要がある。


遺体が出た時点で、そもそも藤がここまで運んで来れるとは思えない。

非力さという点でも不可能。初めて死体に直面してショックを受けるという点でも不可能。


それから、もう1つ。

それに関しては、藤だけじゃなく、谷さんも同じ理由で不可能だ。


下流階級のゴミ捨て場に捨てられている遺体の多くは…


「橘!ごめん!ちょっと来て!!」


窓ガラスを乱暴に叩きながら、焦った様子で藤が叫ぶ。

予想していた通りのことが起こって、すぐに車から飛び出しゴミ捨て場へと向かった。


山積みになったゴミの中から少しだけ覗く遺体の顔。

青白く痩せ細ったその顔は、おそらく南よりもずっと幼い、下流階級施設に移りたての年齢…5歳の子どもだ。


「橘!谷さんが!」

「……。」


下流階級のゴミ捨て場に捨てられている遺体は、幼い子どもが圧倒的に多い。


理由は大体推測できる。

5歳までは比較的安全に過ごせる乳幼児施設から、俺たちの住むような施設に移されるからだ。


俺たちの居住している施設では谷さんがいるから、幼児の死亡率は他の施設に比べて圧倒的に少ない。

餓死もない暴行もない。死ぬ子どもの大体が金の問題で病院にかかれず病死してしまうケース。それは稀だ。


じゃあ谷さんのような人がいない別の施設ではどうなるか。

家族もいねェ、守ってくれる人もいねェ施設に下流階級の子どもが投げ出されればどうなるか。


政府は知った上でこの制度を作っている。

幼児が死んで施設に空きが出れば、また次の5歳児をそこへ移らせる。


下流階級の子どもの命なんてゴミと同じだと思ってんのか?

違うと言われても信じられるわけがない。


実際に多くの子どもがゴミと同じように捨てられ、山積みのゴミの中で死んでいる状態なんだから。


「谷さん…代わります」

「ッ…橘」

「でかいのは谷さんいけますか?」

「……いや、子どももやる。俺が全部…」

「待って谷さん。僕がやる」


この際だから、今日は谷さんが運転にしようよ。


そうはっきりと言い放った藤が、強い眼差しを俺に向けてくる。

身体の震えが止まらなくなった谷さんの肩へ手を置いて、これからは僕に任せて。と優しく呟いていた。


いつもの藤なら顔を青白くさせて気絶すらしかねない状況。

それでも両手を震わせながら、大人の遺体を運ぼうと両足を掴む姿を見て、今日の藤は本当に別人のように感じた。


藤、待て…と小さく漏らす谷さんの胸ポケットに車の鍵を押し込み、交代だそうッスよ、と無理やり笑顔を作ってみせる。


「俺がやります」

「ッ…橘1人じゃ無理だろ」

「今のところ藤もやる気なんで。…万が一、藤がギブってももう俺18なんで」


もうあの頃の…仕事始めたての時の、非力な子どもじゃないんですよ。


そう俺が呟いた瞬間、谷さんの表情が辛そうに歪んでいく。

たぶん5歳の頃の、初めて仕事をした時の俺を思い出したんだろう。


その記憶を掻き消すように、今の俺はもう何とも思ってないと表現するように、軽く笑って見せた。


「もう大人の遺体すら余裕で持ち上げられるんで」

「橘、俺は…」

「谷さん顔色悪いですよ。さっき藤が血相変えて呼びに来た時、本当は倒れかけたんでしょ?俺が来た時はもう立ち上がってたけど…そんなんバレますよ」


俺に姫抱きで運ばれたくなかったら、大人しく行って下さい。


トンと、背中を押しながら言ったことで、谷さんが震えた声でわかったと呟く。

橘、大きくなったな…と小さく漏らした声には、また喉に何かがつっかえて、聞こえてないフリをした。


車へ戻る谷さんを見送り、先に大人の遺体を引き摺ろうとする藤を止める。

まずは細かいゴミを収集車に運んでから遺体の処理だと声をかけた。


「…谷さん。いつもあんな調子だったの?」

「子どもが出るとああなる。大人は平気だから、俺が先に仕分けして、大人運んでもらってる間に子どもの処理すんだよ」

「谷さんに見えないように…?」

「ああ…」

「それにしては、これ…ッ、多すぎ…ない?」

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