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066 -夏休みデート:犬伏稜稀の場合(2)-


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 やっぱりフェンシングが好きなんですか?

 そんな風に問われたら、競技性や駆け引き、技術の練度や瞬間の決着とか。その好ましいと思える要素一つ一つを引き合いに出して、そんなところが面白いんです、という話に置き換える。


 走るの好き?

 バスケどう?

 格闘技とか気に入りそう。

 可愛い子とか、好きですか?


 ああとか、うんとか、どうだろうねとか、その時々にそれなりの相槌を打ったり、やり取りするうち有耶無耶にしたり。

 唯一答えを返せるとすれば。


「こ、――コスプレ!?」

「ふふっ。こここそ、君とのデートに相応しいかと思ってさ」

「え!? いや、私はっ……」

「ほらほら、予約はもう取ってあるから」

 澪くんを案内していく先は、予想してたより立派な店構えのフォトスタジオで、コスプレ衣装のレンタルサービスと提携している。夏の日差しでくたりと元気をなくした幟には、男装、女装を推してる様子がありありと。

「大丈夫大丈夫。貸し切りプランだし、私以外に見ることはないから、きっとバレないと思うよ」

「いや、…………ほ、ほんとですか?」

「もちろん。ただ、私が見てみたいってだけだから」

「…………………………」

「いつもと雰囲気を変えてもいいから。ね、澪くん」

「……それ、なら」

 吟味して、腹を括ったように頷いて。そんな様子に思わず笑みが漏れそうになるのを我慢。いやもうほんとに、面白い子だ。

 素山澪。学年首席の生徒会長なのに全然目立っていないなと思えば、体育祭では異様な実力を密かに発揮するし、桜条撫子に花糸かすみ、学園ツートップの人気を誇る彼女たちを随分惹き付けているし。極めつけには、人気急上昇中の男装アイドルをしてるとか。

「ほ、ほんとにこれ着るんですか? 私アイドルの時でもこんなキメキメのやつ着ないですよ……」

「こっちの方が、万が一にもバレるリスクを減らせていいでしょ? ほら、着てほしかったら私も澪くんのリクエストに応えるからさ、一旦着替えてきてよ」

「う、……わ、……わかりました」


 好きなものはなんですか?

 その問いに唯一答えを返せるとすればきっと、面白いもの、になるだろう。

 面白いこと。面白いもの。面白い人、が好き。

 リップサービスや取り繕いを外していけば、突き詰めたのなら私はそう。

 好みの茶葉があったとしても、好きとは少し違うのだ。父の紅茶好きに感化されて嗜み始めて、その中で私に合ってる味を見つけた。幼い頃から足が速いとかダンスが得意とかよく言われたから、自然とスポーツ競技に触れていって、気付けば特待生として清正院に入れるくらいになっていた。

 それらは好きとは少し違う。別に気に病んでもないし、変えようとも思ってはいない。

 でも。



「……お待たせしました」

「うわっ…………すごいね、……ちょっと」

 面白がる、より先に感心。

 あまりの変貌ぶりに一瞬言葉を失って。正直最初は揶揄い混じりで、本人が絶対選ばなさそうなのを選んだつもりだったのに。

「……渡しておいてなんだけど、ここまで着こなせるとは正直思ってなかった」

「ええ!?」

 悪の組織なら幹部クラス以上は確定の、ゴシックな礼服をベースに、煌びやかな装飾が施されたその衣装を纏った澪くんは、髪型も整えて、渡してない眼帯まで付けてくれている。

「ちゃ、ちゃんと見られるくらいにしようと思って結構頑張ったんですけど!? この辺留めたりとかして!」

「うんうん、いや、……ごめん、ほんとは期待してなかったんだけどさ。だから今、本気で感心してる。ほんと、澪くんすごい」

「いや、…………そ、……そうですか」

 なるほど、と得心。

 こうして何の気なしに渡したコスプレ衣装すらここまで真剣に向き合ってくれるのなら、アイドル活動でも言うに及ばずだろうし。それにこんな、服の方が着る人を選ぶような衣装でさえ着こなしてしまえるなら、人気アイドルにもなるはずだ。

