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No.3 第2話『うるせェよ』- 1



物心ついた時からこんな生活を続けていたら、誰だってこんな環境に麻痺してくる。

実際に俺だって、ガキの頃はこれが当たり前なんだと気にも留めていなかった。




第2話『うるせェよ』




「テメー!ブッ殺されてェのか!!」

「テメーが先に俺の飯に手つけたんだろーが!!」

「お!喧嘩か喧嘩か?よーし張った張ったー!どっちが先にゴミになるか賭けろ!!」


急遽始まった殴り合いの勝敗に少ない手持ちを賭けて煽る声。

それらの騒音を耳にしながら舌打ちをした後、はあっとでかめの溜息をつく。


大部屋の室内で行われるしょうもない喧嘩と博打に嫌気がさしながら、黙って今日の分の配給されたパンを口に入れた。


「大人になったね、橘。前の橘ならあそこにうるせェ!!って乱入してただろ」

「ガキの頃の話なんて覚えてねェな」

「ほんの1ヶ月前の話だよ橘」


残念だけど。とからかうように笑う藤へ、うるせェという意味を込めて軽く肘で肩を小突く。

男のくせにパンを千切っては上品に口へ運ぶこいつを見て、更にはあっと溜息が漏れた。


「なよなよしてるテメーよりはマシ」

「なよなよじゃない。上品って言えよ、乱暴者」

「乱暴なんてガキの頃以来覚えがね……ッ!テメー!!危ねェだろ!!」


乱闘騒ぎの方向から藤の頭上へ飛んできたガラス瓶。それを藤の頭を掴んで下げさせ、間一髪でかわす。


苛立ちのままに殴り合いをしている2人の頭を蹴り飛ばし、静かにさせた直後、後ろから藤の「あーあ、ガキに戻っちゃった」と暢気な声が聞こえてきた。


「飯も黙って食えねェ奴静かにさせて何が悪い」

「暴力は駄目だろ?」

「ここにいてそんな甘ェこと言ってんのお前ら兄弟だけだろ」

「南もそうだけど、谷さんだってそうじゃない?」

「……。」


谷さんは違ェだろ…と言いかけた言葉を、一瞬迷った後、口を閉じて押し黙った。


たぶん谷さんがお前らとは違うことを、谷さん自身は他の人間に言われたくないだろう。

そう思って、俺だけが知っている谷さんの一面は隠し通すことにした。


「あ、南!谷さん!お帰り!」

「兄ちゃん!ゴホッ、ただいま!」


藤の視線の先に、南と谷さんが手を繋いで姿を現す。

埃を吸って喘息を起こし、小さな背中を丸める南を横目に、絶対暴れんなよと室内の連中に睨みを利かせてから元の場所へと戻った。


「悪い、藤。遅くなったな」

「ううん、南を迎えに行ってくれてありがとう谷さん。助かったよ」


歳の離れた8歳の弟へ微笑みながら、背中を摩ってやっている藤。

よくもまあこんな純粋な兄弟が下流階級なんかに生まれたもんだと呆れかえる。


俺や谷さんがいなけりゃ、こいつらはこの歳まで生き残ってやしないだろう。

はっきりとそう断言出来るほど、ここ下流階級の暮らしは甘くない。


下流階級の人間は、政府から無料で住める場所…施設の部屋を提供される。

そう聞こえは良い制度も、現実はこんな古びた大部屋に何十人もの人間が雑魚寝させられている状態。


下流階級の人間は、政府から無料で食事を配給される。

これも聞こえはいいが、現実は大の大人がギリギリ栄養失調にならないレベルの食い物だ。


ゴミ処理の仕事をして支払われる金は僅か。

そうなれば起こるのは下流階級同士の飯の奪い合い。


さっき起こった大人同士の飯の奪い合いなんて可愛いもんで、じゃれ合っていたようなもんだ。

エグイ奴らは力のない者から真っ先に奪い取る。


17歳だが暴力を嫌う藤や、病気がちで身体の弱い8歳の南は、本来なら格好の的。

