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056 -ライバル談合-


 ■



「…………」

「…………由々しき自体ね」

「あはは、さすがに想定外だったね」

 夏休み。

 駅前のカフェ。

 本当なら澪ちゃんと訪れたいその場所で、本当なら同席に全然心惹かれないメンバーで、深刻な顔でテーブルを囲い合う。ううん、まぁ……仲良くない子よりは信頼してるし、ライバルなんて関係じゃなければ、魅力的に感じる二人ではあるんだけど。

 けど、今。

 まさにライバル同士、こうして会議……談合をしないといけない理由があった。

「まさか…………ここまで澪ちゃんが忙しいなんて」

 呟いたその声は、ほとんど溜め息。


 夏休みに入って十日が経って、ちょうど今日から八月で。

 ここにいる誰も、まだ澪ちゃんと顔を合わせられてない。


「このままでは、まともに澪と青春する機会が合宿くらいになってしまうわ」

「私の方でも誘いはかけてみてるんだけどね。どうも忙しいというのは本当らしい……君たちは、具体的な事情まで知っているんだろう?」

「う、……そう、ですね」

 そう。どうしてあの時急に参戦してきたのか未だにわからない犬伏先輩は、澪ちゃんがこっそりやってるアイドルのことだって知らないままだ。というよりは、踏み込まないようにしてくれてる、が正確だとは思う。犬伏先輩なら多分、本気で知ろうとすればすぐに察してしまえるだろうし。

「……澪ちゃんが忙しいっていうのは、わかるつもり、です……けど……」

 だから事情を知っている分、犬伏先輩の言葉に頷いてみようとしたけど、どうにもそのまま言い切れない。歯切れ悪く桜条さんに目線を向ければ、彼女は小さく嘆息すると、きっぱり首を振った。

「詳しい話はお伝え致しかねますが……流石にわたくしから見ても、ここまで忙しいというのはおかしいですわ」

 言いながら彼女はスマホを取り出して、するすると眉をしかめながら操作をする。

「夏休みのわかっている限りの予定を提出させた上でこれですもの。これが七月ですわ」

「そ、そんなことさせてたの……!?」

 ずい、と示された簡素な表示のカレンダーには、具体的な用事名は表示されていないけど。わかりやすく日付に×がついていて、……というか、夏休みに入って以降の七月下旬は、全部の日付に×がついていた。

「このくらいで遠慮していては何も始まりませんもの。それに花糸さんだって、澪の家を訪ねたりしたのでしょう」

「う、そ、それは別に、幼馴染みだし……ちょっとお菓子作ったから渡しに行っただけで、澪ちゃんには会えなかったし……というか、なんで桜条さんが知ってるの」

「お二人に会ったか伺ったら、クッキーをいただいたと言っていたので」

「そんなに色々訊いてるの!?」

「敵情を探るのは戦の基本でしょう」

 日程の件といい、本当に遠慮がない。いや私もここ三日は連続でお菓子を渡しに行って、澪ちゃんにありがたいけど申し訳ないって連絡もらったばっかりだし、その連絡に遠慮しなくて大丈夫なんて返事しながら、明日渡しにいくお菓子の下準備も済ませてきたところだけど。ちなみに全部、摂取カロリーが増えすぎないように調整してるレシピばかり。

「……なるほど。撫子くんにかすみくんでさえそうなら、毎日お茶に誘うくらいじゃ負け戦かな」

「いいえ、……このままでは、わたくしたち全員が不戦敗ですわ」

 台詞の割に余裕な表情でティーカップを傾けた犬伏先輩に、けれど眉を深刻そうにひそめながら、桜条さんは首を振る。

「残念ながら、八月も数える程しかチャンスはありませんし、下手に奪い合っていればろくに確保もできないでしょう。大した進展もないまま新学期を迎えて、貴重な夏休みを敗北の記憶で埋めることになります」

「それは、あまり望ましくはないね」

「……困るよ、そんなの」

 胸中に浮かんでた焦りを加速させるような言葉に、思わずぽつりと言葉を返す。桜条さんはこくりと頷くと、ひとつ咳払いをした。

「そうでしょう。そこで」

 すらりと伸びた指が、さっきのカレンダーを操作して八月を表示する。

「その数えるほどのチャンスを、活かすのですわ」

 とん、と指が動いて、最初の一週間をなぞって、翌週に。

「合宿が八月八日から。そこまでの一週間で、空けようと思えば空けられるタイミングが四箇所あるそうですわ」

「ほほう」

「……四箇所も?」

「澪は『一応』空けられるなんて言い方をしていましたけれどね」

「……どうして、そんなこと教えてくれるの?」

 これではまるで、敵に塩を送っているようなものだ。けれど当然のそんな問いに、桜条さんは不敵な笑みを浮かべてゆるゆると首を振って見せる。

「別に平等にやりたいからとか、そんな綺麗事ではないと先に言っておきますわ。単純に、協力してほしいことがあるから。言ったでしょう、下手に奪い合っていればむしろチャンスを潰しますの」

