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050 -アイドル / ライバル-


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「あの、……ほんとに、ありがとうございました」

「む。会長、そのように頭を下げずに。少々の重労働を強いられて、本来の活動日以外にもあくせくとライブ準備に勤しんだくらいですから」

「そうだよっ、会長サマ……リリリ様、好きでやったことだし、……全然ヘーキ」

「いやほんと、……すみません」

 せめて反応の方向性は統一してほしいけど。とはいえツッコむよりも先に、ちゃんと感謝と謝罪を伝えるべきと、しっかり頭を下げる。

 一応、七夕ライブ後は期末も重なってるし、ライブ直前の一週間は会場とか練習も手伝おうとしたのだけど。撫子さん本人からも、後輩二人からも事務手続きと広報だけでいいと言われて、ほとんど参加できてない。

 のに。

「にしても、……よくここまでの会場、仕上げましたね」

「ひゃはっ。空を飛ぶのは、やっぱり入れられなかったけど……リリリ様、がんばったよ?」

 ざわざわと賑やかな体育館。ステージには安定感と華やかさが同居するセットが組まれていて、どう見ても業者の手際だし、何なら撫子さん経由で安全面のチェック作業だけはしっかり入って、完璧にOKをもらってるらしい。そんなすてーじの手前には、撮影用と安全確保用にすこし空間が取られて、両サイドにはアイドルライブにも見劣りしない音響設備。綺麗に区画分けされた観覧ブロックの間にも補助の音響が置かれていて、どう見ても学内ライブの規模じゃない。これを頑張ったで済ませたり、冗談めかしつつけろっとしている小薬さんも秋流さんも、本当にとんでもない逸材だ。

「まぁいちおー? 桜条先輩ちゃんサマのライブとなったら、大成功させないといけないしぃ。それにっ、会長サマ、楽しみにしてましたよね?」

「うん、……そうだね」

「そのお言葉が聞けて何より。会長のためにも全力を尽くしたので、ぜひ遠慮せずお楽しみください。では、お席に案内します」

「うん、……うん?」

 撫子さんのライブを楽しみにしてることは、素直に認めつつ。案内ってなんだと首を捻ると、賑わっている観覧席のずっと先、舞台手前に確保された空間を示される。

「え?」

「こちらに」

「あっ……………………………………あっ? えっ!? 秋流さん!? 嘘ですよね!?」

 促されるままついて歩いてしばらく。それを認識した瞬間に、もう逃げたくて堪らない。

「会長サマっ、見てみて! 会長サマせんよーだよ? 最前列だよ!」

「桜条先輩の許可も取得済みです。私の会場準備の労力も、この席の確保が九割でした」

「そんなわけないよね!? いやでもいや用意は嬉しいけど、ほんとに目立ちすぎだって!!」

 そこは、ただ空間が確保されてると思ったステージ前。

 ぽつりと置かれた椅子が一つと、ご丁寧に用意されたサイリウム。当然その後ろには本来の最前列が控えてて、どれだけ気配を消したとしても演者並みに目立つ席。

「無理!! え? あここで見るの!? 舞台袖とかじゃ駄目ですか!?」

「会長サマぁ、見てください! ここの席だと、音響効果が一番高くなるように配置しててっ……あっもちろん、他の席もばっちり聞こえるように作ってますけど、会長サマに一番いい音聴いてほしくて……」

「部対抗リレーであのように発表した以上、発端となった会長は誰よりライブを楽しまなくては。その姿勢を示してこそ、ご意見箱の宣伝にも繋がるものですよ。こちらは宣伝用スピーチのカンペです」

「断りづらい理由一気に言わないでね!? あとスピーチ私がやるんですね!?」

 そこは撫子さんでよくない!?

 と。

 抵抗虚しく、やいのやいのと押し切られ。

 いやもうこんなの集中できる気がしない。皆が立ってるかどうかすら後ろの動きを気にしながらで、サイリウムを振るタイミングだって一々気になるレベル。大体私は研究とか以外だとほとんどアイドルライブは行けてないし、純粋に盛り上がる姿は多分、撫子さんのファンクラブメンバーの方がずっと適任だろう。



 とか、思うけど。

『――それでは、大変お待たせいたしました。これより、桜条撫子1stライブ――想いのその先へを、開催いたします。どうぞ最後まで、ご堪能ください』

 サブタイトルも、いつついたんだ。とか秋流さんのアナウンスに溜め息を吐きつつ、サイリウムのストラップを腕に通す。

 知らない間に色々進んでたらしい。どうも楽しくなって付け足されたことが大半みたいだけど、一応学則上も安全上も問題ない範囲のことみたいだし。あとは私が恥を捨てるだけなのなら、もうここまで来たら腹を括るしかないのだろう。

