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「――ひゃーっはっはっはっはっは!!!!」
流石にこれだけの構造物を宙に浮かせるとなると想像以上の轟音が鳴り響いているけど、でも流石はリリリ様。校舎の窓ガラスとかが割れない程度の音圧にまで減衰させることに成功しているし、高らかな笑い声は事前に設置していたマイクを通じて、校内全体に響いているはず。
「これからっ、夏休み前、特別ゲリラライブを始めるよぉ! メインアイドルは、清正院学園の皆のアイドルっ、リリリ様っ!!」
仕込んであった熱狂的な声援のSEが、学園中に響き渡る。
「それとっ!!」
そうしてパスをあげたら、隣に立った秋流ちゃんがいつもの読めない表情でこくりと頷いて、マイクを握った。
「――……きゃぴきゃぴっ!! 清正院学園ぅ、みんなのあいどぅっ、せいしょーいん、秋流だよっ」
「…………」
え。
本番で急に、打ち合わせで何も話題に出なかったことを、顔色一つ変えずにやらないで? そんなに声音しっかり変えるならせめて顔とかポーズもキメキメにして?
「リリ。何をしているのですか」
「えっ……!? あ、う、うん……コホン! ひゃ、ひゃはっ……ははは!! えっと、そういうわけでゲリラライブ!! 雲の上から特別ステージで中継するから、皆は校舎にある映像設備に齧り付いて観覧してね!!」
「きゃぴきゃぴっ!! グッズも大量に売りさばくからっ、みーんな五十セットは買ってほしぃーな?」
リリリ様、ちゃんとユニットやっていけるかもう不安だよ。でもゲリラライブは始まってしまったし、桜条先輩ちゃんのライブで使えなかった演出を全部存分に出し尽くしてあげたいから、しっかり最後までやりきらなきゃ。
全身に装着した全自動アイドルダンス補助スーツ六号くんも動作は良好そうだったし、口元に取り付けた完全アイドル歌唱再現ピンマイク三号くんも快調だから、ステージのパフォーマンスにも何の不安もない。
「ひゃははっ! それじゃあ――もうちょっとしたら開演だからぁ、みんな、リリリ様たちの活躍、楽しみにしててねっ」
「きゃぴきゃぴっ!! たのしみにしてやがれっ」
ガコンっ……と。
そう告げたところで不意に、体育館が大きく揺れる。
まだ雲の上に出たわけでも、屋根と四方の壁を展開して天空のライブステージモードに変更したわけでもないのに、想定外の振動。
一体何の――と視線を巡らせて。
ひゅ、と自然に喉が鳴って、足が竦んだ。緊張状態を感知して、全自動アイドルダンス補助スーツ六号くんが勝手にアクティブ状態になる。
隣の秋流ちゃんも、そちらを見て。きゃぴきゃぴ、と普段のトーンで小さく呟く。
「――風紀」
視線の先にゆらりと立ったのは、鬼。
鬼だ。
「……小薬さん、秋流さん。やっていいことと、いけないことがあるでしょう」
「馬鹿な……凡百、テストの成績が酷すぎて、今日は立ち直れないはずじゃ――」
定期試験の結果が返却されるこのタイミングがベストだと予想していたのに。特に今日は凡百の苦手科目が集中しているから、好機だったはずなのに。
「――ふふっ。私が、何も成長していないと思っていたのですか? あなたが教えてくれたんでしょう……あなたと秋流さんが、……私に、勉強を教えてくれた」
そんなにかっこよく言わないで?
あと何でそんなに強者のオーラを出せてるの?
あとその、手に握ってるものすごく大きい薙刀みたいなやつは何?
「残念でしたね。今回の試験――」
するり、と。凡百が手にしたそれをゆっくりと一回転させると。
「――赤点は二教科だけですよ」
ちゃきん、と小気味がいい音と共に、体育館の壁全面に、一文字の切れ込みが入って。ずるり、と滑り出す。
え!? いや!!