「……そういうこと」

 事情はわかった。同時に桜条さんの本気度も、澪ちゃんと予定を合わせる困難さも一緒に伝わってきて、納得したのに唾を飲む。

「協力か。もちろん構わないけど、一体何かな」

「別に難しいことではないですわ。彼女の言い分を聞くに、この一週間は夏期休暇の課題を集中して片付ける想定だったそうで……つまるところ、課題さえなんとかなれば、確実に日程を押さえられるということになります」

「なるほど」

 先輩は意図を汲んだ様子でからりと笑う。桜条さんはまた指先を、いくつか戻してとん、と示す。

「ここ、八月三日」

 その日付はちょうど昨晩に、澪ちゃんから空いてるか声がかかった日でもあり。そのすぐ後に桜条さんからも確認が来て、舞い上がっていた気持ちが一気に現実に引き戻されたりもした日でもある。

「この日に、わたくしの家で課題をやることになっておりますわ。そして、何が何でも、この日中に全ての課題を片付けさせて、空けられそうな三日間を、それぞれ一日ずつ好きに使っていく」

「なるほど! 随分わかりやすいね」

「……そういうことだったんだ」

 一喜一憂させられた連絡に、詳細は明日と告げられたのはそういうことか。けどそれはフェアな大チャンスでもあり、同時に。

 私の深刻な顔に同意するように、桜条さんはこくりと頷いた。

「なので、――課題を片付けられるかどうか。そこに全てが懸かっていますわ」

 そう。

 大きなリスクでもある。

「もちろん、わたくしたちに出されているような課題の量であれば別段問題になりませんし、わたくし一人の手伝いで十分だったのですけれど……特待生である彼女には、資格審査も兼ねて追加の課題が出されています」

「去年澪ちゃんがやってるの見たけど……あれも一緒にやるなら、一日だと……」

 基本的には、清正院学園の課題は優しいものばかりだし、量も頑張れば一日で何とかなるレベル。でも澪ちゃんに用意されてた追加課題は、私程度ではそもそも一つ熟すのに最低半日はかかりそうな問題が、全部で十五問。

「そう……だから澪には、その追加課題に集中してもらう」

「そして私たちが、通常課題の方に取り組むと。……なるほど、それなら澪くんの特待生としての処遇は、本人の実力で決まるということか」

「ええ、そういうことです。もちろん理想は、全部澪が取り組んでこなす、というものですが。わたくしたちが彼女との時間を勝ち取る為ですもの。手段は選んでいられませんわ」

「……副会長が、そんなことでいいの?」

 わざと意地悪にそう訊いてみたら、桜条さんは顔色一つ変えずにさらりと。

「あくまでスケジュールを詰め過ぎている会長のフォローをしているだけですわ。健全な交友関係を保つというのも学生の努めですもの。それとも花糸さんは、ご協力いただけないかしら?」

「もちろん、協力するよ。私にとって大事なのは、学則より澪ちゃんだから」

 余所余所しい建前とか捨てて、一番きっぱりした返事をすると、桜条さんはすこし呆れた表情をしてみせた。けどその唇の端は小さく緩んでいる。

「そうとなれば、先輩もご協力いただけるようですし、……決まりですわね」

「もちろん、私もいいよ。だけどこの方法だと、私たちが通常課題をどうこなそうが、追加課題が一日で終わる保証はないわけだよね?」

「そうなりますし、残して当然だと思っています。そこは通常課題への貢献度で自由時間が増えるよう、うまくやりましょう」

 あくまでフェアにそう提案してくれる彼女に、内心ずきりと心が痛む。

 正々堂々やり合いましょう。

 あのライブの時、私にそう真っ直ぐに告げた言葉。

 桜条さんはその通り、手段は選ばないまま、私にもきちんと機会を設けてくれる。

 対して私は、そんな彼女に感謝をしつつも、完全に同じ気持ちにはなれていない。

「ではそういうことで、……お互い、勝ち取った自由時間は好きにしましょう。どうなろうと、恨みっこ無しで」

 にこりと微笑んだ彼女に、うまく笑顔を返せない。

 会えてない分、心が焦って。



 本当はそんなこと、しちゃダメだって思っているのに。



 桜条さんたちと別れた後、家に帰るフリをして、途中で方向を変えて。

 こっそり立ったのは、とある貸しスタジオの裏口。


「…………」


 ここ数日で調べてた。澪ちゃんの普段の練習場所。

 私も、澪ちゃんのスケジュールを訊いていた。空いている場所、よりもむしろ、アイドルとしてどうしているか。教えられない、ってちゃんと言ってくれることも多いけど、自主練習は基本的に教えてくれて。

 もう二十分もしたら、澪ちゃんの練習が終わるはず。

 そう思って、待っていたら。



「……うわ! すっごいカワイ~子じゃん」


 びく、と。

 裏口。表通りからは見えづらいそこに訪れた影。振り向いたそこには、チャラそうな見た目の男の人が三人、値踏みするような視線をこちらに向けていて。一気に体が硬くなった。

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