 いや別に、皆の目が一番に集まるのはステージの上になるのだし。大丈夫、大丈夫。

 そう言い聞かせて、ライブステージに目を向けて。



「――…………」



 息を、呑んだ。


 しん、と。会場を満たしてたざわめきと昂揚が、私の心情そのままに静まり返って。それと同時に、やっぱり何も恥じることなどないと、素直な心地で思い直せた。



 彼女は、アイドルだ。

 全員の視線を奪っているから、私に向く視線だって、一つもない。



 いつかのデートの時のような、でもその時よりずっと豪華な、和洋がうまく調和した衣装が映えて。流れるイントロの中、彼女は練習期間の短さを感じさせない所作で、アイドルとして、音に乗る。やがてそこには声が乗る。

 靡く髪も、魅せる笑顔も、歌声も、その瞳も。

 何もかもが天性の、アイドル。




『――次が、最後の曲になりますわ』



 鳴り響く拍手と歓声と。ファンだから嬉しいとか、期待を超えてすごいとか、そういう空気に留まらない、純粋にアイドルに魅せられている、熱狂。

 MCパートもそつなくこなしたその終わり。幕引きを告げる彼女の言葉に、会場は心から残念そうな声を漏らし、けれどその名残惜しさもエネルギーに変えて、一層強く魅了して。

 恋の歌を歌う彼女の、力強さに惹きつけられる。それは練習で見ていた時の姿からも一変していて。

 そんなアイドルのライブの幕引きに待つのは、当然、万雷のようなアンコール。振り返らずとも、誰しもが一心にステージを見つめて。学内の、生徒会副会長の1stライブなのに、あるのが疑わないという素振りで。声を上げて、手を打って。

 その間にも、私はすこしも動けずにいた。

 どくどくと、鼓動が強く打っていて。

 ステージを見つめる。違う。ステージから目が離せない。

 さっきまで流れていた音楽が。彼女の紡いだ歌声が。

 そこにいたアイドルが、目に焼き付いている。

 実感している。期待していた。予感してた。

 そして、わかった。

 彼女は。



『――皆さん、アンコール、ありがとうございます!』



 音が流れ出し、受けた期待を裏切らず、アンコールの曲を演りきって。

 彼女は完璧なアイドルとして、そこにいた。



 ライブが終演して、記憶のないままスピーチをこなし。他の皆が帰った後も、椅子から立ち上がれないまま。ぶるぶると、手が震えて、口元が思わず笑みを零す。どっと汗を掻いていて、まるでステージに立った後の昂揚感に包まれていて。

 心から。

 心から、アイドルに惹きつけられて。

 魅せられていた。



 そうだ。

 これが見たかった。これを欲していた。

 そして、気が付いた。



『――澪』


 遠いざわめきを断ち切るように、入り口がきちんと施錠されて。カーテンなんかも閉め切られて、真っ暗になった体育館。

 そこで再び、声が響く。

 そういえば。片付ける前に時間をって言われてたんだった、とようやく、ぼんやり思い出す。

 ライブの衝撃でそれどころではなかったけれど。

 何をするのかは聴いてないけど、話題は流石に想像が付く。それなら私も向き合いたいから、と意識を切り替えて、顔を上げる。

 ステージに、桜条撫子が立っていた。

『伝えたいことがあるのだけど、口で色々言う前に、まずはこうしたいと思ったの』

 まだマイクを付けたまま、衣装を着たまま。

 そう言った彼女は、一度舞台袖に向かう。裏方は秋流さんたちがしてくれていたはずだけど、恐らく自身で操作をしたのだろう。彼女が戻ってくる間にも、イントロが流れて。



「っ――はははっ! すっ……ごい!」



 一音目で気が付いて、思わず声が、笑みが。本当に。ライブからまだ十日も経っていないのに。ダンスの難易度だって、今日披露してたどの曲よりも高いのに。


 彼女が披露しているのは、私たち、Audit10nEEの最新曲。

 そのパフォーマンスを目に焼き付けながら、心底からの震えが、ぶるりと一つ。

 それは。そう、武者震い。



 そうだ。

 わかった。

 気が付いた。



 アイドルになった理由も、続けている理由も一番は、どうしたってお金のためで。

 ただ我武者羅にやってきたから、明確な目標とか、到達地点は考えてなくて。

 だからアイドルとして、パフォーマンスだけでも高めようと、そういうスタンスでやってきた。それだってきっと間違いじゃなくて、それでも何かが燻っていた。

 ステージの上に立つ度に、どこから差すかもわからない光の方に、向かってみたい気持ちがあった。

 初めてアイドルに魅せられた、あの日からずっと。

 私はアイドルになってみたくて。

 彼女こそ、私のアイドルだった。



 彼女こそ、私のライバルだった。


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