 それに、何より。

「澪くんってやっぱ、かっこいいんだ」

「えっ、……」

 確かに同一人物のはずなんだけど、まじまじと見ても面影よりも差異が目立つ。そうして赤面して固まるところはそのまま、澪くんではあるけれど。

 とか思っていたら。

「あの……ちょっと伶くんでいてもいいですか?」

「え?」

「その。男装してる時はずっとそうなので、慣れないというか……どう反応したらいいかわからなくて……」

「えっ!? いいの!?」

「えっ、あ、……はい、その、…………ちょっとだけ」

 計画通り、だけど予想外。

 コスプレも写真撮影も特段経験はない、のにわざわざデートにここを選んだのは、アイドルとしての澪くん……もとい、伶くんって存在に興味があったからで。それを少しでも引き出しやすい場所、と考えてぱっと浮かんだのがコスプレスタジオだったから、ここに連れてきたのだ。ほんとは直截にお願いしようと思っていたんだけど、自分からなってもらえるなら願ってもない。

 期待を込めた目で見つめていると、澪くんはやりづらいですよとぼやきつつ、んん、と少し咳払い。それから目を閉じて、――瞬間。

 澪くんの雰囲気が、一変した。

 少し俯き気味だった顔が持ち上がって、背筋もすらりと、自信のある立ち姿に。纏った服さえ一層気品を増した錯覚。そうして瞼を持ち上げると、にこり、と澪くんの時とは全然違う色で微笑んで。

「えっと。……オレもこういう格好、普段はしないんだけどさ。先輩にかっこいいとか、似合ってるって思ってもらえるなら、着方を色々試した甲斐があったよ」

「………………え、澪くん?」

「………………はい」

「えええ!? すごい、ほんと別人じゃん!」

 丸っきり、ガラッと変わって。演技とかってレベルじゃない。

 男装は感心だけど、こっちは最早感動だ。あまりの違いに一瞬二重人格とか疑ったけど、今の気まずそうな返事からしてただ単に、そう振る舞ってるだけみたいだし。

「え、これ、私より全然王子様じゃない?」

 服装のお陰で今は白馬というよりも、武装した黒馬が似合いそうではあるけれど。

「あはは、王子様か……褒めてもらえるのは嬉しいけど、さすがにちょっと照れくさいな。オレはどっちかっていうとさ、興味を持ってくれてる人とか、ファンを大事にしたいんだよね」

「あははははっ! すごいすごい、いやうん王子様ってかアイドルだね! ほんと……え? 伶くんって呼んだ方がいい?」

「好きに呼んでくれていいけど、そう呼んでくれるなら嬉しいな。先輩も、もっと別の呼び方がよかったりする?」

「え? じゃあ稜稀で呼べる? 呼び捨てでいいよ」

「おっけ、じゃあ稜稀ね」

 頷いてすぐに切り替えて。いやもうほんとに、揶揄するとかじゃなくて心から、面白い。浮かべる笑みも、言葉選びも積極性も、気持ち一つでここまで変わるかというくらい。普段の澪くんも本気を出せばこういうことができるのか、それとも伶くんというペルソナを経由ことが大事なのか、俄然興味が湧いてきて。

