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063 -夏休みデート:花糸かすみの場合(1)-


 ■



「恋が叶う?」

「……っうん」


 なんて、返事もちょっと上擦った。


 私はやっぱり臆病で、だからこそ、本当に勇気を振り絞った。

 二人で朝から待ち合わせて、乗った電車は海沿いを走る。そんな景色のためなのか、観光地まで最短距離というわけでもないその路線は夏休みでもがらがらで、駅を四つ過ぎた頃には、車両に二人きりになって。

 無邪気に車窓越しの海を眺める澪ちゃんに、行き先の説明をしてあげた。

 恋が叶う。そんな噂があるらしいって。

 恋人同士というよりも、未満の二人のためのスポット。片思いの人が一人で訪れる、なんてこともあるらしい場所。



 今までならわざわざ口にしなかった。ただそういう場所に連れ出すだけで、だけで勇気を使い果たすから、澪ちゃんが気付いて『恋愛成就の御利益だって』だなんて言及したとしても、そうだねってただ同意するだけ。内心でドキドキしてるだけ。

 だけどもう、それじゃ間に合わない。

 そんな調子じゃ叶えられない。そんな勇気さえ出せないままじゃ、桜条さんに勝てるわけない。


 だから、もう一歩。

 上擦りそうになる声を抑えて、震える吐息を呑み込んで。



「その、っ……興味、あって。行ってみたかったの」



 言った。言っちゃった。

「えっ、……えっ!?」

 澪ちゃんは二回驚いて、目がまん丸に見開かれて。その反応にぼっ、と頬が一息に熱を持つ。

「え、きょ、興味あるって、かすみが!?」

「、うん……っ」

「そ、……それって、こ、……こ、恋してる、とか……?」

「…………、……うん」

 ね、だめ。がんばって。動揺しないで。でも答えながら顔が真っ赤になってしまって。声はやっぱり震えて上擦る。こんなんじゃ恋してる相手まで伝えたようなもの。

 なんだけど。

 澪ちゃんは頬を赤らめながらもきょろきょろ、誰もいない車両を見回した。それから伺うように声を潜めて、ついでに耳元に唇を寄せて。


「その……相手とかって、訊いてもいいの?」


「………………」

 ……うん。

「っあ、ごめん! そうだよね、……その、内緒でいいから!」

 ま、そうなるよね。

「でも、びっくりしたな……かすみがかぁ」

 私もちょっとびっくりだけど。さすが澪ちゃんというか。気付かないフリとかじゃないのも知ってるから、頬は熱いままふう、って小さくため息。

 予感はしてたけど、やっぱり澪ちゃんは澪ちゃんで。一歩を躊躇してる場合じゃない。

 だからまだまだアクセルを踏まなきゃ。何歩も先に進まなきゃ。

 たった一歩で真っ赤になった頬をため息でふう、って冷ましながら、あと五歩分くらいの勇気の出し方と、どんなことをしたらいいかなんて、今日の計画を変え始めていた。




 目的の駅には、二十分経たずに辿り着いた。

 ホームに降りた途端、ざざんと波音が耳に飛び込む。光景そのままの海沿いの気配。天気はちょっと元気すぎるくらいの晴れ空で、駅を出たところでばっと、お揃いで買ってた日傘を差した。それでも、潮が香った熱風が傘の下から吹き抜けてって、夏を全力で浴びせられていた。

 一度、近くのコンビニに立ち寄ってお水を買い足す。それから向かいのカフェに避難して、バスの予定時間近くまでにお昼にしようって話になって。

「あっ、……ね、澪ちゃん」

「うん?」

「そ、その……か、カップル向けの、パフェだって」

「へえ! わ、すごい。二人分って考えたらお得だね」

 恋愛成就のスポットがある分、周辺施設もそれを意識しているのか。可愛らしいメニューの端に吹き出し付きで載ってるそれは、カップルや仲のいい二人で頼める特別メニュー。大きめのグラスに収められた、二人前にプラスアルファでトッピングが足された一品は、未満の二人でも頼めるようにか、恋人向けにとお友だち同士向けに、それぞれトッピングコースが用意されていて。

 一瞬の躊躇を振り払う。さっきの一歩で足りないのなら。

 震える指を伸ばして。ばれてもいいって気持ちで。

「私、……この、……か、カップルの方っ……」

 やっぱり頬が熱くなる。でも言い切る。届いてほしいから。気付いてほしいから。

「こっち、……澪ちゃんとっ、たのみたくて……」



「ふふっ、……いいよ」



「っ……! え、……」

 どきっと。想定してた動揺とか、澪ちゃんが真っ赤になったりとかも、何もなく。二つ返事に固まっていれば、澪ちゃんはそのまま言葉を続ける。

「かすみ、苺好きだもんね」

「っう、うん! ……………………」

 ……うん?

「結構量ありそうだし、食事はこれだけにしておこうかな……かすみはどうする?」

「…………っあ、……わたしも、そうしようかな……」

 あれ。と。

 ちらっと澪ちゃんの顔を見たら、きょとんと首を傾げて。目が合った途端にまたぶわって、耳まで真っ赤になったのが、鏡なんかなくても自覚できて。我ながら顔に出すぎてるけど。

 けど。それでも澪ちゃんは気付いてないみたいで。うーん。ちょっと想像以上に強敵っていうか。

 ううん、たしかに。トッピングが変わる分、それが理由って思われる可能性はあるし、むしろそうして本音を隠したい人向けのメニューがこのパフェなんだと思う。思う、けど。

「み、……澪ちゃん」

「うん?」

「あのっ、…………」

 さすがにこのままじゃ終われない。

 注文してから十五分くらいで届いたパフェ。食べ始める前に、もう一歩。

「その、……あ、あーん、しない?」

「あ、……え?」

 ぱちりと、丸くなる目。ここで引いちゃダメ。

 今までの関係から先へ進むために。少しでも意識してもらうため。

「あのっ、……か、カップル向けだから……」

「か、……あ、……そ、そう?」

 さすがに不審すぎると思う。提案するにしたってもっといい言い訳を考えてたらよかったのに。距離を取るのは簡単なのに、心を隠すのは得意なのに、想いに任せて動いてみるってすごく難しい。

 難しいけど。今日初めて、澪ちゃんが動揺してくれている。

「でも、かすみ、……いいの? 恋してるんじゃ……」

「……っうん」

 とくりと。勘違いをしたままの澪ちゃんの問いかけに、頷いて返す。

 あなたが好きなんです。澪ちゃんに恋をしてるって。言えたらきっと簡単だけど。

 そこまでの勇気はまだ出せないから、少しでもそこに近づくために。

「澪ちゃんとが、いい」

「…………」

 すこし俯けた視線の向こう、澪ちゃんは数秒黙ってた。

 そっと視線を上げたら。

 頬が染まった澪ちゃんが。目が合った一瞬、澪ちゃんの瞳に見えた動揺が。疑問が。

 私は胸の辺りから甘くて熱い感情がぱっと出てきて、つまって、うまく言葉が出せなくて。

 澪ちゃんはうんって小さく頷いて、スプーンを手に取る。

「かすみ、……えっと、じゃあ…………はい、あーん」

「あっ、…………」

 ん、と閉じた声は、ひっそりと息に消えていった。

 冷たいスプーンの感触と、溶け出すパフェの感覚。でも味は少しもわからなかった。甘い甘い感情が、心を揺らしてしょうがなかった。



 とりあえず、やっと一歩、前に出した足で近づけた。

 その一歩で近づけた距離でヘンに緊張してしまって、目的のスポットに辿り着くまで、うまく目を見て話せなかった。



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