「赤点あったの!? あんなに秋流ちゃんとがんばって教えてあげたのに!!」
「しょうがないでしょう!! 風紀の為の鍛錬も並行していたので、どうしても自宅での復習が足りなかったんです!!」
「お願いだからテストはテストで集中して!? あと体育館切って落としたらほんとに危ないんだけど今からくっつけられない!?」
「そのまま飛ばすくらいできないんですか!?」
できないよ!! いや、できるかも!?
搭載しているパーツと、損傷部位から生きているものを逆算する。その間にもずるずると切断された体育館上部が滑り続けていて――いや。あそこに取り付けた巨大モニターに外部の映像が映されてるってことは、カメラとの通信機能が生きてる。ってことはあの辺の基盤も生きてるから、――いける!!
「――ひゃははっ! もうしょうがないなあ、凡百、ちょっと秋流ちゃんと一緒に、ライブで盛り上げてて!!」
「え!? ど、どういうことですか!!」
「時間を稼いでってこと!! ライブの熱気とスピーカーの振動で、滑り落ちるのを持ち堪えさせて!!」
「きゃぴきゃぴっ!! ほらほらっ、一緒にやろぉ?」
「えっ!? あっ、曲が始まって……! えっ私これ、知らないんですけど!!」
もう、しょうがないな。こういう時の為に付けてたボタンで、ワンタッチ。かしゅ、という音と共に、体を締め付けていたバンドの感覚が全部なくなる。
「そのスーツ着ていいから!! あとこれあげる!!」
口元のピンマイクを投げ渡し、急いで体育館のプログラム修正に移って――。
「――ひゃははっ! 凡百、やればできるじゃん!! いいステージだったよ?」
「こ、こんなはずでは……! あのスーツを着たら、体が勝手に……!!」
「きゃぴきゃぴっ!! えへへっ、このスーツ、すごいよねぇ。でもリリも流石です。もう修復は終わったようですね」
「いきなりテンション変えないでね? ……えへへっ、そうでしょ? リリリ様がんばったよぉ」
高機能ドローンとか、壁展開用の設備とか、その他体育館の既存設備もフル活用で、どうにかギリギリ位置を保たせて。姿勢を安定させた今は、自走ロボットたちにそのまま切断面を接合させているから、着地時にも衝撃に耐える強度は保証できるはず。
「これで、あとはぁ、雲の上までそのまま行っちゃって、ライブ本番を三人でがんばろっ?」
「ちょっと! 私はそもそも、こんなライブを許可したわけでは……」
「きゃぴきゃぴっ!! まぁま、さっき紀子ちゃんも、たのしかったぁー、でしょ?」
「い、いえ……! けけけ、決してそのようなことは……!」
「いいからほら、……ライブはじめるよ」
予備のスーツとマイクを付けて、今度こそリリリ様も準備は完璧。凡百も色々言いながらも大きく抵抗はせず、これでようやくライブができる、と。
思ったところで。
ばばばばば、とプロペラ音と、モニター向こうに映し出される一台のヘリ。
『――小薬リリ、清正院秋流、風穴紀子に告ぐ。学生教員総員避難させた。これ以上のライブ続行は無意味だ。大至急飛行を中断し、着陸されたし』
トランシーバーを握るのは、――案の定、桜条先輩ちゃん。
「ひゃはっ……そうはいかないよぉ」
学園内への配信を見られる人がいなくなったなら。対処は簡単。カチ、とスイッチを操作して、モードを切り替える。
「じゃあ……配信範囲を街全体に切り替えるねっ」
『交渉不可と判断。突入する』
あちらも即決なようで。けれどもう、イントロは流れ始めているから、一曲の間防衛するくらいは余裕のはず――。
『小薬さん』
「ひゃっ……」
と。全自動アイドルダンス補助スーツ、予備の五号くんに任せて踊り始めようとしたところで。響いた冷たい声に、思わず背筋を跳ねさせる。
『終わるわ』
「ひゃ、……え? 何が――あっ」
