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049 -風紀の妖刀-


 ■



「リリ、……本当に、いいんですか?」

「いいよっ……ひゃは。リリリ様は、秋流ちゃんとなら、こんなこともできちゃうの」

 電気の付いてない体育館。まだ夕陽には浅い角度の太陽が、大きな影を作ってて、その暗がり。

 躊躇っている秋流ちゃんに微笑んで、そっと手を伸ばす。

「でも、人が来るかも」

「ううん、……大丈夫だよ。今日は試験だけだし、皆帰ってるから」

「……でも、……学校でこんなこと、……いけません」

「うん、……でも。秋流ちゃんは、いいって言ってくれるでしょ?」

 知ってる、秋流ちゃんの気持ち。

 笑いかけて、そっと秋流ちゃんの手を取って、握りしめる。リリリ様も心臓がドキドキしてて、こんなこと、バレたらどうしようって思ってて。

 でも。

 秋流ちゃんとなら、きっと。


「……私は、……リリなら、いいですよ」

「ひゃはっ……ありがとう。じゃあ、……しよ?」


 そうして、手と手を重ねて、こっそりと――。



「――風ゥ――紀ッ!」



 轟音。吹き飛ぶ体育館入り口。

 はっと身体を離して、慌てて臨戦態勢を取る。

 もうもうと舞う砂煙の向こうには、体育館を揺るがせるような破壊音でも、凜と響いた声の主。



「学園規則、その六ゥ……!!」



 彼女が手を握り込むと、ドウ、と大気がうねり。しゅるしゅると砂煙が渦を巻いてまとまり、それは短刀の……否。一振りの刀を形作って。

 掻き消えていく砂煙の向こうで、瞳の放つ赤い光がゆらりと危険に揺らめいた。


「不健全性的行為はァッ……! これをッ、禁ズ――!!」

「いけませんリリッ、避け――!」

「ッ――秋流ちゃん!!」


 振り抜かれたその一太刀が、私を突き飛ばした秋流ちゃんに直撃して。ザン、と砂煙が水平に広がって、ゆらりと太刀筋がほどけていく。

 慌てて縋ると、秋流ちゃんは顔を上げて、今まで見たこともないくらい綺麗に笑った。

「リリ、……」

「ダメっ、喋らないで!」

「いい、……です。…………うれし、かった……リリが、…………くれた言葉」

「秋流ちゃんっ……!」

 ダメ、それ以上喋ったら……!



「……リリだけでも、……ステージの危険改造、遂げて……」



「秋流ちゃあああああん!! ダメだってば!!」

 ちゃんと言ったね!? あと倒れる必要ないよね身体別に何にもなってないし! あと凡百はほんとにどういう能力持ってたらこの演出実現できるの!? 何かそういう家系なの!?

「き、危険改造? 不純交遊じゃ……」

 凡百が動揺した声を上げると、それを反映したのか手の中の刀が揺らいで、ふにゃふにゃと。

「はぁ……凡百、ほんっとわかってないなぁ。リリリ様と秋流ちゃんが、放課後こっそり残ってやることっていえば、決まってるじゃん」

 トントン、と手にした工具を示す。ついでにステージ下に仕込もうとしたあれこれを示すと、凡百……こと、風穴かざあな紀子のりこは段々と頬を赤くして、ぷるぷる震え出す。

「うーん、ちょっとイケない想像しちゃったのかな? ひゃは、それはそれでカワイーけどぉ、ちょーっと風紀委員的にはぁ? まずいんじゃかいかなぁって思ったりぃ……ねぇねぇ、どんなことソーゾーしてたの?」

「ふ、…………ふ、……」

「別にぃ、凡百が考えちゃったみたいな、ソーユーこと……リリリ様じゃ言えないようなこと、してたわけじゃないよっ? ちょーっと空飛んだりぃ、変形してロボットになる演出を、ステージに組み込もうとしただけで……秋流ちゃんがいたらぁ、学校理事的にもOK出るしぃ?」

「ふふっ、……ふ……」

「ねぇねぇ、…………凡百も、……ほんとは、してほしかった?」


「――風紀こそ、正義っ……!」


 凛と声を張った凡百が、砂煙を再び刀の形に握り込む。

 閃いたその刀身が、リリリ様に迫りはしたけど。もう、バカの一つ覚えとはこのこと。


「ねー、またそ――……へ?」

 かたん、と。

 手にしてた工具が軽くなって、足下から音が。

 見れば、すっぱりと切れた工具の残骸。

「そして、……正義は、悪を断つ――」

「すすすすすとぉーっぷ!!! ね!? リリリ様が悪かったから!! 凡百なんかっ、なんか覚醒してるから!! 能力者!? え!?」

「小薬さん、……不純交遊は、……してはいけません」

「いやだからしてないからね!? ねぇ秋流ちゃんも助けて!! 凡百が暴走してる!!」

 どよよよよとオーラを纏うその刀は、どう見ても正義というより悪鬼の握った妖刀だし。この状況で慌ててないわけないと思って秋流ちゃんに縋ったら、彼女は顔を上げて、すこし染まった頬で、もうこの時点でふざけているのが確定。絶望。

「リリ、今日は邪魔が入りましたが、……私はいつでも、リリを待っていますよ」

「ねえ秋流ちゃん冗談じゃないって!! 逃げよ!!」

「ああ小薬さん、またそうやって……いけないことを…………?」

「ひゃっ……」



 ゆらり、と影がかかって。

 かくかくと震えながら振り向くと、そこには、鬼がいた。


「ひゃっ、……ひゃひゃ、……ぼ、凡百…………リリリ様が、……してあげよっか?」

「……小薬さん、お覚悟を」

「ひゃ――!」



「はぁー。凡百ってホンット頭固いよね-。別に、ステージ全体がドローン化して市内上空を飛び回るくらいはヘーキでしょ?」

「小薬さんこそ、よくそれを真顔で言えますね。一回駄目と断られたのでしょう」

「言われたけど、会長サマは今舞台準備は任してくれてるしぃ? それにぃ、桜条先輩ちゃんサマからも追加要望……あっ」

「えっ!? 副会長から!? ライブの追加要素が……!?」

「ナシナシ!! ごめん、今のはほんと、凡百にはカンケーなかった……」

 使い物にならなくなった改造用工具と材料たちを、皆で一緒に片付ける傍ら。期末期間だし凡百は絶対勉強した方がいいと思うけど、手伝ってくれるからちょっとからかってあげてたら、思い切り失言。

「えっ、……あ、あの、私、ライブ楽しみにしてますけれど、別に多少ネタバレがあっても……」

「ごめんほんと、違うの! 忘れて……」

 失敗、失敗。だってこれは、凡百には見られないボーナスステージ。どころかお願いされて、秋流ちゃんもリリリ様だって見られないらしい。

『心配かけましたね。ライブが終わったら、また元のように……それまで以上に仲を取り戻しますから、協力してくださるかしら』

 まぁ。

 会長サマと桜条先輩ちゃんサマとが仲良くなるなら、悪いことではないと思ったし。

 でも。

「お、小薬さん、ずるいですよ……! 楽しみだけ増やして、教えてくれないなんて……」

「だからほんとに何でもないの!」

 Audit10nEE。

 知らないアイドルグループだけど、なんで男性アイドルなんだろうと、思ったりはした。


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