「じゃあ伶くん、これ着てみよう」

「お、どんな……え!? いやこれ、普通に女子高生の制服じゃない!?」

「うんうん、女装女装」

「いやいやいやいや!!」

 そういうわけで。

 二人きりのデートなのだし、本来ここで澪くんを私に惹きつけさせるか、私が伶くんに恋に落ちれば綺麗だったのだろうけど。やっぱり私が優先したいのは面白さで。

 好きなものは、面白いもの。恋は未経験、知れるのならいつか知ってみたい。

 そんな私はやっぱり変わらないかなと、思っていたけど。




「……いや、もう、途中から、よくわからなくなってましたって」

「あははははっ……いやもう、ほんっと笑った……」

「あの……百歩譲って、男装してかっこよく振る舞おうとする私とか、女装した上でボーイッシュに振る舞う伶くんまではぎりぎり処理できてたかもですけどね!? いやややこしいなやっぱ!! やでもさすがに、一度勇者に敗北した後に改心してパーティーに加わってたけど魔王に弱みを握られて実は内通してて再度相対した時に勇者が躊躇しないよう自らの中の良心を魔物の血を解放することで消失させて残酷に振る舞うことになった時の伶くん…………とか言われても意味わからないですって!!」

「ぶっ!! いやっ、それが、ふっ……完璧だったんだって……あははははっ!! くっ、……ふふふっ」

 思い出しても面白すぎてお腹が苦しい。いやもう彼女の対応力は素晴らしく。途中からこの子ドラマの仕事とかも全然こなせそうだと確信したくらい、無理難題にもぱっと瞬時に応えてくれてたし。それにまぁ悪ノリもあったとして、あの時の衣装は完全に、一度勇者と出会って魔族の要素が薄れてた服装だったものが禍々しさを取り戻した、みたいな格好だったのだ。伝わるかなこれ。

 とか。予約時間の終了が近づいてきて、楽しい特化の時間を振り返りつつも、使用した衣装をまとめたりしてたところで。

「……あ。先輩、そういえば」

「うん?」

「その、恋を教えて、みたいなこと……言ってましたけど」

「……うん? 教えてくれるの?」

「いっいや! 違いますけど!! いや、……違うというか…………」

 エアコンも、忘れないように先に止めてしまった後だから、室温は段々と上がってきてて、夕陽の匂いみたいなものが、カーテンを閉めた窓越しにも伝わってくるような。

 澪くんは少し赤い頬をゆるゆると振ると、それから目を開けて、真っ直ぐにこちらを見つめた。それは、それこそ、真摯な顔つき。

「その。恋とかじゃなくても、一緒にいてもいいと思うんです。手を繋ぎたいとかキスしたいとか思わなくても、ドキドキするようなことがなくても。一緒に出かけたりとか、傍にいるのが心地いいとか思えるなら……それだけでもいいのかなって。もし一緒に過ごす中で恋心みたいなものが出たと思ったら、きっとそれはそれでいいし。そうじゃなくても、相手を大事に思っているのが伝わればいいのかな、……って……」

「…………」

「少なくとも私は、先輩とこうしてお出かけしたり、お話しするのは、……楽しいですよ」

 ぱちりと、瞬きをして。

 ころりと、心のどこかが動いた気がして。

「そ、その……前に先輩が、積極性が大事だってアドバイス、くれたじゃないですか。なので、……お返しです」

 いや。もうそんな言葉、状況次第では告白とも取られてしまうんじゃないか、とか思うけど。

 そう照れくさそうに言い訳をする彼女に、心がくすぐられた。

 それは、皆の言う恋の感情とは違ったかもしれない。

 でも気のせいではない、たしかな感覚。面白いとか興味深いとか、友達でいたいとか、だけじゃない。感情。

 ほわりと、温まるような。

 ああ、うん。そっか。

「澪くん」

「は、はい…………」

「さっきさ、追いかける方が合ってるかもって言ってくれたでしょ?」

「あ、……えっと、……すごいアバウトだし、完全に感覚ですけど……言いましたね」

「うんうん」



 多分。

 私は、嬉しいんだ。

 彼女がくれた言葉が。彼女と過ごせた今日が。



「……ちょっと、追いかけてみようかな」

「へ?」

「ふふっ」


 きょとんとした顔が、心底からのもので。こういう時ばかり鈍いのは、悪いところだなと思ったり。そんな彼女にはっきり宣言できない自身の曖昧な感情さえも、楽しく感じたり。


 いつか、私に恋を教えてくれるなら。

 それは多分、澪くんだろうなと、なんとなくそんな気がした。


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