そうして。全自動アイドルダンス補助スーツ五号くんがダンスを始めて。完成版の六号くんと違ってこれは一曲が終わるまでストップできない仕組みだから、そのまま本当に迅速に乗り込んできた桜条先輩ちゃん……桜条先輩ちゃんサマとか、花糸先輩サマとか、なんでかわからないけどフェンシング先輩とか、会長サマとか。皆に制圧されている間もリリリ様は踊り続けて、ライブ後の反省文が十倍になった。
*
「はぁ…………これに懲りたら、もう本当に危ないことはしないでちょうだい」
「ヒャイ。イゴキヲツケマス」
「だ、大丈夫かな……ロボットみたいになっちゃったけど……」
花糸さんが心配そうな声を出すけど。カチコチになって機械的に返事をしている小薬さんも、ちょっと『説教』のショックが大きかっただけだろう。まぁこんなこと二度とあってはならないし、多少は響いてくれた方がいい。
「大丈夫ですよ。リリはロボットに最近ハマっているんです。この物真似もその一環ですから」
「そ、そうなんだ……」
「アキルチャン、テキトウナコト、イワナイデ」
「あの……一応なんですけど。小薬さんも、秋流さんも、本当にこういうことはもうないように、お願いします」
澪も、さすがに体育館が飛んだり街中からライブについての問い合わせがあったのは応えたのか、げっそりした顔でそう伝える。そんな傍らでぐすぐすと泣いているのは、最近小薬さんたちの周りでよく見る風紀委員の彼女。
「う゛う゛う゛う゛う゛。わだじっ、ぼんどうはどめようどじで……っ……じんじでぐだざい…………」
「ふふっ、私はいいライブだと思ったけどね? 生徒会の二人も、かすみくんだって状況から君は悪くないと判断してただろう? ほら、君の可愛い顔に涙は似合わないよ」
「う゛う゛っ……ふしだらな台詞っ……柔らかいハンカチぃっ……風紀が……」
まぁ、元気そうね。
「……えっと。……桜条さん」
「ええ、……わかってはいるのだけど。正直ちょっと、有耶無耶になってるわね」
「私もちょっと、……正確に誰が止められたかは、よくわからなかったかも……」
踊り続ける小薬さんとか、途中で制御を失って不安定になる体育館とか、ドローンたちが急に本来の挙動じゃない動きをして風紀委員の彼女を筆頭に全員で戦闘したりとか……とにかく色々あったから、元々の澪とどうこうがどこかへ抜けてしまっていた。
「まぁもう、……今日はヘトヘトだし、全員解散が妥当かもしれない、わね……」
「確かに……澪ちゃんも疲れてそうですし、……それがいいかも」
今後どうしていくかは、さっきいつの間にか犬伏先輩によって作られていたメッセージグループでやり取りできるだろうし。
「……それじゃあ、今日はそろそろ、帰るわよ」
下校時刻も迫っているしと、全員に声をかけると。
「カイチョウサマ。カイチョウサマ。ヒャハ、リリリサマタチ、――オサソイガアルンデス」
「――…………!」
ぴり、と空気が緊張する。花糸さんと私は緊張感を持って、犬伏先輩は面白そうに耳を傾けて。当の本人はうん? なんて軽い調子で振り向いている。
「ナツヤスミ、リリリサマ、セイトカイ、ガッシュクガシタイ。アキルチャン、イッテマシタ」
「合宿? え? 生徒会で?」
「名案ね」
「必要なさそうかなっ?」
困惑した澪の声に被せるように私、と焦ったように否定する花糸さん。
「ヒャハ。リリリサマ、ダイサンセイ。イキタイデス」
「え、ええと……いいけど、予定とかはちょっと、見てみないと何とも……」
「今すぐ計画を始めるから、生徒会のグループで――」
「大丈夫。たった今、かすみくんと澪くんと撫子くんを入れたグループを作ったから、ここに後輩のお二人と、泣いてるこの子も追加してもらえるかな?」
「む。では清正院学園高等部生徒会、夏の合宿特別編~豪華ゲストも参戦!?~を合宿タイトルにしましょう」
とか。
互いが互いをわちゃわちゃと制し合っているうちに、その場の全員での夏合宿が、決定されたのだった。