略奪が起こらない要因の1つは俺だろうが、おそらくそれよりも大きい要因は…


「南!今日もよく頑張ったな、えらかった!」


子供を前にすると顔がデレデレになるこの人が、一番の要因だろうな。


小さい南に目線を合わせながら頭を撫でる谷さんは、知らねェ奴が見たら幼児趣味の変態なんじゃねェかと疑うレベルの表情だった。


まあここの大部屋に住んでる下流階級の人間は、谷さんの異常な面倒見の良さを熟知しているから何ともねェけど…


「谷さんも!ゴホッ、いつも仕事場まで迎えに来てくれてサンキューな!ゲホッ」

「南、今日はいつもより咳多いね」

「今日は一段と土埃の多いゴミ山で作業してたらしい」

「ゴホッ、俺が一番多くゴミ燃やしたんだぜ!すげェだろ兄ちゃん!」


腰に手を当て誇らしく踏ん反り返る南へ、さっさと座れと俺と藤の間へ指を差す。

それを見た南が、今日はここがいいと言いつつ俺の胡坐の上へと座りだした。


「橘は…ケホッ、いっぱいゴミ回収したか?」

「どのくらい回収しようが燃やそうが、俺らの給料は変わんねェだろ。無駄なことやめて手抜いとけ。身体ひどくなんぞ」

「ゴホッ、手抜きで仕事するなんて男の恥だぜ」

「谷さんみてェなこと言ってっとハゲんぞ」

「明日から手抜きする」


スン、と表情を無くした南に、フッと笑いながら飯を頬張る。

前は藤のように千切っては一口ずつ食べていた南は、最近になって俺の真似をして飯に齧り付くようになっていた。


その所為でまだ口の小さい南が、ボロボロと俺の膝へ食べ零す。

溜息をついた藤がその食べかすを掃除してはブツブツと文句を垂れていた。


「最近、南が橘の影響受けてて嫌なんだけど」

「将来有望だな。上流階級だわ」

「ねえ、谷さんからも何か言ってやって」

「俺はハゲてねェぞ橘」

「もう!それはハゲてるだろ!言ってほしいのそこじゃない!」


急にカツラ付け始めるから触れ辛かったけど、それ似合ってないよ!と容赦の無い藤の物言いに、谷さんの瞳が潤んでいく。


言葉遣いや粗暴は俺の方が悪ィけど、藤の方が谷さんへの心遣いねェからな。

もう谷さん泣きそうだろ、やめてやれよ。気に入ってんだよそのカツラ。


「藤、その辺にしとけよ。飯なんか上品に食おうが食わなかろうが変わんねェだろ。上流階級の人間でもあるまいし」

「…僕だって、自分が上流階級の人間になれるなんて思ってないよ」

「なら決まりだな。南、自由に食え」

「うん!」

「ちょっと待って!まだ南は上流階級になれるかもしれないだろ!」

「ブッ!!!」


は…?と間抜けな声が出て、一瞬持っていた飯を落としかける。

谷さんに関しては、驚き過ぎて口に含んだ水を勢いよく噴き出していた。


「南が大人になる頃には、生まれた時の階級から違う階級へ変更出来る制度が作られるかもしれないじゃん」

「いや藤、気持ちはわかるがそれはさすがにな…」

「もしかしたら、階級制度自体がなくなるかもしれない!」

「夢見がちも大概にしろってお前。……谷さんヅラずれてますよ」

「ヅラ?何のことだ」

「ゴホッ、ゲホッ、谷さん!俺にもヅラ貸して!」

「もう!みんな真面目に聞いてよ!!」


誰もまともに取り合わない状況。

それに腹を立てた藤が、ついに谷さんの頭へ手を伸ばし強制的にヅラを奪い取る。


右手から左手に持ち替えたヅラを、そのまま流れで南の頭に乗せたのを見て、余計に話が入ってこなくなった。


弟の欲した物を無意識に奪い取って与えてる辺り、お前も根っからの下流だろ。

谷さんの顔見ろ。切なそうで泣けてくるって。

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