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058 -作戦会議は雰囲気重視-


 *



 桜条家には、公然の隠し部屋がある。


 明治以前に建てられた日本家屋の本邸は、風情と実用性とを両立させる修繕と改修とが重ねられて、今も建築当初の趣を保っている。主には和室が広がっていて、風情ある建物は来客の方にも好評。もっとも、私の自室は洋間だし、トイレも洋式だし、快適に過ごせるように折衷されてはいるけれど。

 そんな本邸には使われていない和室も大量にあって、有名な画家の日本画や、威風堂々な柄の屏風が飾られていたり、あるいはそんな飾り気の一切ない落ち着いた茶室がぽつりとあったり。

 うち一つに、見事な甲冑の飾られた部屋がある。それほど広くないは部屋の中央にその甲冑は鎮座していて、目を惹くそれに気を取られずに壁に掛かった掛け軸を捲り、入った向こうで壁を丸々回転させて、行き着く廊下の中途でそっと床板を外すと現れる階段、それを下る中でとある段の段板を押すと、分岐して降りていく階段が壁に現れて、そこを下った先の一室。

 数代前の当主の趣味で作られたらしい実に回りくどいその部屋は、当然面白がって教え合うからほとんど隠し部屋の体をなしていない。適切な改修工事の手も度々入るし、何なら需要が被らないように予約制になっていて、誰がいつ使うのかさえ、少なくとも桜条家の中では丸わかりになる、だから公然の隠し部屋。

 それでも。内緒話や秘密裏の打ち合わせを、無駄に雰囲気たっぷりに行うのには、これ以上なく。



「――さて」



 ばっ。

 発した言葉と共に、眩い白が中央に灯った。

 唯一の光源に、照らし出されるのは環状の円卓。そこにかけるのは三人の少女。


 一人は当然わたくし、桜条撫子。

 この会合を主催した身として、部屋の入り口と正対する位置に腰をかけ、優雅に微笑んでみせる。身を預けるのはSFにでも登場しそうな未来的な形状の椅子で、安直すぎて逆に古いと思われるくらいのデザイン。するりと片手を持ち上げれば、応えるようにフォン、と浮き出る青白いホログラムも、コテコテな印象に拍車をかける。

 ちなみにホログラム内容は今日はランダムに設定してるから、浮かぶ文字列も当然ランダム。そんな無意味な装飾越しに目に留まる、同じように腰掛ける二人。

 花糸かすみに、犬伏稜稀。

 わたくしの恋敵であり、今は協力者でもある。

 十分ほど前に案内したばかりなのに流石というか、二人とも特段動揺もせず、この空間に順応している。犬伏先輩は何となく予想してたけど、花糸さんも肝据わってるわね。

 彼女たちの落ち着いた様子も相俟って、いよいよ秘密裏の会議めいていて。おまけには、壁に沿うようにぐるりと囲む、暗がりに紛れたお手伝いさんたち。

 無駄にたっぷりと勿体振って、持ち上げた手にもう一方を重ねて、円卓の上に組んでみせる。


「――本日の作戦を、確かめましょう」


 さて。

 どうしてわざわざこんな場所で会議しているかというと、一つは正直に言えば雰囲気を出すため。もう一つは、絶対に澪にバレないように。

 ……なぜ無駄に雰囲気を出したいか?

 そんなの、そちらの方が楽しいからに決まっていますわ。


「まずは予定の確認ですわ」


 組んだ手をそっとほぐして右手の指先を持ち上げれば、ぶぅん、と桜条家の3Dマップが円卓中央に表示される。この部屋に元々そういう機能があるわけじゃなく、裏で仕乃が操作してるだけだし、これも当然雰囲気のためで別に今マップは必要ない。

「現在時刻は午前九時、十時には澪が到着します。それから十九時までは、昼食を挟みつつ課題に取り組む時間になりますわ。その後に夕食をご馳走して、帰宅時間になりますわね」

 告げている間に気を利かせたのか、スケジュール表が投影された。といってもさっき告げた程度のシンプルなもので、ぱっと見でも十分に把握できる。昼食に一時間要したとして、課題に使えるのは大凡八時間。

「わかっていると思うけれど、あまり猶予はありません。普通に解けば通常課題だけでもぎりぎりでしょう。それでも、今日で片を付ける必要があります」

 もちろん、数日かかる課題や、レポートなど明らかに時間を要するものは別としてだけれど。澪の日程をどれだけ空けられるかは、今日に懸かっているのだ。

「追加課題が澪くん次第なのは合ってるよね? そっちは見込みあるのかな?」

「一応、……澪には実現可能かはともかく、今日で課題を一通り終わらせるつもりで来てほしいと伝えてありますわ」

「それは心強い」

「だからこそ。わたくしたちが、通常課題を適切にアシストするべきなのです」

 コホン、と咳払いをする。

「念の為確認ですけれど……花糸さんは、もう課題は終わっているかしら」

「うん。……残ってたのも、昨日で終わらせてきたよ」

「犬伏先輩は、あまり時間はなかったと思いますが、コピーには目を通していただけましたか?」

「うん。回答も一通り埋めてあるよ。あんまり自信はないけどね」

「ありがとうございます。流石ですわ」

 こくりと頷いて再び指先を持ち上げれば、ホログラムたちがするりと沈み、代わりに浮かぶ、一枚の青白いスクリーン。

「それでは。本日わたくしたちがやるべきこと……それは」

 しゅんしゅんしゅんしゅんと一文字ずつ表示されていくその文言を、できるだけ仰仰しく読み上げる。



「『澪に絶対気付かれることなく、通常課題をそれとなく補助する』――これですわ」



「……」

「……」

 そう。それとなく。

「言うまでもないですけれど、あの澪ですから、代理で課題を解くなんて真似は認めないでしょう。それでも、最速で解いてもらう必要がある。具体的には――」

 世の中に存在するらしい、夏休み間際に詰め込むタイプでもここまでの速度は目指さないだろう。どんなにかかっても午前中で方を付けなければ、追加課題が終わらない。スケジュール表の午前の部分が説明に合わせて赤く点滅する。

「と、いうわけで!」

 長くかかってしまったけれど。コホン、と咳払いと共に気を取り直して、朗々と。

「ルールはシンプル。澪が課題を解いてる最中に、横からそれとなく正解に導く。直接正解になる単語を言っても構いませんが、澪が違和感に気付いて指摘したら、その時点で失格とします……はい、犬伏先輩」

 す、と上がった手に首肯を返せば、彼女はぽつり。

「動画投稿者の企画?」


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